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「私、人を殺したりしません。何で私が千石さんを殺さなあかんのですか」
「質問するのはこっちや」
冷徹な眼差しで横井刑事は言った。
「他のことは覚えてないのに、殺してないことは覚えてるっておかしいやろ。何も覚えてないんやったら、100%殺してないとも言い切れん。違うか?」
かっとなって朱理は立ち上がった。
すると、すぐに大柄な刑事がやってきて、真横に立ちふさがる。
「落ちつきなさい。座って」
「嫌です。さっきから何回も何回も同じことばっかり。証拠もないのに人のこと疑って」
「座りなさい!!」
大声で恫喝されて、朱理はびくっとした。
心が縮み上がり、目に涙が滲む。
(……負けへんで)
きっと顔を上げた瞬間、ポケットの中でスマホが震えた。
「大きな声出して悪かったなぁ」
突然、とってつけたような笑顔と猫なで声で横井刑事は言った。
「せやけど、人が一人亡くなってるねん。俺らも全力で犯人捜して、捕まえなあかん。協力してほしいんや。分かってくれへんか?」
朱理は精一杯殊勝ぶって頷いた。
「はい。私こそ取り乱してすいませんでした。急なことばっかりで、びっくりして、怖くて……」
本音ではあったが、内心では刑事たちを口汚く罵倒しまくっていた。
「ええねん、ええねん。ほんならもう一遍、最初から行こか」
「はい。あっ」
「何や?」
「ごめんなさい。あの……その……トイレに行きたくって」
「そうかそうか。ほんなら案内させるわ」
親切ごかしに言って、横井は席を立ち、女性警察官に呼びかけた。
朱理は廊下の奥にある、古びたトイレに案内された。
もちろん女性警察官がぴったりと隣についてきて、用を足している間も個室の外で待っている。
(通話はできへん、ばれる)
個室に鍵を閉め、水を流す音で時間を稼ぎながら、朱理は超高速でラインを打った。
【助けて 警察つか待った にししょ】
漢字の変換間違いを直している暇はない。
全身全霊を賭けて母に送信すると、トイレットペッパーを流して個室を出る。
手を洗うふりをして、ちらっと女性警察官を窺ったが、こちらの動きに気づいた様子はなかった。
そもそも取調室に時計はなく、時間の感覚がなかったのだが、スマホを見たおかげで今が午後一時五十三分ということがはっきりした。
母に助けも求められた。
(あとは……祈るだけや)
一体どうして、こんなことになってしまったのだろう。
本当に、千石貴文は殺されたのだろうか?
警察が調べているのだから本当なのだろうが、悪い夢としか思えない。
それに殺されたとすれば、誰に?
取調室に戻ると、室内は空だった。刑事たちも休憩に出ているのだろう。
粗末なパイプ椅子に腰かけてじっと待っていると、ばたばたと足音が重なって聞こえてきた。
ドアが開いて、横井刑事が顔を出す。
「やってくれたな、お嬢さん」
やけに芝居がかった台詞だったが、彼は確かにそう言った。
朱理が目をぱちくりさせていると、机に手をついて顔を寄せ、睨みをきかせてくる。
「松村法律事務所から抗議の電話があった。担当弁護士が君を迎えに来ると言うとる」
「え……?」
本当に心当たりがなかったので、朱理は首を傾げたが、横井はそう受け取らなかったらしかった。
「今日のところはこれぐらいにしといたるわ。けど、覚えときや。警察敵に回したら怖いで」
(何やの、そのザコ丸出しの台詞……)
これが日本の優秀な警察官、しかも刑事の振る舞いかと思うと、呆れると同時にぞっとした。




