その2.邂逅
――「私はミラベル。ミラベル・エーテルと申します。」
黄金のような金髪、緑色の瞳。身長は170㎝ぐらいだろうか。
肩まで伸びたストレートヘアーが優雅に風に揺れる彼女は名をミラベルと言った。
「……みらべる?」
菖蒲は困惑した。当然である。
戦乱の世にそんな名前を聞いた事がなかった。
「はい……そんなに珍しい名前でもないと思いますが……」
「……」
菖蒲は考えていた。そんな名前のある場所はあったか?少なくとも自分が生まれ育った環境にはなかった。
「実羅辺留……いや水落減の可能性もあるか……?琉球の出なのか……?」
そんなことを考えていると、ミラベルが聞いてきた。
「あの……あなたの名前を伺っても?」
「ん?あぁ。わしは菖蒲。秋月菖蒲じゃ。」
「アキヅキ アヤメ……?」
ミラベルもまた困惑した。この世界には存在しない名前。
「……失礼ですが、出身はどこでしょうか?」
「わしか?わしは薩摩の出じゃ。」
「サツマ……」
ミラベルは考えた。そんな名の場所はここラグナルには存在しない。
「南の方……?でも学園の地理でもそんなところは……」
ミラベルが一人で呟いていると、菖蒲が質問をする。
「なぁ、ここはどこなんじゃ?紀伊か?陸奥か?常陸か?」
知らない地名がずらずら並ぶ。そして矢継ぎ早に次の質問が飛んでくる。
「おぬしの背にある刀はなんじゃ?本当に刀なのか?その服は?そもそも日本なのか?ここは。」
ミラベルは狼狽していた。
「まっ、待ってください!落ち着いてください!……とりあえず整理しましょう。」
――「まずはこの場所から。ここは【ラグナル】。喜びも悲しみも、生も死も剣とともに分かち合う。
森羅万象が剣とともにある国です。」
「剣…… 」
菖蒲はミラベルの説明をただ聞いていた。そして不思議とこの現状を理解してきていた。
自分は間違いなくあの戦で死んだ。そして運命の悪戯か、暗闇の地獄から生き返り、未開の地【ラグナル】に来た。
本来ならありえない、説明すらつかないことなのだ。
だが菖蒲は武士だ。ありえないことで人が死に、説明のつかない負け方をすることもあった。
その経験と生まれ持った性格、状況把握の才が菖蒲をひどく落ち着かせていた。
「…… ということはここは日本ではないのか。」
「ニホン?」
先ほども菖蒲が言っていた、見たことも聞いたこともない地名。
ミラベルは気になっていた。
「……菖蒲さん、あなたはいったいどこからきたのですか?」
少しの静寂。そして菖蒲が口を開いた。
「……わしはこの世界のものではない。日本という国で生まれた者だ。説明はできんから省くが…… とりあえずわしは一度死んでなぜか生き返り、このラグナルで新たに生を受けたというわけじゃ。」
「なるほど…… そしてここで景色を見ながら情報の整理を行っていたのですね。」
ミラベルもまた、不思議と菖蒲の話を受け入れていた。
「理解が早くて助かる。―― 疑わないのだな。おぬしは。」
「前例はありませんが…… そこまで細かく説明されると嘘と疑うわけにもいきませんから。」
ミラベルはにこやかに言った。
「しかし…… なんじゃ?この世界は。鳥も、木も、…… 今そこを通ったウサギでさえわしの世界にはおらん見た目のやつばかりだ。」
「そうなんですか?ここではこれが普通なもので…… 」
菖蒲は周りを見渡していた。
火を纏う鳥、鋼色の木の幹、角の生えたウサギ。菖蒲の生きた世界では一生に一度も見ることのできない動植物が当たり前のように生きていた。
「ははっ。こりゃ愉快な世界にきてしまったもんじゃのう。」
――ふと菖蒲はミラベルが背につけていた剣に目をやる。
「…… 話は戻るが、おぬしが持っているその刀…… ちと太すぎやしないか?」
菖蒲はミラベルが肩に担いでいる大剣を指さした。
「これですか?……これは刀ではなく剣です。私が今日に至るまでずっと肌身離さず持ち続けている、私の愛剣。【リリー】です。」
ミラベルはそう言いながら、自身の体躯とそう変わらない大剣、リリーを鞘から抜き、我が子のような目で見つめ、語り始めた。
「リリーはいつも私を支えてくれました。学園での実技テストも、昇格戦も、リリーがいたから乗り越えることができました。……たまに躓くこともありましたけどね。」
ミラベルは冗談交じりに話し、リリーを撫でていた。
「刀ではない剣……わしの世界にはなかったものじゃ。
「そもそも刀はこの世界においてはかなり貴重。『創造』できる人は一握りの人間だけです。これでも私のこの大剣リリーだって、創造できた時は周りから賞賛の声が上がったんですよ?」
「……ん?」
菖蒲は怪訝そうな顔で聞いた。
「創造?鍛造ではなく?この国には刀鍛冶はおらんのか。」
「……カタナカジ?なんですか?それ」
ミラベルはきょとんとした顔で聞き返した。
「何っておぬし……刀鍛冶なくしてどうやって刀を作るんじゃ。」
菖蒲はこれまた怪訝そうな顔で聞いた。当たり前だ。本来、刀は刀鍛冶が長い年月をかけて作るものだ。
素人が思いつきやその場のノリで作れるものなどではない。
「……菖蒲さん、本気で言ってるんですか。」
ミラベルは若干引いていた。引きたいのはこっちなのに。
「……剣はですね、一生に一度だけ創造できるんです。大抵は神殿で剣帝様の像からお力を借りて創造するのですが……才能が秀でていると自分自身の力だけで創造できるんです。その際に稀に作られる剣が刀。刀には他の剣とは一線を画する能力が付与されるらしいです。」
――衝撃だった。刀鍛冶がいないことも驚きだったが、何より衝撃なのは刀の作り方。
自分自身で?神殿?能力の付与?
次々と出てくるありえないキーワードに菖蒲は戸惑っていた。
「ま、待て。じゃあなんじゃ?おぬしのその剣はおぬしの手で作り出したものなのか?」
「?……はい。そうですけど。」
菖蒲は絶句していた。
「ありえんじゃろ!?鋼も炉もないのにどうやって造るんじゃ!?」
当たり前の疑問である。しかし、この世界においておかしいのは菖蒲。ミラベルも言い返した。
「菖蒲さんこそ、なにいってるんですか!?鋼や炉はポーションや魔道具を作るためのものでしょう!?」
「なんじゃそれは!?そもそも素材がないのにどうやってものを作るんじゃ?!ありえないじゃろ!常識的に考えて!!」
「剣は心の形!素材をどうこうして作るものではないんです!そんなもの、剣とは呼びません!」
「なんじゃと!?ではその銀色に輝くその刃は何でできておるんじゃ!答えてみい!」
「知りませんよ!私の生まれ持った力と剣帝様の力でできたものなんですから!!」
言い争いは続いた。10分、20分、1時間。……争いが止んだころには夕日が二人を照らしていた。
「ぜぇ……ぜぇ……しゃべり疲れた……」
「私ももう……限界です……」
――二人は疲れ果てていた。疲れだけが二人の言い争いを止めるキッカケとなっていた。
「わかった……信じよう。この世界では鍛造は必要ない。自分の力で作ることができる……そうじゃな?」
「はい……わかっていただいたようで……うれしいです……」
「だが……それを踏まえてひとつ質問じゃ。能力とはなんじゃ?わしの世界では刀は刀。それ以上でもそれ以下でもない。切断、刺突……できてそれくらいじゃ。この世界では他になにかできるのか。」
これも当然の質問だ。本来、刀に能力なんて存在しない。斬るか刺すか打つか。あとは使い手の技術次第。それが武士の持つ刀の全て。だがこの世界、【ラグナル】では違うらしい。
「はい。この世界では剣や刀に能力が宿ります。何が宿るかはその人次第。……大抵は刃こぼれの軽減ができる【硬化】、切れ味の増強を行う【研磨】、何らかの属性を剣に纏わせる【付与】。大きくわけてこの3つのどれかを最初に能力として授かります。シンプルですが、鍛えればとても強力になりますよ。また、この三つは努力次第であとから獲得することもできます。」
「硬化……研磨……付与……」
菖蒲は繰り返し反芻していた。
「その三つだけでも、わしがいた国では大将として君臨できるほどの力であろうな。」
刃こぼれしない、研材がないのに鋭くなる、火や水を纏った刀。戦乱の世なら誰もが喉から手が出るほど欲しいであろう力。このラグナルではだれもが当たり前に持っている。
感心している菖蒲に対し、ミラベルは続けざまに話した。
「そしてここからが重要。なにかしら秀でているものがあった人は、創造した剣や刀に先ほどの三つの能力以外にその人だけが持つ特別な能力が与えられることがあります。」
「特別な……能力。」
「はい。それこそが第四の能力【特異】。能力の詳細はその人のみが持つものなので詳しくはわかりません。」
「……なるほどな。お前は見たことがあるのか?」
「たくさんではありませんけどね。学園の上位クラスの方々は基本的に持ってるとされます。」
「学園?学び舎のことか。」
ミラベルは頷く。そして丘の向こうの巨大な建物を指さした。
「あれが私が通う学園。【ハーヴェル剣聖学園】。ここラグナルでも、三本の指に入る名門です。」
ハーヴェル剣聖学園。雲を突き抜け高くそびえる三つの屋根は菖蒲たちがいる小高い丘から見ても荘厳で、どこか恐ろしい雰囲気を醸し出していた。ミラベルはあの学園で、日夜剣を振るい、仲間たちと切磋琢磨しあっているという。
菖蒲は学園を見た後、ふとミラベルの制服と胸についていたバッジを見る。
「おぬしの服とその胸についている飾り……あの学び舎のものか。」
「はい!支給される学生服と、自分のクラスがわかるバッジです!」
ミラベルは胸を張ってこたえる。純白のワイシャツに黒色のマント。
首元には西洋の城の形をしたピンバッジがついている。
「ほぉ~改めてよく見ると、かっこいい衣装じゃのう。」
「そ、そうですか?……えへへ。なんか照れますね。」
褒めたのはミラベルではなく来ていた服だったのだが、菖蒲はあえて突っ込まなかった。
……なんか指摘したらかわいそうだったから。
「そういやさっき、剣には特別な能力が宿ると言っていたが……おぬしはもってるのか?」
ミラベルが自信満々に答える。
「もちろんです!私の特異は――」
その時だった。菖蒲たちがいた小高い丘の向こうから、とんでもない地響きが鳴り渡る。
そこに現れたのは菖蒲たちの2倍。いや4倍はあるだろう巨大な牛。
化け物じみているその猛牛は――
角を向けてこちらに突進してきていた。




