その1.菖蒲~プロローグ~
初めまして。
趣味で書き始めました。
ラノベ知識はありませんが、頑張って書きます。
――1人目。首を落とした。
――2人目。喉を切った。
――6人目。首を落とした。
――10人目。腰から上を落とした。
――38人目。指と首を落とした。
――57人目。目を貫いた。
――90人目。首を落とされた。
戦なんていうのはこんなものだ。男でも女でも、若くても年老いていても、ひとつ踏み出せば命を盗られる。
時は戦乱の世。誰だって起こりうる事。
……まぁ、誰にも起こらないことが起こることだってある。
これはそんなお話。
――1558年。時は戦国時代。応仁の乱以降、全国各地で下克上や大合戦が勃発。男も女も強ければ武士として駆り出される。群雄割拠のこの時代に女武将、「秋月 菖蒲」は領国をめぐる大規模な合戦に参加していた。
「お前ら!腕を落とせ!首を落とせ!足がなくなろうと、臓腑を裂かれようと決して臆するな!命が尽きるその時まで、戦いの歩みを止めるな!」
おぉー!という男たちの声。菖蒲は女でありながら、一部隊を率いる、小さな先鋒として仲間たちを鼓舞していた。
「やっぱり菖蒲殿は勇ましく、美しいなぁ!」
「しかも戦の度に大将首を引っ提げて帰ってくる。男でも中々できることではありませんぞ!」
足軽、旗本たちが食事をしながら菖蒲を褒めたたえる。
「お前らも先の戦では見事な戦いじゃった。お前らを率いる者として鼻が高い。」
「そ、そうでございますか?!いや~照れますな~」
「そうと決まればこの度の戦も、菖蒲殿とともに勝利をもたらしましょうぞ!」
「あぁ……期待している。」
菖蒲もまた、下の者たちを褒め、信頼していた。
――そして定刻。
「菖蒲殿、敵陣が見えました。」
「...あぁ。」
菖蒲が遠くをにらむ。
砂埃とともに現れる人馬一体の影。7000、8000はいるだろうか。
一糸乱れぬ動きでこちらに向かっているのが見える。
「菖蒲殿!ご準備を!」
「わかっている。」
菖蒲が甲冑の帯を締めた。
各々が喝を入れ、自軍も迎え撃つ準備を始めた。
――ふと空を仰いだ。
頭に浮かぶは母、父、そして妹。
「……負けるな。生きて帰ってこい....か。」
家族と交わした約束を何回も反芻する。
「……よし。」
覚悟を決める。約束のために。家族のために。
「お前ら!!全軍、突撃ィィィ!」
号令、咆哮とともに火蓋が切られた。
――ザン。ブシュ。グチャ。
双方の軍が交わるなり、聞こえてくる切断、刺突の音。
生まれ落ちて20と余年。すでに何回も聞いた音がいまだに慣れない。
「うおらぁ!」
死と隣り合わせの恐怖をかき消すように、敵の首を落とす。
一人、二人、三人。首を落とし、腕を落とし、命を盗る。
敵の殺意を読み、刃を交わし、また一人切り伏せた。
菖蒲は女だが、人並外れた動体視力があった。それはこの戦乱の世で
彼女に数多の勝利をもたらした。
戦乱の世は彼女に、唯一無二の才能を与えていた。
――だが、戦は彼女に依怙贔屓をしなかった。
「……?」
突然、刀を持つ指に力が入らなくなった。
……いや。力を入れる指が消えたのだ。
斬られた――。そう考える間もなく刃は自分の首に向く。
「……っ!うぉらあぁぁぁ!!」
敵の首を落とす。指の痛みも向けられた刃もとうに無い。
「っはぁ……はぁ……!」
右手を見る。人差し指と薬指がない。
この時、嫌でも理解した。いま私は心の臓を誰かに掴まれている。
ふと周りを見た。転がる首、腕、足。半刻前までそばで笑っていた者が
今はもう何もしゃべらない骸と化している。
敵の戦力が8000に対し、こちらは4000。
2倍の差だ。無策で勝てる戦ではなかったと思い知る。
――だが。
「っふ……ふふふ。」
……なぜだろうか。笑みがこぼれてくる。
楽しい。菖蒲は気が触れたかのように笑っていた。
菖蒲がまた空を仰ぐ。だが空を見る目に家族を思う光はなかった。
「……わしはどこかで……戦を期待してたのかもしれんな。」
そうつぶやいた後、魅かれるように菖蒲はまた敵軍へ突っ込んでいった。
5人、10人、24人、33人。
菖蒲は死を積み上げていく。
スパン。34人目で菖蒲の右腕が宙を舞った。
菖蒲が腕を掴む。空を握った。
勝ちを確信したのだろう。斬った者は笑みを浮かべていた。
「……ははははははは!!」
菖蒲は笑っていた。腕が飛んだことなど気づいていないかのように。
楽しい。こいつは遊んでくれる。死ぬかもしれない。でも――もっと遊びたい。
男に感謝し、畏怖し、そして期待を持って彼女は男に刃を向けた。
その狂った笑顔に男は恐怖した。
恐れを振り払えず、背を向けたものに戦場は容赦しない。そのまま男の首が飛んだ。
――そうして菖蒲は斬った。
40人、55人、63人、77人。
斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った――
その淀みなき、狂った笑顔に次第に近づくものが減っていった。
背を向けていた。怯えていた。「死にたくない」と宣うものもいた。
だが菖蒲は走った。離れるなら近づく。ただそれだけの事。
「武士なら!逃げずに進んでこんか!」
菖蒲は自ら死地に突っ込んだ。それはまるで小魚を狙う大魚のようだった。
斬って斬って斬った。――そうして3時間が過ぎた。
何人斬ったのだろう。菖蒲についた返り血はもう誰のかわからなかった。
もう菖蒲の周りには何もない。敵も。味方も。自分の右腕も。
菖蒲は歩いた。母とはぐれた子供のように。
菖蒲は見渡した。獲物を探すライオンのように。
「……だれもおらんのか。」
もういない。誰も。もう斬れない。何も。
菖蒲はもうこの戦で得て、失うものは何もないと思っていた。
――だが、屍が散らかるこの戦場で、彼女に刃を向けるものが一人現れた。
尼僧頭巾を被りながらも甲冑を携え、その手には薙刀が握られていた。
まるで亡霊のようにさまよう菖蒲を祓う僧侶のように。
菖蒲はすぐに気づいた。風貌で一目瞭然だったが、彼女は聞いた。
「……おぬし、女か。」
「はい。その通りです。」
女は凛とした表情で答えた。
数多の猛き男がその手をふるうこの戦場で、
女がたった二人その場に立っていた。
双方が確信していた。この一太刀は己の生死を分ける――と。
「おぬし……名前は。」
菖蒲は聞いた。特に理由はなかった。ふいに出た言葉だった。
「……井伊直虎。あなたこそ、名は。」
女も聞いた。やはりそこに理由などなかった。
「秋月菖蒲。それがわしの名じゃ。」
カチャリ。菖蒲は構えた。姿勢を低く、まるでネズミを狙う猫のように。
「……」
スチャ。薙刀を構える。覚悟を決め、すべてを受け入れたかのように。
静寂が訪れる。もう誰の声も、風の音も聞こえない。
自身の心臓ですら、止まったように感じた。
二人は動かない。次動いた時、それはどちらかが死ぬ時だから。
――そして、静寂は途絶えた。
菖蒲が飛び込む。狙うは素っ首。居合で斬り飛ばす。
直虎は菖蒲を待つ。
菖蒲を、居合を包み込むように。
双方が自分の首を差し出している。
死を受け入れ、覚悟を決めている。
時間にして約1.2秒。だが二人には悠久の時に感じていた。
――キン。……決着の時は突然来る。
……菖蒲の視界が回っている。空が、地が。そして……直虎が。
この一閃、勝ったのは直虎だった。
直虎は喜びもせず、安堵もなく、ただただ首のない菖蒲の体を見ていた。
人体は案外鈍い。
意識が飛ぶ2、3分。菖蒲は回る世界を見ながら考えていた。
家族、仲間、そして直虎。
顔を合わせたのはこの一瞬。しかし菖蒲は直虎の顔を忘れられなかった。
そして意識が途切れる0.1秒前。出せない声で直虎を激賞した。
「……あっぱれじゃ。」
――意識は完全に途絶えた。
菖蒲も不思議とそれを自覚していた。
……だが変だ。思考ができる。
どこを見回しても闇。まるで子供のころに閉じ込められた倉庫のようだった。
「なんじゃ、ここは。」
菖蒲は困惑していた。だが受け入れられないわけではなかった。
「……これが地獄か。」
菖蒲はここが天国ではないと確信していた。当たり前だ。
あんだけ人を殺したのだから。
無い右腕をさすりながら地獄を受け入れていた。
菖蒲は闇の中で思い返していた。
家族、寺での読み書き、そして戦。
悠久に思えるこの時間に、思い出せるものすべてを反芻した。
「ははっ、楽しかったのう。ちと死ぬのが早い気もするが。」
菖蒲は後悔などなかった。あるかも分からない地獄の閻魔様の裁きも受け入れていた。
そのはずだ。そのはずなんだ。
――いや。一つだけ後悔していた。直虎との戦いだった。
自分は全力を出した。手加減も、死に怖じ気づくこともなかった。
なのに――負けたことに心の底から後悔していた。
「……できることなら、もう一度あいつとやりたかったのう。」
ふいにそう願った。心の隙間をこじ開けて、ほんの少しだけ願った。
――その時だった。
四方を囲んでいたはずの闇が割れ始めた。
ヒナが孵る卵のようなヒビ。そこから光が差し始めた。
「なんじゃなんじゃ!?」
驚いていたのもつかの間、闇が崩れ、光が全身を包んだ。
そして――
「ん……んぅ?」
気が付けば、見たこともない平原に横たわっていた。
「ここは……どこじゃ……?」
体を起こす。痛みがすっかり消えている。
「……生きておるのか。わしは。」
周りを見渡し自分の体を見た。
……戦前に来ていた紫色の甚平。
ご丁寧に紺色の帯まで巻いてある。
だが一番に驚いたのは――腕が生えていた。
「腕が、ある。」
心底疑っていた。目の前で斬られた。ある方がおかしい。
握って、離して、そして抓って。小さな痛みとともに
これが現実であることを悟った。
「……それにしても、ここはどこなんじゃ?」
平原……というよりは小さな丘。
向こうには見たこともない巨大な建物が建っている。
「でっっっかいのぉ~……」
建物に感心していると後ろから声がかかる。
「あの~大丈夫ですか?」
振り向くと、金色で長髪の、これまた見たことない服を着た女性が立っていた。
「……誰じゃ?おぬし。」
――これがこの世界【ラグナル】での最初の未知との邂逅だった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
散歩でもしながらゆったりとストーリーを作っていきます。
温かい目で見守っていただけると幸いです。




