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十六足の新しい靴と、よくない報せ

その日、孤児院に靴屋が来た。


 来た、というのは正確じゃない。アリア姉が商業地区の靴屋と話をつけて、型取り用の道具を借りてきたのだ。十六人分の足のサイズを測って、まとめて注文する。まとめ買いなら安くなる、というのはベックさんの講義の応用で、言い出したのは俺だけど、交渉したのはアリア姉だった。


「はい、次。ルカ、足出して」


 食堂が即席の採寸場になって、子供たちが列を作った。ルカが足を出し、ミコがくすぐったがって笑い、ニナは自分の番が来る前から椅子の上でそわそわしていた。


 みんなの靴は、限界だった。


 お下がりのお下がりで、つま先が破れて、誰かの足の形に伸びきっている。セルの靴は底に穴が空いていて、雨の日は履けなかった。それでも誰も文句を言わなかったのは、文句を言っても仕方ないことを、小さいなりに知っていたからだ。


 アズリルの花の貯えと、森の採取の売り上げと、角ウサギの角の銅貨。全部足して、十六足。それでもまだ、家計には少し残る。数ヶ月前なら考えられなかった計算だった。


「レイ、足」


「俺はまだ履ける」


「だめ。全員分って決めたの。足」


 アリア姉に押し切られて、俺も型を取られた。くすぐったかった。



 一週間後、靴が届いた。


 硬い革の匂いのする、新品の靴が十六足。食堂のテーブルに並んだそれを、子供たちはしばらく、触るのもためらうように眺めていた。


 最初に手を伸ばしたのはセルで、次がカインだった。


「ぴかぴか!」


「……ふうん。まあ、悪くねえ」


 カインはそう言ったくせに、その日の夜、自分の靴を袖でこっそり磨いているのをトーマに見られていた。トーマは何も言わず、自分の靴も並べて磨き始めたらしい。ハナがそれを見て笑いを噛み殺していた。


 ニナは、靴を抱えて寝ようとした。


「ニナ、靴は履くもの」


「だっこする」


「履くもの」


「……きょうだけ」


 結局その夜、ニナの枕元には小さな靴が、ぬいぐるみみたいにちょこんと並んでいた。ルーチェがその横で丸くなって、靴の見張り番のような格好になっていた。


 院長先生は、並んだ十六足を見て、長いこと黙っていた。それから、誰にともなく「みんなの足が、大きくなりますように」と言った。すぐ買い替えになったら大変なのに、嬉しそうだった。



 夜、子供たちが寝静まったあと、俺は台所で水を飲んでいた。


 院長先生が、ランプを持って入ってきた。


「あら、まだ起きてたの」


「うん。……喉が渇いて」


 院長先生は椅子に腰掛けて、テーブルの上のランプの火を、少し細くした。それから、ぽつりと言った。


「靴、ありがとうね。……昔はね、ああいうのは、当たり前だったのよ」


「昔?」


「ええ」


 アズリルの花を売った日にも聞いた言葉だった。あのときは、それ以上聞けなかった。でも今夜の院長先生は、自分から話し始めた。


「先代の領主様はね、エイベル様といって、この孤児院を建ててくださった方なの」


 俺は黙って、椅子に座った。


「私がまだ若い頃よ。戦で親を亡くした子が、町に溢れていてね。エイベル様は『子供が道で寝ている町に、未来はない』と言って、私財でこの建物を建てて、王国に掛け合って、福祉の補助金を取り付けてくださった。毎年きちんと、孤児院に届くように」


「……いい人だったんだ」


「ええ。偏屈で、口が悪くて、でも、いい方だった」


 院長先生は少し笑って、それから、笑いを仕舞った。


「三年前に亡くなられて、今の領主様に代替わりしてね。最初の年に、王国の補助は打ち切られたと、通知が来たの。財政難だから、と」


「打ち切り」


「ええ。それからは、領主様からのわずかな支援金だけ。それも、去年からどんどん減って——あとは、あなたの知っている通り」


 薄い粥。夜中の帳簿。アリア姉の疲れた顔。


 俺の知っている孤児院は、最初からそういう場所だった。でもそれは「最初から」じゃなかった。誰かが建てて、誰かが守ってきた場所が、三年かけて細くなった姿だったのだ。


「エイベル様が生きていらしたら」


 院長先生はそこで止めて、首を振った。


「いけないわね、ないものねだりは。……さ、もう寝なさい。靴に負けないように、ちゃんと大きくなるのよ」



 布団に戻っても、しばらく眠れなかった。


 王国の補助は、打ち切られた。財政難だから。


 その言葉が、頭の中で座りの悪い石みたいに、ごろごろしていた。王国の財政難。そうかもしれない。俺には王国のことなんて何もわからない。でも、領主が代替わりした最初の年に、ちょうど打ち切られるものだろうか。


 考えても、答えの出ようがなかった。俺は四歳で、孤児院の子供で、知っていることより知らないことの方が、圧倒的に多い。


 腹の上で、ルーチェが寝返りを打った。


 翌朝、アリア姉が買い物から戻ってきて、俺を呼んだ。


「レイ。オスカルさんから言伝」


「オスカルさんから?」


「ええ。——『近いうちに店に来てくれ。よくない話がある』って」


 アリア姉の顔は、いつもより少し、硬かった。

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