ルーチェの正体、リーナにバレた
ルーチェが来てから、俺のステータスは変なことになっている。
【レイ 4歳 人族】
HP:15/15 MP:8/26 Lv:2
素質:時空間(極希少)
蓄積:時空間・小
スキル:鑑定Lv1 アイテムボックスLv1 ディメンションルームLv1
固有称号:転生者
従魔:エンシェントドラゴン(幼体)
MPの最大値が、毎日少しずつ伸びている。
理由は単純で、ルーチェが毎日、俺の魔力を根こそぎ奪っていくからだ。足りない分は大気から魔力を集め与えている。そして空になった器は、回復するたびに少しだけ大きくなるらしい。卵に魔力を込めていた頃から伸びてはいたけれど、生まれてからの伸び方は桁が違う。育ち盛り、ということなんだと思う。
そのかわり、俺は夕方になるといつも、軽い立ちくらみと付き合うことになった。
「レイ、顔色わるい」
セルが俺の顔を覗き込んで言った。
「平気」
「るーちぇが、ごはん食べすぎるから?」
「……鋭いな」
セルは「るーちぇ! レイのごはん、のこしてあげて!」と真面目な顔でルーチェに説教を始めた。ルーチェは止まり木の上で、わかっているのかいないのか、きゅう、と神妙に鳴いた。
*
セルとルーチェは、もうずっと前からの友達みたいになっていた。
朝の追いかけっこは日課で、廊下を猫としっぽと翼が転がっていく。セルが隠れんぼを教えれば、ルーチェは天井の梁という反則の場所に隠れて、セルが「ずるい!」と怒る。そのくせ、セルが院長先生に叱られて廊下の隅でしょげていると、ルーチェはいつのまにか隣にいて、翼をセルの肩にかけている。
「るーちぇは、いいこ」
セルが言うと、ルーチェは胸を張る。それを見て、またセルが笑う。
いい関係だと思う。心からそう思う。
ただ——俺は時々、忘れそうになる。この小さな生き物が、伝説の中の存在だということを。
*
忘れさせてくれないのが、リーナだった。
その日の午後、俺が森から帰ると、リーナは食堂のいつもの場所にいた。膝の上にはいつもの薬草の本——ではなくて、もっと古い、革表紙の本が開かれていた。
そして、その横のテーブルの上に、ルーチェが座っていた。
リーナは本とルーチェを、交互に見ていた。
「……ただいま」
「おかえり、レイ」
リーナは顔を上げて、それから、少しだけ間を置いて言った。
「ねえ、レイ。ルーチェって、ただのトカゲじゃないよね」
俺は籠を置く手が、一瞬止まった。
リーナが本を、こちらに向けた。
開かれたページには、古い挿絵があった。長い首、折りたたまれた翼、月を見上げる竜の姿。輪郭は今のルーチェより遥かに大きいけれど、頭の形と、翼の付き方と、尻尾の先の形が——同じだった。
ページの隅の古い文字を、リーナの指がなぞった。
「竜、って書いてある。古い言葉で。……この本、ルーチェの名前を探したときに見てたやつ」
ルーチェはテーブルの上で、自分の絵だとわかっているのかいないのか、挿絵に鼻先を近づけて、ふんふんと嗅いでいた。
俺はしばらく黙っていた。誤魔化す言葉は、いくつか思いついた。似てるだけ、とか。トカゲにも色々いる、とか。
でも、相手はリーナだった。止血草を見つけた目と、毎日本を読み続ける根気の持ち主だ。今日誤魔化しても、この子は調べ続ける。そして、いつか確信に変える。
だったら。
「……内緒に、できる?」
俺が言うと、リーナは目を少しだけ見開いて、それから、ゆっくり頷いた。
「うん」
「誰にも?」
「誰にも。……アリア姉さんにも?」
「アリア姉にも。今は、まだ」
リーナはもう一度、今度はしっかり頷いた。それから本を閉じて、小さな声で聞いた。
「……竜、なの?」
「たぶん。鑑定——じゃなくて、その、なんとなく、そうだと思う」
危なかった。スキルの名前まで言いかけた。リーナは「なんとなく」の部分に少しだけ首をかしげたけれど、それ以上は聞かなかった。代わりに、テーブルの上のルーチェに向き直って、ぺこりと頭を下げた。
「よろしくね、ルーチェ。……すごい子なんだね」
ルーチェは、きゅう、と鳴いて、リーナの指に頭をすり寄せた。
秘密を知る人間が、一人増えた。不思議と、不安はなかった。むしろ、荷物を半分持ってもらったような、変な安心感があった。
*
夜、寝る前に、リーナが俺の部屋の戸口に来た。
「これ」
差し出されたのは、紙の束だった。古い本から書き写したらしい、竜についての記述。「竜は月の満ち欠けに敏感」「竜は魔力の濃い場所を好む」「竜の成長は、主の器に従う」——。
「役に立つかなって」
「……ありがとう」
「ひとつだけ、気になるのがあって」
リーナが紙の一枚を指した。
「『竜は、己の在るべき場所を、空に探す』って。意味は、わからないんだけど」
リーナが帰ったあと、俺はその一文を、何度か読み返した。
*
その夜遅く、ふと目が覚めると、腹の上が軽かった。
ルーチェは窓辺にいた。
桟に小さな前足をかけて、夜空を見上げていた。月が出ていた。満月には少し足りない、欠けた月だった。
ルーチェは身じろぎもせずに、長いこと、月を見ていた。それから、小さく、本当に小さく、きゅう、と鳴いた。
いつもの鳴き声と、違う響きだった。誰かを呼ぶような。何かを探すような。
頭の中に流れてくる感情は、淡くて、遠くて、言葉にならなかった。さみしい、に似ていて、なつかしい、にも似ていた。
「……ルーチェ」
声をかけると、ルーチェは振り向いて、いつもの顔で俺の布団に戻ってきた。腹の上で丸くなって、すぐに寝息を立て始めた。
俺は、リーナの書き写してくれた一文を思い出していた。
——竜は、己の在るべき場所を、空に探す。
月明かりの中で、俺はしばらく、眠れなかった。




