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93 大師父の記憶

「これはまずいのう」


 爺ちゃんが炎や氷、酸や稲妻、光や闇などあらゆる属性の魔法を浴びせるが亜竜の魔法防御を崩すことができない。


「こちらもだめだ!」


 銃弾の物理的エネルギーは魔法防御の影響を受けないが、フォースフィールドを貫けない。

 一度は無謀にもパレアがフォースフィールドに剣を突き出しながら突撃をかけたが、分厚い壁に剣を突き立てたかのごとく、剣は中ほどでぽきりと折れ、パレアは弾き飛ばされた。

 大師父はそんな俺達を眺めながら、狂人の戯言を続けている。その間にも亜竜の機械は動き続け、破壊の竜を目覚めさせるべく鳴動を続けている。

 どうする、どうすればいい、噛み締めた奥歯がギリリと音を立てた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 炎上する亜竜の首都。三対の翼を持った異形の竜が鱗を持った人々を思うがままに殺戮している。

 この十年で人口の半分以上が魔法の使えぬゾンビーとして生まれ変わった。

 再生産可能な兵を前提とした戦略によって一時的に破壊者達を退けていたかに見えたのは錯覚に過ぎない。破壊の化身であるジズを止める可能性があるとすれば、かつての文明で存在していなかった魔法という未知の力に他ならない。周囲のエネルギーを無尽蔵に吸い上げるジズの防御は魔法にも高い効果を発揮するが、単純なエネルギー攻撃にとどまらない可能性が魔法にはあった。

 だからあの再生機を作った。

 あれは可能性を奪う機械だ。

 人的資源の回復という目先の利益を優先させ、竜に対する根本的な解決への可能性を失わせる。

 これが私の望んだ結果。


 私の背後には半壊した建物、肩のあたりから瓦礫に押しつぶされた息子、ジズの火で焼かれた妻。

 私の人生はすべてこの日を迎えるためにあった、妻との出会いも息子が生まれたあの日も、すべては、すべては……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 何が起こったのか、私にはすぐには分からなかった。

 今見えた光景は私の過去の記憶、十万年以上前、とっくに脳の中で朽ち果ててしまったと思われた記憶だ。

 そして気が付くと、この私が、大師父アクヴァンが地面に倒れていることに気がついた。

 鉛でも詰まったように重い頭を動かし、私と敵対する新種族達の方へ視界を映す。

 リーダーの若年個体が口を開けて何か叫んでいる。

 老年個体も口を開いていた。

 確かこの行動は新種族にとって驚愕を示すものだったはずだ。

 私は記憶を振り返る。


 パリンと音を立てて、最も未成熟なゾンビー個体が投げつけたフラスコが砕けたのを見たのは憶えている。

 フラスコが割れると爆発が起こり、フォースフィールドに一瞬の間赤い炎が広がった。

 だがそれだけだ。新種族の魔法と武器ではこの防御を突破できない。

 そのはず……。


「空気か」


 リーダーの新種族がそう言った。


「うん、亜竜も呼吸はしているはず。全体を何も通さないバリアで囲んじゃったら呼吸する空気が無くなるでしょ? あいつの言葉もこっちまで聞こえてくるし」

「それで毒ガス」

「魔法による毒ならきっと無効化されちゃうけど、これは調合して作ったものだから」

「ワシらにどうにもできない相手をまさかリアが倒すとはのう」


 毒ガス?

 なぜ?

 だって魔法の使えないゾンビーが扱うものだとしても、それを作る魔導師の魔法が関わっているはず。マジックアイテムならばこのアンチマジックフィールドは無力化する、するはずなのだ。

 もう指一本動かせない。意識が黒い闇の中に消えていく。


「私のお腹の中にいた寄生虫は魔法じゃ消せなかったから、逆に言えば魔法が使えなくても私は私を救えたんだって思って」

「だから魔法を使わない道具の使い方を勉強してたんだな」

「うん、バズさんの雷管の作り方とかすごく役に立ったよ」


 そうか、この毒はあのゾンビーが作ったものなのか。

 魔法を使えないゾンビーが作ったものだから、私の育った魔法文明の防御の隙間を突かれたのか。

 ならば、私が再生機など作らなければ……こんなことにはならなかった。

 だったら、私は、どうすれば……


 奇妙な感傷を感じながら、私の意識はプツリと閉じた。

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