92 vs大師父アク・ヴァン
第三種族『古亜竜』
この世界に生まれた三番目の知的生命体。
「それが大師父アク・ヴァンの正体か」
驚いていないといえば嘘になる。
だが、大師父が亜竜である可能性は、これまでの情報から推察することはできた。突然変異的に知性を向上させた、亜竜を元にしたアーリマンの堕慧児……ここらへんが俺の予想だった。
「無垢なる者達よ、ようこそ戦竜教団へ」
表情筋の乏しい亜竜は鳴き声で感情を表すというが、この亜竜は人間とは異なる声帯構造を持ちながら人間と殆ど変わらない発声ができている。それが古亜竜の進化方針だったのだろう。
「私はこの聖地を動けぬ身ですから、こうして外界の方々と話せるのはとても好ましく思います」
大師父はどこまでも優しげな声で俺達にそう言った。
だが、俺にはその声がなぜかとても恐ろしい物に聞こえた。
「議論はしない、真竜の覚醒は止めてもらう」
「無垢なる者達よ、あなた達に罪はありません。ただ一つ生まれついて、生存本能という罪を除いて。しかしそれは咎められる類のものではありません。故にあなた達は無垢なる者なのです」
「何の話をしている! 俺は真竜を止めろと言ってるんだ!」
「教団員達はその手を汚しますが、それは彼らの意思によるものではありません。彼らもまた無垢なる者なのです」
無意味な話で時間を稼ぐつもりなのか?
俺は銃を構え『銃の系統』を発動する。
「魔束射心縛」
撃鉄がシリンダーを叩き、心を麻痺させる魔法が銃口から放たれる。
通常の魔法防御を容赦なく貫通する俺の技術。
「何!?」
だが、俺の魔法は大師父の目の前に掻き消えてしまった。
「……今のは」
「ふむ、ファイヤーボール」
俺の後ろから爺ちゃんが魔法を使う。
さほど魔力を集中させる様子もない、まるで牽制のような使い方だが、爺ちゃんほどの使い手ならファイヤーボールも格段な威力に上がっている。
あまりの高温に一部プラズマ化したかのような閃光がほとばしっているようだ。
「こ、これがファイヤーボール!? なんて破壊力……」
パレアが驚嘆の声を上げる。
だが爺ちゃんの顔は眉を歪めていた。
「まずいのう」
爆炎が晴れたあと、そこには無傷の大師父が最初の位置動かないまま立っていた。
「なんで、あんなすごい爆発だったのに」
「パレア、あれを見ろ」
俺は床を指差す。
そこには線が惹かれたかのように爆発で破壊された床と無傷の床が分かれていた。
「魔法殺し……真竜の持っているものと同じだ」
「そんな、なんで真竜の力をあいつが!」
「解析したんじゃろう。あれは魔法という現象を無効化する。バズの銃の系統すらあの防御の前には無力じゃ」
「魔法がダメなら物理だ」
俺は銃を構える。
「すべての生きとし生けるものに罪はない、そう罪は……」
銃口を向けられ殺意に晒されているというのに、大師父はブツブツと何かをつぶやいていた。
不気味だ。こちらの害意をまるで意に介してもいない。
銃声と共に銃弾が飛ぶ。弾丸は魔法無力化のラインを超えるが、そのすぐ先で静止し、弾かれ地面に落ちた。
「強力なフォースフィールドか」
絶対的な魔法無力化に加え、銃弾を弾くほどの強固なフォースフィールド。
「だがまだ俺には」
今は銃が一丁しかないため隙が大きいが、どうも相手は俺達を攻撃するつもりはないらしい。
ならば遠慮無く使わせてもらおう。
シリンダーの一発目に幻術を、二発目に心術の力を込める。
「魔放射幻心縛」
俺は一発目を地面に撃ち、幻影が現れた所に二発目の心術を打ち込み魔法を完成させた。
通常の二丁拳銃での合成魔法に比べたら隙が多く、妨害できる時間も多い。
だがそれでも相手が何もしてこないなら別だ。
空中に現れた魔法の紋様は見る者の精神に心術の影響を引き起こさせる。
初見でこれを破ることは難しいだろう。
きらめく魔法の紋様は確実に起動した。
10秒にも満たない短い時間、幻影が踊り相手の精神を蹂躙する。
「やったの……?」
影響を避けるために、目を伏せていたパレアが言った。
「いや……駄目だ」
必殺の魔法すら、大師父アク・ヴァンには通じていない。
だがなぜだ、理由がわからない。
精神を持つ相手なら知覚を通じてどんな相手でも狂わせる合成魔法、やつはこれを直視したはずなのに。
「汝らに罪はない、すべての罪は……私にあるのです」
あらゆる害意を無視して大師父はつぶやき続けている。
その目を見て、俺はようやく大師父の正体に気がついた。
「……あんた」
「亜竜文明を滅ぼした私が、私こそが罪人なのです。だから私はすべてを滅ぼさなくてはならない、あらゆる罪を背負い、呪いを喰らい、地獄の深淵で無間に焼かれるべきは私なのです。その罪のために、私は世界を滅ぼし続け、私が犯した罪によって死んでいった者達の死を無意味なモノにしてはならない。世界を滅ぼす、何度でも滅ぼす、そのためだけに私は存在を許される。それが私の犯し続ける大罪であり贖い続けるべき大罪なのです」
耐えることなのできるはずがない、十万年以上の時を生き続けるなど。もし耐える方法があるとするならば。
「さあ目覚めよジズ。私の贖罪のため私の引いた引き金によって世界を滅ぼせ。汝に罪なし、すべては私の罪」
大師父アク・ヴァンはもはや心術が入り込む余地がないほどに、すでに狂っていた。




