76 ハワード・ヒースとの対決
父さんの仕事部屋は本棚がぎっしりと並んでいた。書斎机に座り、片手で本を繰りながらノートに見たこともない文字で何かを書いている。
「久しぶりだね父さん」
俺の父親、ハワード・ヒースはぶ厚い本を片手に俺をメガネ越しに見た。
「バロウズ、何を知りたい」
ハワードの最初のセリフはそれだった。
「…………」
「どうした」
「いや、俺は今まで何を悩んでいたのだろうかと思って」
最初から父さんは俺に対する特別な感情なんて持ち合わせていない。元々父からの失望なんて存在しなかったのだ。
「すまんな、これが私だ」
意外にも父さんは謝罪した。
「私は人間の感情というものを知識としてしか知らない。子にかけてやる言葉というのもよく分からない。ただ知識にあるものをそのまま実行しただけだ。お前のような特殊な才能を持つものにとってはさぞ不気味だったことだろう」
「気には掛けてくれたんだ」
「ああ、原住民を不快にさせることは本意ではない」
父さんの表情は変わらなかった。
「それで何が知りたいんだ」
「真竜と第二種族、それに戦竜教団について」
「そうか、それなら三列目と六列目の本棚が資料になる」
あっさりと父さんは情報をありかを教えてくれた。
「意外そうだな」
「もう少し揉めるかと思ったんだ」
「私が正体を隠すのは、不必要な諍いを避けるためだ。知識の収集の邪魔にならなければ構わんよ」
なるほど、むしろここで押し問答する方が面倒と考えているのか。
父さんの目的は知識の収集。
それ以外の事に興味が無いのだ。和を乱したくないというのも知識の収集を円滑にするため。
部屋を改めて見ると領地経営に必要そうな書類は見当たらない。
領地経営の実態はとうにルナさんが握っていたのか。
「それじゃあ遠慮なく調べさせてもらうよ」
俺は本棚へ向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺のページをめくる音だけが部屋に響く。
父さんは紙ズレの音すらさせず、身動ぎすらせずメモを続けていた。
「父さんは」
顔をしかめたのが分かった。仕事の邪魔をするなと表情が物語っている。
「……父さんは、真竜を止めようとは思わないの?」
「この世界のあり方はこの世界のモノだ。私が介入すべきことじゃない」
それだけ言うとメモに目を戻した。
「それでも、母さんやルナさん、屋敷の人達、そういうつながりを父さんだって作ったんでしょ? 手の届く範囲の人くらい守りたいとは思わない?」
「ルイーズと結婚したのは、そうしなければ財産が別の親族に奪われることになっていたからだ。効率のよい知識の収集に財産は必要だ」
言ってもしかながないか。
「私からすればお前やブランドンの方が奇妙に感じるよ。なぜ他所の世界にそう無遠慮に踏み込めるのか」
話を諦めようとした俺に、今度は父さんから話を続けた。
「ここで生活してるんだ、俺にとってここは他所の世界なんかじゃない」
「そういうものか。私にはよく分からない」
「……昔、俺が欠陥魔法使いだと分かって落ち込んでいた時、父さん、俺のこと探しに来てくれたね」
「ああ憶えている。バロウズがどこに隠れていたか知っていたからな」
「父さんにとってはそれだけの事かもしれなかったけれど……」
「期待されても困る。我々は異種族なのだ」
「他の兄弟をみんな留学させているのも、子供と接する時間を作らないためでしょ」
「ああ。そしてバロウズを手元に残したのは、その魔法の才能が非常に危険なものだったからだ。宮廷の陰謀などに巻き込まれたくはない。それよりは、私を監視していたあの老人がお前を拾い、適切な使い方を導くよう仕向けるべきだと考えた」
「爺ちゃんがヒース領にいたのは父さんがいたからか。そこは全部父さんの計画通りというわけなんだ」
「計画というほど動いてもいない。だが、その魔法の才能を冷遇すれば必ず大魔導師はお前を見出すと考えていた」
なぜ異世界転生した稀代の欠陥魔法使いが都合よく魔導を極め尽くした大魔導師と出会えたのか。偶然それが起こる可能性はどれほどなのか。
俺の転生の原因は父さんにあり、その父さんを監視するために爺ちゃんがいた。
出会うべくして出会ったということか……。
だけどそれはある意味父さんなりに俺のことを考えた結果。俺は爺ちゃんに出会わなければ、今の俺にはなれなかったはずだ。
「私は静かに知識の収集という役目を続けたい。バロウズ、地球生まれのお前は同じ進化を辿ったこの世界の住人に親近感を感じるのも無理はないが、所詮は別種族だ。自分の幸せを探したほうがいいのではないかね?」
「俺の幸せ?」
「そうだ、真竜によって遅かれ早かれこの世界で今生きている種族は滅ぼされるだろう。だがそれは我々が生きている時間よりずっと後のことだ」
「未来のため行動するってのはそんなに変かな」
「未来など無い」
「そうとも限らないだろう。真竜も資源枯渇も、解決方法が必ずあるはずだ」
「そうではない。いかなる種族もいつか進化の停滞を迎える。どんな強大な種族でもいつかは滅ぶ。どのような種族であってもだ。例外は、時間という概念の外にいる我々のような存在だけだ」
なるほど、いつか太陽が膨張して地球は滅ぶから未来を考える必要なんてないと言う意味か。父さんはそんな価値観の生き物なのだろう。
「そういう存在だから、明日のために今日頑張るなんて当たり前のことが分からなくなってるんじゃない?」
「そういうものか」
父さんは小さく頷くと、それっきり何も喋らなかった。
今の会話は異種族である父さんなりに俺のこと気遣ったのではないだろうか?
俺の考え過ぎかもしれないけれど……。
あの日、物置に隠れていた俺を迎えに来た父さんの心を読もうとした時、そして防御魔法によって俺の伸ばした手が拒絶されたあの瞬間から、ようやく父さんの顔をまともに見れた気がした。




