70 ナヴィ、裏切り者達の恋歌 後編1
町が夕闇に包まれている。
私は気配を殺し、ミランダさんがいるはずの屋敷に近い家の屋根に登った。
窓から見える人の動きに集中する。
周りから世話をされる立場にある人間の部屋は人の動きを見れば分かる。
そしてその中でも女性のためのお世話の道具が運ばれている部屋をピックアップする。
夕闇は明かりの灯る室内の様子を明らかにし、外にいる私の姿は闇に隠してくれる。
「あそこかな」
私はそっと動き出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あら、どなただったかしら」
ミランダは私を見ても、特に動じることもなく応対した。
髪には白髪が混じり、顔にはシワが目立ち始めている。
だけど、その姿にはどこか人を安心させる魅力があった。
「驚かれないのですね」
「悪意を持っている人かそうでないかくらいは私でも判るもの」
「そういうものなのですか?」
「ええ」
私には分からなかった。
人間でないからなのだろうか。
「ミランダ様、私はナヴァ。パラボクレアの友人です」
「まぁパレアの!」
「はい」
「あの子は無事なの? 奴隷として売られていったとしか知らされていないから」
「今は無事です、私達のご主人様は立派な方ですので」
「そうそれなら良いのだけれど……あの子は私のこと恨んでいるでしょうね」
「そんなことはありませんよ、ミランダ様のことを心配しています」
「可愛い娘すら守れない親なのに……こんなことお願いするのは厚かましいと思うのだけど、あの子のことをお願いね」
「……ええもちろん……私の大切な友人ですので」
「ありがとう……それで私に何かご用なのかしら」
「……その」
迷いはある。
でも私にはご主人様みたいに心を読むような鋭い洞察力はない。
だから全部そのまま話すことにした。
「ダニエルさんのことなんです」
パレアとダニエルが会ったこと、パレアがダニエルのことを叩いたこと、ダニエルと私が喋ったこと、パ
レアと喧嘩したこと……全部伝えた。
「ふふ、あなた見かけ通り素直なのね」
「不器用なんだと思います」
「いいえ、不器用なんかいじゃないわ、それは素直って言うの」
違いが私には分からなかった。
「そうね、ダニーのことは良く知ってるわ。今も昔も……彼の気持ちはしっかりと伝わっている」
穏やかな表情を浮かべてミランダは言う。
「パレアに伝えてあげて、ダニーのことをどうか悪く言わないであげて、そしてどうか仲直りしてあげて欲しいと。ダニーはパレアも大切に思っている。私のせいでパレアがダニーを嫌うなんて悲しすぎるわ」
「もちろん、伝えます」
「ありがとう、あなたのようなお友達がパレアの側にいてくれて嬉しいわ」
そう言って私の手をとってミランダは笑った。
また、私の胸の中がちくりと痛んだ。
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「ほんとに行く奴があるか! バッカじゃないの!!」
夜中、私はパレアにミランダのことを伝えに行くと、無茶したことですっごく怒鳴られた。
「見つかって捕まったらどうするのよ!」
「だ、大丈夫ですよ、私潜入とか得意ですし」
「大丈夫じゃないわよバカ!」
怒鳴られ続けて、私は小さくなっていくような気がした。
やっぱり間違ったことをしたのだろうか。
「……はぁ、もうこんな無茶やめてよね」
「ごめんなさい」
「そう、母様は元気だったのね」
「ええ、苦労もあるでしょうけれど……少なくとも絶望しているようには見えなかった」
「私が奴隷であることを受け入れたように、母さま上手くやっている」
「…………」
「ごめん、夕方は私が言いすぎた……ありがと」
「パレアさん」
「ダニーには明日謝ってくるわ」
「本当ですか!」
「うん、あ、でも、私ダニーの寝泊まりしてる場所知らない」
「ああそれでしたら……」
場所を説明しようとした私の言葉をパレアが手で遮った。
「?」
「ナヴィ、明日一緒に来てくれない? お礼はするからさ」
そう言って、パレアは私に向かって笑いかけてくれた。
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アクロポリスを離れるまでの数日間。
私とパレアは、ダニエルさんと何回か会った。
パレアの幼いころの話を聞いたりして、いくつは是非ご主人様にも聞いてもらいたいと思うようなものだった。
パレアは絶対に言うなと念を押したのだけれど、きっとご主人様はパレアのことをもっと好きになるはずだ。
伝えないなんてもったいない。
パレアは怒って私の背中をぽかぽか叩いたが、本気で怒っていないことが伝わってくる。
あの日以来、私はパレアが考えていることがなんとなく判るようになった。
もちろん、ご主人様のように心を読んでいるような洞察はできないのだけど、嬉しいのか悲しいのかそういったことが判るのだ。
戦竜教団のアルメ・ザ・ジャムシード。
彼の姿をミランダがいる屋敷の奴隷の中に見つけたのは、アクロポリス滞在最終日にダニエルに別れを告げに行った時だった。




