25 冒険者ギルドと先輩冒険者
アクロポリスの町並みは中世ヨーロッパ風と呼んでいいだろう。
石を敷いた細い道、軒先に肉を吊るした肉屋、赤いレンガ造りの町並み。
町には下水道が完備されており、町の側を流れる川から水を引いて、廃水はそのまま川に流している。町の人口的にそれで十分なのだろう。
「でもさっき食べたサンドイッチの具、魚だったな」
「どうしたの?」
「い、いや別に」
大丈夫なはずだ、多分。
さすがに町の冒険者ギルドは、村の宝くじ売り場とは違う。
しっかりとした2階建ての建物だ。看板には冒険者を表す片刃の長剣と炎のイラストが書かれてある。
文字を読めない奴でもこの看板を見れば、ここが冒険者ギルドだと理解できる。この国の識字率は雰囲気が似ている地球の中近世ヨーロッパよりもずっと高いが、それでも4割程度くらいだと思う。
扉をくぐると武器を携えた人々が一斉にこちらを見た。
「うっ……」
パレアが小さく声を上げた。けだるい目をしているが、どいつもこいつも堅気の目じゃない。
戦いを経験してきた目だ。
パレアたちはどこかで待たせても良かったかもしれないな。
俺はまっすぐ受け付けの元へ向かう。
受け付けにはきちんとした制服を着た女性が座っている。
「当ギルドに何か御用でしょうか?」
よく訓練された愛想笑いに礼儀正しい物腰。
だけど村の受け付けの素朴な笑顔の方がずっと良かったなと、俺は思った。
ギルドカードを見せと、愛想笑いが消え真面目な表情になる。
「冒険者の方ですね、バズ。Dランクですか」
「ランクを上げたいんだけどどうすればいい?」
「それにはあらためて審査をする必要があります、原則こちらが斡旋する依頼を達成してもらうことになります。また、その依頼にはギルドから監察官が同行することになります」
「どんな依頼?」
「それは……」
ガシャンと音がした。振り返ると背後で男が椅子を蹴っ飛ばしたようだ。
驚いたリアが俺の左袖を掴んだ。
「女連れで冒険者ランク申請とは、冒険者舐めてんじゃねえか?」
背が高く筋肉質の男だ。頬から唇にかけて刀傷があり、ただでさえいかつい顔をよけいに恐ろしげなものにしていた。
「彼女たちは俺の従者だ、文句を言われる筋合いはないね」
「従者だぁ? どこぞの貴族の坊っちゃんかぁ?」
「そんなところだ」
「すっこんでな坊っちゃん、ここはテメエのようなのが来るところじゃねえんだ。故郷でネズミ狩りでもしてるんだな」
男の背中には十文字槍。俺はそっと腰のホルスターに手を添える。
「バズさん……」
リアが不安そうな声をあげた。
「坊っちゃんじゃない、俺はバズだ」
「バズ坊っちゃんか、俺はBランク冒険者、貫きのアダムスだ」
「Bランクね」
アダムスと名乗ったその男は偉そうに笑った。
だが……俺は違和感を感じた。
「バズ、こんなの相手にする必要ないわよ、無視しましょう」
パレアが言う。アダムスはそんなパレアを見て下卑た笑顔を浮かべた。
「なんだい嬢ちゃん、つれないこと言うなよ。そんな坊っちゃんより俺と遊ぼうぜ」
アダムスがパレアに手を伸ばす。
「おい、彼女に手を出したら俺も手を出すぞ」
「あ?」
「要件を言えよ」
「……けっ、ここじゃあ初めて来たやつは西の草原で薬草取りをするって相場が決まってるんだ。てめえもそこから始めな」
俺は横目で受付嬢の顔を見た。無表情。なるほど。
「いくつ欲しい」
「100だな。まあ一週間もあれば終わるだろう、もっともちゃんと薬草を見分けることができて、草原の狼から身を隠すことができればの話だがな」
なるほど。
「ちょうどよかった」
「なんだ?」
「それくらいならすぐに用意できるさ、ほら」
俺は手を差し出す。
「は?」
「手を出せよ」
警戒しながら差し出されたアダムスの手の上にバラバラとアダムスが頭に思い浮かべていた薬草が転がり落ちてくる。その数は100を軽く超えていた。
「な、なんだと?」
「狼も欲しいか? ほれ」
俺の手の中から物理法則を無視してあらわれた狼がアダムスに飛びつく。
「うぉっ!?」
反射的にアダムスは背中の槍に手を伸ばし一閃した。
途端にすべての幻は消える。
「武器を抜いたな」
「え、あ……幻術か」
「挑発されても先に武器を抜かないこと、それがランクアップの条件だろ? アウトローが多い冒険者、その中で信用される高ランクと認定される最低条件が」
「……なんだよ、知っていたのか?」
「いんや知らなかった、だけどあんたの挑発の仕方を見てたらピンときたよ」
「やるねぇ、今のは幻術か、オマエ魔導師なんだな」
「一応ね、どうテストは合格した?」
「んー、そうだな、あと一つ」
ブンと空を切る音と、火薬の破裂音が交差した。
遅れて、弾き飛んだ槍がカランと床に転がった。
「腕っ節も問題ないかな?」
アダムスは槍で俺を打ち据えようとした。刃は立てていなかった。
柄の部分で殴りつけるつもりだったのだろう。
俺はホルスターから抜いた銃で槍を撃ち、弾き飛ばしたのだ。
「なんだその武器……」
「どうだい?」
「分かった分かった、満点だ」
アダムスは衝撃でビリビリと震えている手をひらひらと振った。
「悪かったな嬢ちゃん。だが冒険者の従者やるなら、今後あんな手合はいくらでも出てくる、気をつけな」
「あ、ありがと……」
ここにいる冒険者の中には子供も女もいる。
年齢、性別は関係ない。実力があり信頼できるやつなら誰でも冒険者をやっていけるのだ。
パチパチパチと拍手する音が聞こえた。階段の上からだ。
「さすがはバズ、見事なもんだ」
「ジョンおじさん?」
階段から降りてきたのはジョンおじさんだった。
爺ちゃんの小屋の外で会うのは初めてだが、皇太子であるジョンおじさんはいつもと変わらぬ笑みを浮かべていた。




