03-56.贈答系ツンデレチョロゴン
「ちょっとぉ!? どうしてこの子達まで連れてきちゃったんです!? 私が頼んだのは依代の少女だけですよぉ!?」
何やら騒がしい声が聞こえる。耳によく馴染んだ聞き覚えのある声だ。というかユーシャにそっくりだ。けど話し方が全然違う。キーキー声は流石に言い過ぎだろうけど、ユーシャが高い声を出したらあんな感じになりそうって感じだ。
それに何時の間にか周囲も明るくなっていたようだ。更には魔力の繭も解けている。あとめっちゃ生臭い。
ユーシャとオルニスは意識を失っているようだ。シュテルは目があった途端に涙を溢れさせた。けどユーシャ達を気遣ってか、或いはまだ警戒を続けているのか、声を上げることはしなかった。良い子だな。頭を撫でてやろう。
あれ? 何故こんなにも明るいのだ? 私達は助かったのか? 結局何の衝撃も感じなかったぞ? それともまさか天国か? あの一瞬で命まで刈り取られてしまったのか? いくら頑丈なユーシャとて、ドラゴンの体を張った神の杖紛いの攻撃は耐えきれなかったのだろうか……。
とにかく現状を把握しよう。先ずは立ち上がろう。
ユーシャとオルニスを魔力手で持ち上げて、シュテルを直接抱き上げて立ち上がった。ここはどうやら真っ白な空間のようだ。空も地上も何も無い。天国に来てしまった説が俄に現実味を帯びてきた。
しかしそうなるとあの飛竜も砕け散ってしまったのだろうか。何故か飛竜が頭を垂れている。更にその先には一人の少女がいる。飛竜に向かって何かを喚き続けている。そうか。あの飛竜は平身低頭状態というわけか。
とすると少女は飛竜の主か何かだろうか。何かお叱りの最中なのかもしれない。私達が手を出したのはただの飛竜ではなかったのだろう。
「あ、目覚めたのですね。無事で何よりです。それにあなた達だけなら都合も良いです。あの子が目を覚ます前に済ませてしまいましょう」
似ている。落ち着いた話し方をすれば増々ユーシャとそっくりだ。それに顔も。だが身体的特徴は似ても似つかない。どちらかと言うならパティ寄りだ。何がとは言わないが。
「すまん。まさか既に主がいるとは思わなかったのだ」
「? 何の話です?」
「その飛竜だ。手を出してしまった」
「え? ああ。違いますよ。そういう話しなら横取りしたのは私の方です。申し訳ございません。あなたと話しがしたかったのです」
「……えっと。私はエリクだ」
「存じています」
「……名を教えて頂けるかね?」
「ああ。なるほど。これは失礼を。私の事はネルとお呼びください」
なんだか独特な間の少女だ。人との会話に慣れていないのだろうか。いや、そういうわけでもないか? 普段話す相手が極端に限られているのやもしれんな。こんな真っ白な空間にいるくらいだし。普段からこうなのかは知らないけど。
「ネル殿はユーシャの事もご存知で?」
「ええ。とても。私にとって妹のような存在ですから」
なんか普通に答えてくれたぁ……。こういうのもっと勿体ぶられるかと思ったのに。
「ネル殿の正体をお聞かせ頂けるだろうか」
「それは出来ません。お許しを」
あ、そこはダメなんだ。
「いや、うむ。勿論無理にとは言わぬとも」
絶対逆らっちゃいけない系だろうし。あの飛竜を這いつくばらせているのだ。力の差も推して知るべしだ。
「ご理解頂けて幸いです。正直名を明かすのも避けたかったところではあるんです。ですが大切な妹の恩人に無礼は働けませんから」
なるほど。わかりやすい。その割には結構強引な手段で呼びつけられてしまったけど。あれかな? 私の身体の事も知っているのかな? もう何を知られていても驚けんな。
「私は忠告の為にあなたをお呼びしました」
「お聞きしよう」
「話しが早くて何よりです。忠告は一つです。二度と魂を生み出さないでください」
「……承知した」
やっぱりマズかったか……。
そして今の忠告でこの少女の正体もなんとなく掴めてきたな。ユーシャの言っていた女神はユーシャの母親説でほぼ確定だろう。この少女は女神によって生み出された遣いか何かだろう。魂の生成は世界のバランスを崩すとか禁忌に触れるとか何かそっち系の問題があるのだろう。
「結構です。くれぐれも約束を違える事の無いように。反故にされた場合、私は力尽くで貴方の回収に出向きます」
「……うむ。肝に銘じておく」
「感謝致します。それでは迷惑料代わりにこの飛竜さんを差し上げましょう」
『えぇ!? そんなぁ!!』
這いつくばったままの飛竜が情けない声を上げた。いやでもこの飛竜からしたら堪ったものじゃないよな。いきなり私達に押しかけられて、女神の遣いに操られて、あげく就職先が勝手に決められてしまったのだ。
「お気遣い感謝する。ですが申し訳ない。そちらは辞退させて頂こう。私達は完敗した。私達にその飛竜を従える資格は無い」
「それでは困ります。そもそも飛竜さんが勝利出来たのは私が力を授けたからです。遠慮せずにどうぞお受け取りを」
「いや、こればかりは譲れん。当の本人も納得できまい」
「その気高さには感心致します。ですがどうかここは黙してお受け取りを。そうして頂かねば私が困るのです」
「……何故ネル殿がそこまでしてくださるのです?」
「……今回の忠告は私の独断専行です。主は静観を望まれました。辻褄合わせが必要なのです。どうかご理解を」
……なるほど。これは迷惑料という意味だけでは無いな。本来ネル殿が手を出さなければ私達は目的を果たせていたのだろう。それをネル殿の干渉によって乱されてしまった。だから本来あるべき形に収めたいのだろう。むしろ迷惑料というのはただの口実に過ぎないのか。
それにしても主が静観を望んだというのはどういう事だ? 実は魂を生み出す事もそう大きな問題ではないのか?
「エリクさん。あまり余計な事は考えないでください」
「……わかった。ネル殿の言葉を受け入れよう」
「感謝致します。この借りは何れ必ず」
飛竜だけでなく他にも何かくれるつもりのようだ。ならいっそ女神への面会権とかくれないかな? ネル殿に口添えを頼めれば手っ取り早いだろうけど。まあそんな事言いだしたらネル殿が困るものな。余計な事は言うまいよ。
「楽しみにさせて頂こう。そして出来る事なら何れユーシャとも会ってやっておくれ。きっとこの子も喜ぶ筈だ」
「エリクさん!! ありがとうございます!!!」
え? 急にテンション上がった?
「ではまたお会いしましょう♪」
満面の笑みを浮かべた少女と真っ白な空間が消え去った。どうやらここは空の上だったらしい。眼下には広大な雲海が見えている。
「シュテル!!!」
「!!?!?!」
あかん。パニクってる。落ち着け。シュテルは飛べるだろう。翼を広げておくれ。
『もう! 世話が焼けるなぁ!!』
文句を言いつつも飛竜が受け止めてくれた。
「ありがとう。助かった」
『別に。身体が勝手に動いただけだし』
私達を守るように暗示でもかけられているのか? もしかしたらまだネル殿の支配が続いているのかもしれない。
「すまんな。お主には悪いと思うのだがな。とにかくよろしく頼む」
『はいはい。主様』
「そういえば名前はなんと言うのだ?」
『人間には発音出来ないよ』
そりゃそうか。普段竜同士なら普通に声で会話するのだよな。この念話は人間に合わせてくれてるだけなのだろう。
「ならばソラだ。私達はそう呼ぼう。綺麗な空色の鱗ともよく合うだろう」
『ふ、ふ~ん。勝手にすれば』
満更でもなさそう。チョロゴン?
「よろしくな。ソラ。まだまだ不甲斐ない主だがどうか付いてきておくれ」
『……まあいいさ。どうせ人間の寿命なんて……主様って本当に人間なの?』
「見ての通りだ」
『最悪だぁ……』
ふふ♪ 長い付き合いになりそうだな♪




