03-55.vs飛竜
「なんだ!? 急にやる気になったぞ!?」
しかも私だけを狙っている。近くで飛び回るユーシャ達には何の興味も向けていない。どころか接触しないように避けているようにすら見える。
「オルニス!」
「キュィ!!」
私の呼びかけでオルニスが急激に高度を上げていく。私しか見ていない飛竜は真っ直ぐ真上に首を伸ばし、脇見も振らずに追いかけてくる。当然皆もその隙を逃さなかった。レティ、ロロ、スノウが魔術の集中砲火を浴びせていく。しかし飛竜には通じていないようだ。飛竜の体表は強靭な鱗だけでなく魔力の膜でも覆われているらしい。私の魔力装と同じようなものだろう。それがより術として洗練されている。ただし出力そのものは私程ではない。いかな竜種と言えど無限の魔力を持つわけじゃない。常に防御へと回せる魔力はそう多くはないのだ。今のように理性を失っていれば尚の事だ。長期的に見れば私の魔力供給で魔力切れを気にせず攻撃を続けられるレティ達に分がある筈だ。
「オルニス! 高度を上げすぎだ! 一度下がるぞ!」
「キュッ!!」
このままではレティ達の射程外になってしまう。そうは言ってもすれ違うのは難しい。オルニスに任せきりというわけにはいかんだろう。私も魔力壁でサポートせねば。こんな場所では糸も魔力手も役には立たん。他に何か使えるものは無いだろうか……。
「オルニス! 奴の顔面に向かって飛び込め!!」
「キュゥ!?」
「信じろ! 行くぞ!」
「キューーー!!!」
自棄気味に叫んだオルニスは私の注文通り飛竜の口に向かって落下を始めた。飛竜は私を丸呑みにしようとでも言うかのように大口を開けて向かってくる。
私は大きく空気を吸い込んで、肺とは異なる臓器に溜め込んだ。そのまま飛竜の大口が迫ってきたタイミングを見計らい、その口内に飛び込む直前で思いっきり息を吐き出した。
飛竜の口内に毒のブレスが流れ込んでいく。飛竜が堪らず咳き込んだことで、私とオルニスは口の中から吹き飛ばされた。
「良し! 今度は降下だ!!」
「キュッィ!!」
オルニスの返事が心做しかキツめだった。どうやらイラッとしてるっぽい。私の無茶な作戦に怒っているのだろう。すまんな付き合わせて。いや違うか。心配をかけたからだな。だが悪いな。もう少し付き合っておくれ。
残念ながら飛竜に私のブレスは通じていないようだ。咳き込みこそすれ、痺れるまでには至らなかったらしい。一応人間であるベルトランすら抗っていたものな。その何百倍もの体躯を持つ竜には効かんよな。
飛竜は少しだけ高空に留まってから再び私に狙いを定めてきた。しかもどうやら若干冷静さを取り戻したらしい。先程までとは違って口を閉じている。それになんだか視線も安定している気がする。
更にはついでとばかりに翼まで閉じ始めた。どうやら空気抵抗を極力減らした高速落下の為の形態のようだ。
「マズイぞ!! ダメだ! 止まれ! オルニス!」
「キュッ!?」
屋敷程もある巨体が地面に向かって躊躇なく突っ込んでくる。私が調子に乗って高度を上げすぎたせいで十分な加速まで付いている。このまま地面への衝突を許せば近くに潜んでいるパティ達が危ない。衝撃で吹き飛ばされるだけでは済まないだろう。
全力で魔力壁を展開する。幾重もの魔力壁を重ね、飛竜を受け止める為に力を注ぎ込む。オルニスも私の指示の意味を理解してくれたらしい。決死の表情で空を見据えている。
「エリク!!」
「ダメだ近付くな!! パティ達と逃げろユーシャ!!!」
「エリクーーー!!!」
ユーシャの叫び声が遠ざかっていく。シュテルが私の頼みを聞いてくれたのだろう。後でユーシャ達にも責められそうだ。全員無事に生き残れたらの話しだけど。
飛竜は魔力壁に触れる直前に全身から爆発的な魔力を放出した。明らかに私の出力を超えている。しかもその魔力が飛竜の身体を包みこんでいる。魔力壁は薄いガラスのようにあっさりと砕け散っていく。これはどう見ても止めきれない。私はまだ竜というものを舐めていたのかもしれない。パティにあれだけ言われていたのに。止めようなどと考えるべきではなかった。パティ達を連れて逃げる方を選ぶべきだった。あの子達は無事に逃げられただろうか。最早アウルムの視界を覗く余裕も無い。だがパティなら大丈夫だろう。きっと真っ先に逃げの一手を打ってくれた筈だ。頼むぞアウルム。二人をなんとしても守り抜いておくれ。
そしてすまんなオルニス。せめてお前だけは守りぬこう。私はどうなっても構わない。本体は別にある。この身体を失うのは惜しいがオルニスの命とでは比較にならん。
私とオルニスを囲うように魔力のカプセルを形成した。これでどこまで保つかはわからぬが、最後の瞬間まで魔力を注ぎ続けよう。
「エリク!!」
な!? ユーシャ!? 何故だ!? さっきシュテルが!
「バカ者!!! 戻って来るやつがあるかぁ!!!」
慌ててユーシャの方へと手を伸ばす。ユーシャも私達の方へと手を伸ばしてきた。シュテルの必死な顔が視界に映る。どうやらすれ違いざまに私達を掴んで離脱するつもりのようだ。シュテルの速度なら逃げ切れるかもしれん。なんて、思えれば良いのだが、生憎既に飛竜は目前まで迫っている。ここからではどうあっても間に合わないだろう。せめて全員を私の魔力で守るしかない。ギリギリのサイズであらん限りの魔力を込めて。枯渇なんて気にせず出し尽くすしかない。魔力壁の耐久力ではダメだ。到底足りはしない。ならあれを真似るしかない。飛竜の纏う魔力の膜をイメージしろ。私なら出来る。この場にはシュテルもいる。この子なら私の思いを読み取ってくれるはずだ。
「エリク!!」
「ユーシャ!!」
空中で抱き合って全員を覆えるように魔力を展開する。ユーシャとシュテルを纏めて抱きしめた手を祈るように重ね合わせて力を込める。オルニスとシュテルの翼が更にその上から私達を包みこむ。そうして一つの球体のようになった私達を私とシュテルが放出した魔力が包みこんでいく。
最後の魔力壁が砕かれた直後、周囲は完全な暗闇に包まれた。