03-54.ターゲット
「いかん。気付かれたな」
「少し離れましょう。今仕掛けるわけにはいかないわ」
パティと二人で目星を付けた飛竜の偵察を試みた。目撃情報通りに山頂を占拠していてくれて助かった。あの巨体ではそうそう隠れられはしないだろうけど。
「しかし流石に大き過ぎるのではないか? 庭には収まるだろうが自由に動き回れるとは思えんぞ?」
「そうね。もう少し小ぶりな個体を探すべきかもしれないわね」
「難しいな。飛竜はそう個体数も多いわけでもないものな」
「なのよね。実際近場はあの子だけよ」
困った。そうなると遠方か目撃情報すら無い飛竜を探さねばならん。対飛竜戦は総力戦を計画している。予定が立てづらくなるのは面倒だ。
「最悪例の方法を試しましょう」
「例の方法? まさかあの悪趣味なやつか? 冗談だろ?」
「ポチはケロッとしていたじゃない。たぶん問題は無いはずよ。アウルムの格納空間は時間が止まっているらしいし。私も倫理的にどうかとは思うけど」
「むぅ……」
ファムにも困ったものだ。丸投げしてる私が言うのもあれだけど。それにファムの研究成果には助けられてもいる。けどだからって倫理観が迷子になってしまうのはなぁ。
そもそもファムはポチを生物として認めていないのかもしれない。ハッキリと口にしたことは無いけど、アウルムやオルニス、それにピーちゃんに対するものとも若干接し方が違う気がする。一度腹を割って話し合ってみるべきだろうか。
「なんなら庭は寝床と割り切って自由に出入りしてもらうとしようか」
「エリクが責任持って散歩に連れ出してあげなさい」
それこそファムに頼めそうだな。喜んで担当してくれそうだ。
「何にせよ決まりだな。皆を呼ぼう」
「そうね。今日の内に仕掛けましょう。エリクを見られた以上すぐにでも逃げ出してしまうかもしれないわ」
「そんなことあるか? 中々の大物だぞ?」
「だからこそじゃない。飛竜って賢いのよ」
大きければ尚更か。それだけ長く生きているんだろうし。
更に離れたところで待機していたメンバーに声をかけて呼び寄せた。
「おさらいだ。先ずは私とユーシャ達で前衛を引き受ける」
私&オルニス、ユーシャ&シュテルが飛竜を牽制する。私達は基本的に攻撃しない。あくまで飛竜の周囲を飛び回って隙を作るのが役目だ。
私には他の眷属達を通じて皆を守る役目もある。高高度から全体を俯瞰しつつ、魔力装と魔力壁を維持するのが最優先だ。実際に飛竜の回りを飛び回る役目はユーシャとシュテルに任せざるを得ないだろう。不安ではあるが本人達もやる気十分だし、何よりシュテルの飛行性能は優秀だ。パティ達魔術師組と比べると頭一つ抜けている。ここは信じて任せるとしよう。
「次にレティ、ロロ、スノウ。お前達は後衛だ。無理せぬ範囲で攻撃をおこなってくれ」
三人は距離をとって魔術による攻撃を試みる。飛竜の体力を削れるのが理想だが、一先ずより大きな隙を生み出してくれればそれでいい。
「パティ、ファム、アウルム。お前達には最も危険な任務を任せることになる。くれぐれも気を付けておくれ。身の安全が第一だ。どうにもならなければ素直に諦めて逃げてくれ」
「ええ。任せておいて」
「大丈夫! アー君なら飛竜にだって負けないよ♪」
「◯!」
ほんと気を付けてくれよ?
アウルムを介した二人の補助も徹底せねば。魔力装も特に厚めにかけておこう。
今回はファムにも同行してもらっている。私としては連れて来るつもりは無かったのだけど、アウルムと最も連携を取れるのはファムだからと、ファム本人とパティが譲らなかったのだ。
正直ファムは戦闘に関しては素人だ。確かに鍛えられてはいるのだろう。魔術の腕だけでなく、その体捌きも我が家で上位に位置するくらい達者なものだった。しかし実践経験が殆ど無い。少なくとも魔物を倒して得られる筈の強靭さは皆無と言っていい。膂力も耐久力も並の人間と変わらない。
高い才能があり、特別な英才教育によって鍛えられてもいるが、それを自ら高めてきたわけでもなく、肉体的にも未だ少食の少女のそれでしかない。レベル一で竜に挑むなんて無謀に過ぎる。そのくせ本人は能天気なものなのだ。なんとなくでどうとでもなると油断しているのが見え見えだ。才能の豊かさ故に根本部分で楽観的なのだろう。正直ファムが一番の不安要素だ。
なんだかんだと実戦の場に身を置き続けてきたユーシャとは正反対だ。あの子は才能こそ無いものの、それでも生き残る為にギリギリでやってきた。最近では良い師にも恵まれて格段の成長を遂げつつある。シュテルの機動力と私の防御力があれば必ずや大役を果たしてくれるだろう。
「パティ。ファムを頼んだぞ」
「ええ。そっちも油断しないようにね」
パティと頷きあってから作戦開始を宣言する。
皆が配置についても飛竜がその場を動く様子は無かった。しかし警戒心は抱いているようだ。油断無く周囲の気配を探っているようにも見える。
私は敢えて飛竜の正面に飛んでいき、魔力を解放した。
「竜よ! 我らの挑戦を受けるがいい!」
私の言葉に牙を剥き出して笑みのような表情を浮かべる飛竜。どうやら言葉は通じているようだ。アウルムとあれだけ意思の疎通が叶うのだ。飛竜が人の言葉を理解していてもなんらおかしな事はあるまい。
『やめよ。我は眠い。帰れ』
え?
『後日相手をしてやろう。日を改めよ』
は?
『なんだ? 通じておらんのか?』
「いや、聞こえてはいるぞ……?」
『なら帰れ。疾く帰れ』
「……」
『……帰ってください』
「え? なんて?」
『……』
「……」
『……』
「我が下僕となるなら手荒な真似はせんぞ?」
『やだよ! 帰れよ! お前怖いんだよぉ!!』
えぇ……。
『なんだよその魔力! その身体! 人間って奴はどうしてこうなんだ! なんてもの生み出してるんだよ! 倫理観どうなってんだよ!』
あぁ……。私の身体には最上位の竜種のものもいくつか使われているものなぁ……。それを見抜いたのだろう……。
にしても竜にすら問われるとは……私も大概だったなぁ。
「まあそう言わないでおくれ。少し話をしないか?」
『帰れって言ってんのぉ!!』
ダメだ。聞く耳持たなそうだ。折角話しが出来たのに。
「我が眷属とならないか? 魔力をたっぷりやるぞ? 人間に攻撃されることも無くなるぞ?」
流石にゾンビ化はさせられないけど。こうして話が出来る相手の魂をすげ替えるのはアウトだろう。一応魂が差し替わっても記憶は引き継げるっぽいけど。まあ、うん。
『余計なお世話だよ!!』
遂に翼を広げた飛竜。どうやら尻尾を巻いて逃げることにしたようだ。判断が遅くないか?
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「あれにしましょう。主様には止められてしまいましたが私自ら手を出さなければいいだけの話ですからね。飛竜ならば器としても十分でしょう。どうか私の代わりに使命を果たしてください」
飛竜に少しばかりの力を授け、ついでに理性を緩めてターゲットに意識を向けさせる。
逃げることを阻止された飛竜は本能的な恐怖からターゲットへと攻撃を始めた。ただ生き延びる為に最大の障害を打ち破ろうと必死に食らいつき始めた。
逃げ出そうとしていた筈の飛竜が突然暴れ始めたことで、ターゲットは驚いて距離を取った。飛竜は一心不乱にターゲットへと首を伸ばす。
一先ず端末を確保してもらいましょう。私から手を出せない以上あの者の方から来て頂くしかありません。それに薬瓶を持つ少女を傷付けたくはありませんからね。
端末の方は多少手荒になっても構いません。そのアギトで捕えたらこちらへ連れてきてください。どうかお願いしますね。小心者の飛竜さん。