03-52.創造と警告
違う。よく似ているがこれは別物だ。ユーシャの魂とは違う。その筈だ……。
「まぁま!」
「うむ。任せよ」
シュテルには魂を植え付けることまでは出来ないようだ。シュテルに出来たのは魂の素体のようなもの生み出すところまでだった。私はそれを自らの魔力で掌握し、狼の亡骸へと埋め込んでいく。
しかしどうやらそのままでは定着まではしないらしい。微調整が必要だ。人と獣の差なのか、或いは個体差なのかまではわからないが、殆ど同じだと思っていた魂にも僅かには違いがあったようだ。
これもなんとなくだ。私には元の形が思い浮かぶのだ。魂の雛形をこの獣の空いた隙間に埋め込める。まるでこの魂が元々この獣のものだったかのようにぴたりと当てはまっていく。或いはこの偽物の魂自身が在りもしない元の形を思い出しているかのようだ。
これはきっと回復の作用だろう。切断された細胞を繋ぎ合わせるように肉体と魂が繋がっているのだろう。
シュテルだけでも私だけでも実現しえぬ奇跡だ。もしかしたら女神すら意図していないことなのかもしれない。本来想定されていない言わばバグのような事象なのかもしれない。
狼はゆっくりと目を覚ました。それから然程時を置かずに自らの足で立ち上がり、小鳥と同じように私に額を擦り付けてきた。
「凄い! 本当に生き返った!!」
「これは果たしてそう表現して良いのだろうか」
「クーちゃんは何か違うものだと思うんだね。詳しく聞かせて」
「どちらかと言うと創造に近いのだと思う。魔物の亡骸とシュテルの生み出した魂。この二つを組み合わせて新たに一つの生命を誕生させたのだ」
「まるで神様だね」
「言ってなかったな。私の正体は神器だ。そしてこのシュテルもな。だからその連想もあながち間違いでは無いのだ」
「じんぎ?」
「そうか。ファムは知らなかったな。そこから説明してやらんとだな」
「別にいいよ説明しなくて。気にならないってわけじゃないけど、言葉の響きでなんとなくの想像はつくし。ならボクは聞かない方が都合が良いと思う。それでクーちゃんを見る目が変わってもやだもん」
「ふっ。自信が無いのだな」
「うん。ボクは強い人間じゃないからね。考えることは好きだけど流されやすくもあるんだ」
よく理解しているな。たしかにファムにはそういうところがあるな。
「でもこれゾンビって感じしないね」
ファムは慣れた手つきで狼を触診しながら首を傾げた。
「恐らく普通の生物と変わらん。食事も必要だと思うぞ」
「アー君。なんかある?」
「◯!」
アウルムがペッと兎を吐き出した。ファムは躊躇なくその兎を狼の口元に持って行く。
「ほらお食べ」
「やめんか! せめて外で食わせろ! メアリに叱られるぞ!」
慌てて止めようとするも、そもそも狼は鬱陶しがって首を背けている。どうやら腹は減っていないらしい。
「そうだね。ついでに色々実験してみようか。この子の名前は何にするの?」
「……ポチにしよう」
「ポチね。わかった。じゃあ小鳥さんの方は?」
「ピーちゃんだ」
「ポチ。ピーちゃん。おいで。庭に行こう」
二匹は私に伺いを立てるように視線を向けてきた。
「ファムの言う事を聞いておくれ。だが嫌なことがあったら拒否していいからな。困ったら私に相談しておくれ」
二匹は承知したと言わんばかりに一声だけ発するとファムの側に寄り添った。
「ふふ♪ 賢いね♪ 流石はクーちゃんの眷属だね♪」
最早そういうレベルの問題でも無い気がする……。
「悪いが研究の方はファムに任せるぞ。私は少し考えたいことが出来た。マーちゃんはファムがやり過ぎないように見守っておいてくれ」
「承知致しました♪」
ファム達を見送りつつ、私達も空き部屋へと移動した。
「ユーシャ。シュテル。少しだけ相談に乗っておくれ」
「エリクが気にしてるのって私の事でしょ?」
「……何故そう思う?」
「バレバレだよ。視線とか全部。ファム達も気付いてたよ。だから庭に行くって言い出したんじゃないかな」
そうか。気を遣わせてしまったな。
「私って作り物なの?」
「…………何故そう思う?」
「普通の人よりずっと頑丈だから。それにさっきのエリクの様子が辺だったから。私とポチを見比べてるように見えた」
「……そうか。……すまん」
「別に気にしてないよ。それってエリクとシュテルと同じってことだもんね。なんだか増々本当の家族になれたみたいで嬉しいくらいだよ」
……流石に本心ではあるまい。これ以上気を遣わせるべきではないな。
「正直私にはわからない。少なくともポチの魂とユーシャの魂は似通ってなどいない。確かに私はユーシャの魂を思い浮かべていた筈だった。しかし生み出されたのは全くの別物だった。上手く言えないのだが、表面的には似ているのにその芯となる部分がまるで違うのだ」
「シュテルとは?」
「確かめたことが無い。……何より私にはその勇気も無い」
「そっか。うん。別にいいよ。エリクが嫌ならこのままで。私はシュテルと一緒だったら嬉しいけど」
「……すまん」
「気にしないでいい。けど謝りたいなら謝ればいい。私が聞いてあげる。エリクの好きにして良いよ」
「……」
「……まぁま?」
「……大丈夫だ」
二人を纏めて抱き締める。
「何も怖くないよ」
何故私は慰められているのだろう。この娘にこそ必要な言葉ではないのだろうか。こんな不甲斐ない私のせいでこの娘が我慢しているのではないのだろうか……。
「エリクを作ったのって女神様なんだよね?」
「……そうだな」
「エリクは会った事があるんだよね?」
「……ああ。あるぞ」
「どんな人だった? って人じゃないんだったね。でも私のお母さんかもしれないんだよね。私のお母さんはもう一人いたけど、もし私が作り物ならあの人はお母さんじゃなかったかもしれないんだよね」
「いいや。間違いなく母君は母君だ。クリュスを愛した唯一の存在だ。それだけは絶対に否定してはならんのだ」
「勿論そんなつもりは無いよ。私お母さん大好きだもん」
「そうか」
「それにこっちのお母さんもね♪ エリクだぁ~い好き♪」
「私もだ。ユーシャ」
「しゅてー!」
「そうだな。シュテルもだな。愛しているぞ。二人とも」
「「えへへ♪」」
……何も悩む必要など無いのだよな。元より私自身人間ではないのだ。ユーシャがそうでなかったとして、それが何だと言うのだろうか。
私とシュテルはきっと永遠に近い寿命を持つ筈だ。既に私は何百年分も生きてきた。シュテルが生まれた以上、もう飲み干してもらうなんて結末は選べない。この娘を一人きりにはさせられない。
そんな道行きにユーシャまでもが付いて来てくれるのかもしれない。こんなに嬉しいことがあるだろうか。
流石にこんな考えを抱くのは間違っているとも思う。親の望むことじゃない。愛娘を地獄に引きずり下ろすが如き所業だ。だから私は怖いのだろうか。
違う気がする。私の抱く不安はそんなことでは無い気がする。ユーシャが人であろうとそれ以外の何かであろうと関係など無いはずだ。私はこの娘を変わらず愛し続けられる。
だからこの不安は不自然なのだ。思考の結果ではなく、見たものと気付いたことに対する本能的な恐怖とすら言えるのではないだろうか。
これ以上考えるなと本能が叫んでいる。きっとこの恐怖は警告なのだ。私は何かに踏み込みかけている。命を創造するなんてだいそれた事を成し遂げても感じなかったものをユーシャに対して感じているのだ。
忘れよう。きっとそれが正しい選択だ。
ただ少し娘達との距離が縮まったのだと喜ぼう。
蝋で固めた翼が溶けぬよう、大人しく地を這って生きるとしよう。