03-49.ホイ◯スライム
なんとか眷属化に関する追求をやり過ごし、逃げ込むようにファムの部屋へと転がり込んだ。
「ファム。助かった。ところで何故マルティナまで一緒なのだ?」
「クーちゃん様在るとこ私在りです! それとマーちゃんです!」
ふんすと鼻息荒く答えるマルティナ。そこはお姉ちゃん在るところにしてあげてほしかった。
「クーちゃんこそ。なんでユーちゃんも一緒なの?」
ユーちゃん? ユーシャのことだよな? 何時の間にそんな仲良くなったんだ?
「今日はもうずっと側に置くと決めたのだ」
「ふ~ん」
なんかすっごいジト目。ファムちゃん?
「ところでクーちゃん」
あかん。なんか嫌な予感する。
「ボクってクーちゃんのなんなの?」
ほらやっぱりぃ!
「……」
「そう。答えられないんだ」
「いや! 違うぞ! 違うんだ!」
「なにが違うの?」
「えっと、それはだな……」
マズイ。非常にマズイ。この場にはユーシャもいるのに……。
「ダメですよ姉さん。そんな風に困らせたりしたら。やり口が汚いです。陰湿です。もっとストレートに行きましょう。ほら姉さん。クーちゃん様にその思いの丈をぶつけてしまいましょう!」
マーちゃん!!
ありがとう! あと察しが良いな! ファムとの事は禄に話してないのに私の現状をよくよく理解してくれているのだな! これは期待の新人が加入してくれたようだな!
「無茶言わないでよ……。ボクにはそんなの無理だよ……」
「無理なんて事はありません! 姉さんの覚悟はその程度なのですか! クーちゃん様の周りには沢山のライバルがいるのですよ! 自ら存在感を示していかず如何するのです! さあ姉さん! 共に立ち上がりましょう! 大丈夫です! 姉さんには私がいます! 二人で挑めば何も怖くなどありません!」
マーちゃんはだいぶ脳筋寄りっぽいなぁ。これは間違いなくヴァレリアの親友だなぁ。いやむしろヴァレリアの方が搦手も上手く使うか? まあ何にせよ、やっぱりファムとは方向性がだいぶ違うな。
「……そうだよね。ティナも一緒に居てくれるんだもんね」
私もティナと呼ぼうかな。マーちゃんって呼ぶと色々角が立ちそうだし。
「うん。ボクやるよ」
「その意気です! 姉さん!」
熱血指導が上手くいったようだ。
「エリク」
「はい」
「皆にも優しく誠実にね。認めたわけじゃないけど」
「はい。肝に銘じておきます」
流石にユーシャも状況は察していたようだ。幾らなんでも眼の前で話せばそうなるよなぁ。
「ちゃんと私が一番って主張し続けて」
「はい。必ず」
「今日のエリクは好き」
普段の私は?
「光栄です」
「今のエリクは嫌い」
「そんなぁ!?」
「なおして」
「うっうむ」
「よろしい」
「!?」
「「!?」」
突然の事だった。気付くとユーシャの顔が目の前に現れていた。少しだけ頬を染めたユーシャが笑みを浮かべて距離を取る。
「……驚いた。腕を上げたな」
「初めての感想がそれ? 怒らないの?」
「いや、うむ。いかん。いかんぞユーシャ。我慢しろと言っておいただろう。それにこういうのはせめてパティやディアナといる時にだな」
違う……こんな時にまで私は……。
「そうだね。そこは悪いことしちゃったね。内緒にしてね」
「あ、ああ。うむ。言えるわけがあるまい。皆も我慢なんぞしなくなるぞ」
うぅ……違うのだ……。
「その通りです! クーちゃん様! お覚悟を!」
何時の間にか忍び寄っていたマーちゃんが真っ赤な顔で私の頬目掛けて勢いよく接近してきた。
「「!?」」
ユーシャが私を抱き寄せた事でマーちゃんの接近は空振りに終わり、反対側から迫っていたファムと正面からぶつかった。
「「~~~~~!!!」」
唇を押させて悶絶する姉妹。どうやら当たりどころが悪かったようだ。痛そう。
いや、というかファムの方は全然気が付かなかったぞ? 実は前衛の才能もあるのか? メアリに鍛えられたユーシャと同等かそれ以上だったのでは? 私がユーシャとマーちゃんに気を取られすぎたせいか? それにしたって今のは……。
「ふふ♪ エリクは私のだよ♪ 分けて欲しければまだまだ頑張ってね♪」
ユーシャは私を胸に押しつけながらご満悦だ。なんだか余裕すら感じる佇まいだ。こんなユーシャは始めて見たかもしれん。これが覚醒というやつだろうか。ここからユーシャの快進撃が始まるのだろうか。最近蚊帳の外だったものな。今後はもっと連れ歩こう。なんか今のユーシャなら諸々の問題は自分で解決してくれそうな気がする。気がするだけかもだけど。
「ユーシャ。二人を治療したい。少しだけ離しておくれ」
「ダメ。人のものに勝手に手を出そうとしたバツだよ」
「勝手ではあるまい」
「エリクは認めるの?」
「私は受け入れる。そう約束したのだ」
「そっか。でもダメ。エリクも頑張って。私を満足させたらその度に少しだけ他の子に触れても良いよ」
「なんだ? 何をすればいいのだ?」
「自分で考えて」
「キスはせんぞ」
「なら難しいかもね」
「頼む。ユーシャ。私は回復薬だ。治したくて堪らんのだ。私の存在意義を奪わんでおくれ」
「たかが唇切っただけでしょ。大袈裟だよ」
「それはそうだが……うん? アウルム?」
ファムとマーちゃんに触手を伸ばしたアウルムが二人に大量の魔力を流し込んだ。どうやらそれで傷は癒えたようだ。二人は驚いた表情で固まった。
「ありがとう。アー君♪ すっかり痛みも無くなったよ♪ 凄いね。まるでクーちゃんみたいだね♪」
我に返ったファムはアウルムを抱き上げて頬ずりし始めた。こっちは平常運転だ。既に魔力の魅力に順応し、受け入れているからだろう。
「クーちゃん様」
しかしマーちゃんの方は違う。私に湿っぽい視線を向けてにじり寄ってきた。
「アウルム。いかんぞ。気遣いは嬉しいのだがな。驚きも一旦脇に置こう。それよりもだ。先に言っておくべき事があるのだ。その力を扱う際には加減が肝要だ。今のように大量に流しすぎれば他の影響も及ぼすのだ。恐らくアウルムが流しても効果は変わるまい。私の魔力由来なのだろうからな。何か本能的に察するか、或いは私自身からより強い原液の香りのようなものが放たれているのかもしれんな。ほれ。マーちゃんを見てみろ。すっかり魅了されてしまったではないか。どうするんだこの状況。更にややこしくなったぞ。私がパティ達に叱られるのだ。だから頼む。今度から少しずつな。加減して流しておくれ」
アウルムはグッと親指を立てるジェスチャーを返してくれた。理解してもらえたようで何よりだ。
……まさか意図的って事は無いよな? 焦れったくて見てられないから魔力流してやりまたぜ! なんて意味じゃ無いよな? 信じてるぞ? アウルム?
それにしても我ながら冴えていたな。一目で現状をここまで把握出来るとは。この調子でこの状況を乗り切る方法も思いつかんもんだろうか。
「クーちゃん様ぁ♪」
あかん。やっぱりこの子はファムの妹だ。薬への耐性が低すぎる。確かに流された魔力量こそ多かったが、ここまで劇的に変化を見せたのはミカゲ以来だ。これはやっかいな事になったぞ……。
「ユーシャ。逃げよう」
「ダメ」
「何故だ! 一度落ち着かせよう! きっと私が近くに居なければ冷静になれる筈だ!」
「そんなの気休め程度でしょ。ここで逃げたって何も変わらないよ。ちゃんと向き合っていかなきゃダメだよ」
本当にどうしちゃったの!? 何で突然ユーシャがそんな事言い出すの!? 今日のユーシャは出来る子モードにしたって出来過ぎだと思うんだけど!!
「心配しないで。エリクが私を一番大切にしてくれるなら少しくらい多めに見てあげる。どんなに怒っても手放しはしないから。だから頑張って。最初はどんなに上手くいかなくても人は成長するものだから。エリクだってやれば出来るよ」
「ユーシャ……」
「クーちゃんさまぁ♪」
あかん。なんかもう、ゾンビみたいな動きしてる。
なんでそんなジリジリにじり寄ってくるの? いっそのこと一思いに飛びついてくれた方が……いや。やるぞ私! ユーシャが頑張れと応援してくれたのだ! ならばやり遂げてみせるとも! 具体的にはマーちゃんを落ち着かせよう! 恋人云々とかは受け流しつつ! この場を乗り切ってみせよう!
やっぱり私は最低だ……人を強制的に魅了する力なんぞ碌な事にはならんな……今後はより一層使い方には気をつけねば……。