03-46.力と責任
「聞いてきたぜ。大将」
「手間を掛けたな。それで? お二人はなんと?」
「構わねえとよ。末永くよろしくとさ」
判断早いなぁ。昨日の今日だぞ? やっぱり最初から想定されていた流れなわけだな。アンヘル家はともかく、アルバラード家までとは驚いたけど。
「ただし、マルティナ嬢ちゃんには定期的に顔を見せに帰って来てくれとさ」
「アルバラード家は良いのか?」
「何言ってんだ大将。あんたは俺に一度勝ったんだぜ? 無条件で認めるに決まってんじゃねえか」
なにそのアマゾネス的なやつ。流石王国最強を名乗る騎士団長の家系だな。そうやって強き者達を血筋に取り込んできたのか。アンヘル家と同等かそれ以上に貪欲に求めているのかもしれんな。
あと、アンヘル卿が子煩悩なのはありそう。名門云々以外にも言葉通りの意味もあるのだろう。ファムもメイドにでもしてマルティナに付き添わせてやろう。きっと喜んでくれるだろう。
「だが知っての通り私は女だ。子は残してやれんぞ」
「ああ。伝えんの忘れてたな。そういや」
「わざとだろ」
「なんだ? エリクは反対してんのか?」
「……いや。くれると言うならありがたく貰い受けよう。しかしお前はそれで良いのか?」
「聞くな。そんな事」
「悪い」
色々あるものな。男としても兄としても。
「正式な婚約発表は何時にすんだ?」
「待て。気が早すぎる。向こう一年は認めんぞ」
ディアナ達との方が先だ。これだけは譲れん。
「ああ。公爵家の嬢ちゃんがいるもんな。なら来年の今頃だな。正妻様の卒業が決まったら発表しようぜ」
何故まだ入学もしていないディアナの事情を把握しているのだこの男は。私が話したのか? あの飲み会の時か? それにしては半端な知識だぞ?
「何故ベルトランがそこまで気にするのだ?」
「当然じゃねえか。大将が仲人頼んできたんだろうが。一方的に紹介して終わりなわけねえだろ」
それはそう。
私は別に二人を娶るつもりだったわけじゃない。それでもこうなる事はわかっていた。どうせちょっかいかけるなら最後まで責任をと言われるのも当然の話だろう。
改めてベルトランには悪い事をしてしまったな。自分が口説く女から他の者を紹介しろと頼まれたのだ。私はとんでもない悪女だな。
だがそれでもこの男は私を男性と勘違いさせたままで話を進めてくれたのだ。これは純粋にこの男の気遣いだ。ならばこれ以上ごねるのは野暮というものだろう。我が友の男気にケチを付けるなんぞ私には到底出来はしないし、したくない。
「しかしなぁ……」
「なんだ? やっぱ受け取れねえってか? そりゃ無いぜ大将。今更そんな事言われたら俺の面目まで丸つぶれだぜ」
「いや、そうではなく……仕方ない。詳しく話してやるか」
「おう。聞いてやる」
えっらそうな。
実際偉いんだけども。そんな偉い人を顎で使おうとしたのは私達の方なんだけども。その結果がこれだ。流石にベルトランを動かすのは効果絶大すぎたな。両家もベルトランが確認してきたから二つ返事で了承してきたところもあるだろうしな。完全なオーバーキルだ。過ぎたるは及ばざるが如しだな。
「公爵閣下と約束をしたのだ。ディアナの首席卒業を条件に閣下はディアナとパティの結婚を認めてくださった。私含めた他のメンバーはあくまでパティの側室だ。それが公の体裁だ。二人もそこに組み込まれるのだ。これは御父君らの思惑とはズレてしまうのではないか?」
「なんだそんな事か。と言うか気付かねえのか? 大将は名を上げた。大将は姫様を娶ると宣言し陛下もそれを認めた。もう誰も止める者なんざいねえよ。デネリス公爵だってそう言うだろうさ。それはそれとしてエリクが義理を果たしたいってんならそうすればいい。公爵も喜んでくれるだろうさ」
……え?
あ、そっか。前提が違うのか。今のは私はもうただの力なき平民ではないのか。名実共に妖精王として認められているわけか。ともすればパティ以上にこの国内での影響力は大きいのか。
あかん。素で抜けてた。というかパティ達は絶対気付いてたろ……。
「その顔は本気で気付いてなかったな?」
「いや、すまん。我ながらどうかしていた」
思い込みって怖い。
だからって約束を違えるつもりは無いけど。どの道過程は変わらんな。私はディアナの優秀さを証明してみせる。私達の秘蔵っ子を世に知らしめてやろう。決して運が良かっただけのシンデレラガールとは言わせるものか。
「認識を改めよう。私が王だ。全員私が娶ろう」
「たく。羨ましいもんだな」
「騎士団長だって引く手数多であろうに」
「俺はそんな抱え込めねえよ。こう見えて忙しいんだ」
まあそうだよな。半ばニートみたいな私だから次々と抱え込めるわけだよな。あれ? 王って普通忙しいんじゃ? この国の王は……いや、考えるまい。だからパティ達は放置されてるわけだし。
「だがお前もいい歳だろ」
「陛下みたいな事言ってんじゃねえよ!」
陛下からも心配されてんのか。名門貴族も大変だな。騎士団長なんて地位にも就けば尚の事だな。並大抵の相手では周囲も認めんのだろう。ベルトランも苦労しているのだな。
「それで大将さんよぉ」
「予定は変えんぞ。一年後だ」
それまでにユーシャにも何か実績積めないかなぁ。どうせならユーシャに正妻になってほしいなぁ。流石にそこはパティになるかなぁ。この国で暮らしていくならなぁ。
当然パティに不満がある筈もない。ただ少しユーシャへの感情が強すぎるだけなのだ。我ながら困ったものだな。だが実際問題必要な事かもしれんな。自らが一番と証明されればユーシャも寛容になるかもしれん。
先々の事を考えればユーシャの機嫌を損ねん事も重要だ。私にとってはあの子が何より大切なのだ。それだけはこの先も変わりはせん。
「そうかい。良いと思うぜ。それはそれで。義理堅いってのは大将の美徳だもんな」
「なんだか含みでもありそうな物言いだな」
「いやなに。改めて惚れ込んだってだけのことよ」
「いい加減諦めろ」
いや、違うな。こやつが言っているのはそういう話しでは無いよな。回りくどいな。
「礼をせねばならんな。騎士団長を顎で使って何も無しでは、パティが次期国王に内定して調子に乗っているように映るかもしれんからな。それに折角お褒め頂いたばかりだ。ここで義理堅さを示さねば恥をかくのは私の方だろう。しかし困ったものだ。いったいどのようにして我々は報いれば良いのだろうか」
「はは♪ わざとらしいな♪」
「言うな。慣れておらんのだ」
「気をつけな。大将は魑魅魍魎渦巻く貴族社会に踏み込んでんだ。何時までも平民の感覚でいたら取り込まれちまうぞ」
「うむ。忠告感謝する」
「精々上乗せしといてくんな♪」
いかんな。これ以上積み重なる前にそろそろ何か返しておくべきだな。ベルトラン相手とは言え、何時までも友達付き合いだけに甘えてはおれんのだろうな。
「まあ色々言ったが、これまでの分は気にすんな。妹達を幸せにしてくれんならそれでチャラだ」
「その約束は必ず果たしてみせよう」
「期待してるぜ」
覚悟を決めよう。皆を集めて話をしよう。ギルドだけに意識を向けるのではなく、国中から注目されているのだと改めて自覚しよう。その上で私達の立ち位置を明確にしよう。
第十八王女一派として。
クラン【マギア・グラティア】として。
妖精王とその花嫁達として。
そのどれを選び取るのか。全てを内包するのか。或いはどれでもないのか。周囲の者達に好き勝手定義させる事じゃない。これは私達が決めるべき事だ。自らの口で主張しよう。私達から発信していこう。私達の存在を知らしめよう。都合の良いお嬢様クラブではなく、一個の武闘派集団として周知しよう。ギルドの件と同じだ。舐められっぱなしではダメなのだ。さりとて必要以上に警戒され続けるのも困りものだ。良き隣人を目指すとしよう。大いなる力に相応しい大いなる責任を果たすとしよう。




