03-45.一石三鳥
二組の姉妹が感動の再会を果たしてから早数日。
妹達は毎日のようにデネリス公爵邸を訪れている。どうやら止める者もいないようだ。アンヘル家もアルバラード家も揃って静観を決め込んでいる。
パティの牽制が効いたのか、或いは妖精王との繋がりを重視した貴族的な判断故か。
ファムの存在は公にされていない。当然その件でもアンヘル卿の謝意は無い。あくまで私達はアンヘル家となんら関係の無い平民を一人拾い上げただけだ。むしろ念入りに証拠を握りつぶしているくらいだろう。
貴族的な思惑は抜きにして学園の同級生達の立場で客観的に見れば、ただ王女と高位貴族のご令嬢が交友を深めているだけに映る筈だ。
加えてパティはクラン設立の件も広めてしまった。明言こそしていないものの、二人についてはそのメンバーとして声をかけたのだと周囲に匂わせている。
目眩ましとしては効果的だ。実際二人ともが中々の使い手だからな。英才教育の賜物だろう。
そして驚いた事にファムもまた優秀な魔術師だった。何故か本人は自覚していないようだが、元々神童扱いされる程の逸材だったらしい。マルティナがそんな話を教えてくれた。
無自覚の原因についてはおそらく意図的にそう育てられたからだろう。箱入り娘だったのもその一環か。アンヘル卿は娘を外界から孤立させた上で徹底的に鍛え上げたのだ。
だがそんな父の想いも虚しく、ファムの興味が家業に向けられる事は無かった。本人は錬成術をあくまで便利な魔術程度にしか思っていない。
それを使って金を稼ぐでもなく、ただ自ら魔力で生み出した水で腹を満たしていただけのようだ。
当然人は水だけでは生きられない。そもそも魔力だけで完全な自給自足など成り立つ筈も無い。栄養が不足すれば魔力も回復しなくなる。そうして最後には水すら出せなくなったわけだ。
どうやら妹からの少なくない仕送りはその殆どを研究の為に使い果たしていたらしい。それを知ったマルティナからこっぴどく叱られていた。これではどちらが姉なのわかったものではないな。六つも下の妹に甘えすぎではなかろうか。
「どうか姉をよろしくお願い致します。クーちゃん様」
「うむ。任せろ」
こうして頼まれるのはもう何度目だろうか。早くファムの身体も肥やしてやろう。そうすればマルティナも安心するだろう。ファムはもう少し肉をつけるべきだ。目指すはパティのパーフェクトボディだな。そのうち適度な運動も課すとしよう。
「ねえ! エリクさんからも何か言ってあげてよ! ラビ姉ったら帰らないって言うんだよ! 父様と母様も心配してるのに!」
恐縮が抜けきらないマルティナとは対象的に、ヴァレリアからはすっかり遠慮が抜け落ちた。ベルトランからすればまだまだ大人しいものだと言いそうな気もするけど。
「すまんな。ヴァレリア。諸々落ち着いたら私が責任を持って挨拶に行かせよう。もう暫く我慢しておくれ」
「ありがと♪ エリクさん♪」
この娘は中々の甘え上手だ。こういう時に満面の笑みで手を握ってくるのだ。すっかり我が家でも人気者だ。小さくて快活で可愛らしいからな。
勿論マルティナも上手くやっている。誠実で賢く気配り上手で高潔な、どこに出しても恥ずかしくない完璧美少女だ。マイペースなファムとはだいぶ違う。顔はそっくりなのに。
なんだかんだと我が家に馴染み始めたシスターズとはそろそろ改めて話をするべきだろう。二人も周囲の思惑は察している筈だ。このまま私達と関わり続ける事は今後の人生に多大な影響を及ぼし得るのだ。こういう話は早めに済ませておくに限る。
「という事で話し合おう。マルティナ。ヴァレリア。二人はどの程度現状を把握しているのかね?」
「全て覚悟の上でございます」
「エリクさんに嫁げばラビ姉は私のものよね♪」
なんか温度差あるんだけど……。
とは言え、双方共に一応理解はしているようだ。それだけは伝わってきた。
「なら本当にクラン入っちゃう?」
待てパティ。
「「是非!」」
「流石に許されんだろ」
茶道やピアノじゃあるまいし。お嬢様の部活動としては論外だろう。
「うちは心配要らないよ。ベル兄も昔内緒でやってたし」
それは根拠になるのか? 息子と娘では違うのでは? そもそも内緒でというのは何処に対してだ? 貴族としての体裁の話だとは思うけど、文脈的に両親に内緒にすれば問題無いとも聞き取れるぞ?
「我が父は妖精王陛下のお力にとりわけ強い興味を示しています。そのお力を間近で拝見出来るとなれば間違いなく後押ししてくださるでしょう」
錬成術の特性はある意味最も魔導と近しいものだしな。それに魔術の名門としての立場的にも、自分達こそが真っ先に私の力を再現したいところだろう。
アンヘル卿は娘を送り込もうとしてくる者達の中でも特に強く明確な理由を持つ者だったのだ。もしやするとファムの件で繋がる前からマルティナを潜り込ませる腹積もりだったのかもしれない。
そうか……。そういう事だったのか。アンヘル卿はジェシー王女に顔繋ぎを頼んだのだな。それでファムを紹介されたわけだ。いや、逆の可能性もあるな。ジェシー王女側から相談したのかもしれん。アンヘル家に魔導の解析を依頼した可能性もあるだろう。どちらにせよそこが繋がっているのは間違いあるまい。
だとするとギルドの強引な扇動もジェシー王女の策略という線が浮上するな……。
先日の騒動で公爵邸が蜘蛛達に守られていた事は知られている筈だ。私が魔物を従えられる可能性には思い至っていたのやもしれん。
私達が本気で冒険者としての活動を始めれば魔物の知識を欲すると踏んでいたのだろう。当然パティの秘密には気付いていた筈だ。私達が自らギルドを訪れずとも、パティはいずれギルドに立ち寄っていた筈だ。パティを焚き付ければ私達も遠からず巻き込まれていただろう。それに策が一本とも思えない。今回引き当てたルートが偶々こうだっただけなのだろう。魔物の知識に関しても別に操る為と限る必要はないのだ。単に倒す為でも知識は役立つものだからな。そうしてファムの下へと導いたのだろう。
これは決して荒唐無稽な想像ではあるまい。あの王女は策略家だ。先日の件でも魔力壁を破る事こそ出来なかったが、陛下の病を治して結果的に第一王子一派の面目を守り抜いたのだ。
私達もジェシー王女の策に助けられた事は間違いない。レティの件もそうだが、何より聖女の杖がこちらに渡った事が今となっては大きすぎるのだ。
杖はディアナを完治させるに留まらず、シュテルとして生まれ変わる結果に繋がった。その秘密を明かすつもりは無いが、彼女に感謝するのもやぶさかではないと言えよう。
もしやするとパティとディアナは既に気付いていたのかもしれんな。私がジェシー王女を警戒しているから敢えて話さなかったのかもしれない。そこまでいくと流石に考えすぎだろうか。
まあともかくだ。おそらくアンヘル卿の目的は最初からマルティナの方だろう。そもそもの話、ファムは既にアンヘル家の人間ではないからな。あくまでマルティナの関心を向けさせる為の餌に過ぎないのだろう。
ついでに何時までも安心させてくれないダメな方の娘が私達の庇護下に加われば万々歳だったわけだ。
そうして真っ先に娘を送り込んで魔術師の名門としての面目を保ちつつ、第一王子派閥に貢献する事で貴族としての利益も確保し、放蕩娘を拾わせる事で親としての心配事も解決したわけだ。今頃したり顔でジェシー王女と笑い合っているのだろう。
だがまあ、それを責めはするまいよ。私達も今回の件では大きな恩恵を受けている。私達にとってファムの存在はそれだけ重要なものなのだ。
私個人の感情は敢えて脇に置こう。勿論私は彼女を愛おしく想っているが、今重要なのはそこじゃない。
ファムの価値は魔物の知識だけではない。錬成術の才能もまた大きな影響を齎してくれるだろう。
彼女の観点は若干通常の魔術師とは異なっている。本来人間は自由に魔力を操れないものなのだが、ファムはその常識を打ち破る可能性を秘めている。
シルビアのように魂の呪いが存在しないわけではない。そこは普通の人間と変わりない。だがファムは鍛錬と才能だけでそれを打ち破りかけている。
流石に魔力を自在に操れるわけではないが、彼女の錬成術は少しだけこちら側の領域に踏み込みかけているのだ。ファムならば呪いを負ったまま魔導を発動出来るかもしれん。
きっとパティの研究にも大きく貢献してくれるだろう。ファムが新たな可能性を切り開いてくれるかもしれんのだ。人が呪いを自らの力で打ち破る可能性を。
「クーちゃん様? 如何致しましたか?」
「……よかろう。マルティナの件は納得しよう」
「私は?」
「……パティはどう思う? どうか真面目に答えておくれ」
「別に問題無いと思うけど。そんなに心配なら騎士団長に聞いてみたら?」
「え~! ベル兄の意見なんて聞かなくていいよ~!」
「……この際だ。ハッキリ聞かせてもらうとしよう。ヴァレリア。ベルトランの都合がつく時で構わん。連れてきておくれ」
「む~。しょうがないな~。エリクさんがどうしてもって言うなら連れて来る」
「悪いな。だが必要な事だ。今後の為にもな。その結果としてもし許されるなら、二人もこちらに住み込んでもらって構わんぞ」
「本当!? ラビ姉とずっと一緒に居られるの!?」
「私も確認して参ります!」
「ならばついでにベルトランにはアンヘル家への確認も任せるとしよう。ふふ。騎士団長を使いっ走りにするとは。私達も偉くなったものだな」
本来国王陛下にしか命令権が存在しない大物なのにな。いずれ何らかの形で礼をしよう。
「どういう風の吹き回し? エリク反対してたじゃない」
「今の半端な状態はより都合が悪いと判断したまでだ。示すならばハッキリと示してやろう」
「ふふ♪ エリクもやる気出てきたわね♪」
「そろそろ動かねばならん。年度の切り替わりまでにはケリをつけよう。ディアナの為にもな」
「そうね♪ 平穏無事な学園生活を送らせてあげましょ♪」
波乱万丈な一年になりそうだ。




