03-44.王女の庇護
「本気で迎えに行くのか?」
「ここまで来て何言ってるのよ。心配は要らないわ。任せておいて」
私はここに来るまでにも何度も止めたのだぞ。全く聞いてくれる様子は無いのだが。
パティは放課後になるなりユーシャとシルビアを引き連れて堂々と下級生のクラスを目指し始めてしまった。
いったいパティは何を考えているのだ。何をどう考えたとしてもパティのこの行動は公爵閣下に迷惑を掛ける結果にしかならんだろうに。
昨日パティ自身が口にした通りだ。周囲の者達は単なる令嬢同士の交流とは捉えまい。こうも大っぴらに公爵邸に招くとなればデネリス公爵の関与も疑われるだろう。或いは第十八王女が派閥でも立ち上げようとしていると考えるのかもしれん。そうなれば公爵閣下はパティの後ろ盾として勝手に認識されるだろう。
騎士団長が頻繁に公爵邸を訪れている事についても陛下の遣いとしての意味合いで広まってしまうかもしれない。陛下がパティを後継者にするつもりなのだと考える者もいるだろう。
先日の勝負の結果として陛下が通達したのはあくまで私達への干渉の禁止だけだ。パティが正式に王位継承権を辞退したわけでもない。そこについては直ぐに進められない問題もあるそうだ。
結局パティは当面王女であり続けるしかないのだ。ならば公の場での言動には細心の注意を払う必要がある。こうしてわざわざ下級生のクラスに乗り込むのはやりすぎだ。周囲の視線にも明らかにその手の関心が含まれている。
この子達を通じて親御さん、つまりは国中の貴族にも伝わるだろう。後はパティの想像した通りだ。妖精王に年頃の娘を送りつけてくる者が現れるだろう。
私はパティを伴侶にする為にこの国に挑戦状を叩きつけたのだ。少なくとも公にはそう伝わっている筈なのだ。だからそもそも妖精王は男性と認識されている筈なのだ。
そして娘一人差し出せば、王家が束になっても打ち破れない防壁と、天下の騎士団長を正面から打ち破る武力の秘密が得られるかもしれんのだ。
実際シルビアは早くも魔力壁を生み出してみせている。連日教師や学生の希望者達に披露しているのだ。妖精王の愛弟子として着実にその名を広めつつある。
パティが人を集めていると周知されれば、間違いなく希望者でごった返す事になるだろう。そうなれば陛下の通達も大して意味は無い。何せ当のパティが自分の意思で動き出してしまったのだから。
「こんにちは。アンヘルさん。アルバラードさん。よろしければこれからご一緒して頂けないかしら?」
「「光栄でございます。王女殿下」」
パティが声をかけた二人は、驚いた様子も無しに寸分違わず揃って即答してみせた。しかもその所作は驚くほど洗練されている。未だ十三の少女に過ぎぬというのに、いったいどれだけの教育を施されてきたのだろうか。それぞれの兄と姉が優秀だと口にするだけの事はある。
片方はとても小柄な少女だ。周囲の子達より三つくらいは年下に見える。スノウとはあまり似ていないが恐らくこちらがベルトランとスノウの妹、ヴァレリア・アルバラード嬢で間違いないだろう。以前ベルトランが小柄な妹だと言っていたし。
もう一人、マルティナ・アンヘル嬢の方は年齢相応な体格のようだが、片割れと共に並んでいるとだいぶ発育が良いようにも見えてくる。姉のファムともあまり変わらんかもしれん。ファムは歳の割に小柄な方だし。なんなら胸部とかは既に負けている。だが顔はよく似ているな。この娘も間違いなくファムの妹だ。
「ありがとう♪ それじゃあ行きましょうか♪」
パティはそれ以上何も言う事無く歩き出した。これでパフォーマンスは終わりのようだ。何か仕掛けるつもりなのかとも思ったが、特にそういうつもりも無いようだ。
パティは本気で仲間集めでもするつもりなのだろうか。王位を断っておきながら何をしでかすつもりなのだろうか。
そして何故私にすら真意を教えてくれないのだろうか。ディアナが同意している事も気になる。貴族や王族の視点であれば何か別の思惑が見えるものなのだろうか。
----------------------
「ようこそいらっしゃいました」
ディアナが未だかつて見たことの無いパーフェクトお嬢様スタイルで二人を出迎えた。
「「お招きに預かり光栄でございます」」
相変わらずピッタリと揃っている。
「どうぞこちらへ」
ディアナ自ら先導していく。目指す先にはスノウとファムが待っている。もちろん私も同席している。そろそろユーシャとの接続も切るとしよう。ユーシャはここまでだ。今回の話し合いに参加する理由も無いからな。
「「……」」
席へと案内された二人は待ち構えていたそれぞれの姉を目にしても大きな反応は示さなかった。どうやら我慢しているようだ。二人の目には薄っすらと涙が滲んでいる。本当は今すぐにでも飛びつきたいくらい心配していたのだろう。
「ディアナ。配置を変えよう」
「ええ。そうしましょう」
対面に座った姉妹をそれぞれ隣り合うように並び替える。スノウとヴァレリア嬢、ファムとマルティナ嬢をそれぞれくっつけて座らせ、私、ディアナ、パティはその対面に並んで腰掛けた。
簡単に自己紹介をしてから話を切り出す。
「ヴァレリア嬢。マルティナ嬢。すまんが先に話さねばならん事がある。貴殿らもこのままでは気兼ねなく甘えられんだろう。軽く情報を共有したらそれぞれ個室を貸し出そう。思う存分姉君との再会を楽しんでおくれ」
「「はい。妖精王陛下」」
スノウとファムについて私達の知る状況を伝えた。とは言え既に二人とも殆どの事情を把握していたようだ。知らなかったのは精々ファムが私達の家族として迎え入れられた事くらいだ。マルティナ嬢は遂に涙を堪えきれなくなる程喜んでくれた。
マルティナ嬢はいずれファムを家に連れ戻すつもりでいたようだから、もしかするとそこは反対されるかとも思ったが、素直に姉の居場所が出来た事を喜んでくれている。
そんな妹の様子にファムはバツが悪いやら嬉しいやら照れるやらで困りながら、どうにか泣き止ませようと奮闘中だ。
「一先ず話はこんなところだな。メアリ、トリア。頼む」
二人に先導されて二組の姉妹が部屋を退室した。ファムは助けを求めるような目でこちらを見てきたが、私達は容赦なく送り出した。
「今日のところはこれくらいだろうか」
「そうね。落ち着いたら送り届けましょう」
パティ自ら付き添うような口ぶりだ。
「なら今後の事や二人の過去についてはまた明日ね」
そんな連日呼んで大丈夫か? 忙しいんじゃないか?
「向こうにも事情があるだろう。マルティナ嬢の方はお父上がよく思わん可能性もあるのだ」
「だから私が声掛けたんじゃない」
「それは……そういうことか。強引過ぎるだろ。たしかに言い訳にはなるかもしれんが」
「口実は必要よ。妹ちゃんが知っている事をお父様が知らない筈無いでしょ。どうせ全部筒抜けよ。その上で見逃すとしたらこれくらいは必要でしょ」
まあそうだろうけどさ。
マルティナ嬢がファムの支援をしてきたとは言っても、あの娘が直接ファムの下まで通っていた筈は無いのだ。それこそ許されるわけも無い。あくまで部下に頼んで様子を見に行かせていただけだ。当然その情報は父君の耳にも入っていたのだろう。
下手をすると直接会えたのはファムが釈放された時くらいではなかろうか。それも恐らく父君が敢えて見逃したのではなかろうか。その後もマルティナ嬢を介して間接的に世話を焼いていたのかもしれない。
そんな御仁がどう判断するのかは正直未知数だ。王女殿下の御慈悲で今後はマルティナ嬢が気軽に姉と会える環境が出来上がったわけだが、それを良しとするのか、或いはそこまで甘える事は出来ないと娘を止めるのか。なんとも言えんところだな。案外これ幸いと妹の方まで送りつけてくる可能性もあるわけだし。
「止められはしないわ。私はただ友達に遊びに来てと誘うだけだもの」
「父君の立場も考えろ。しわ寄せを食うのは間違いなく二人の父君だ。あまり強引な事をして関係が拗れれば最悪二度とあの姉妹も会う事が出来なくなるぞ」
「その時は妹ちゃんも誘っちゃいましょ♪」
「……ディアナ。パティがこんな事言ってるぞ。反省する気が無いのではないか?」
「私は許可したわよ。聞いてなかったの?」
「真意を問い質しても答えんかっただろうが」
「あら♪ そうだったかしら♪」
まったく……お人好しが過ぎるぞ……。
それとも実はまだ他にも何か企んでいるのだろうか。
……どの道話すつもりは無さそうだな。困ったものだ。