02-41.事件の経緯
「それで……えっと、クーちゃんの話しって?」
ファムは握りあった手をチラチラと見ながら問いかけてきた。
「あ~、そうだな。うむ。これは話し辛くとも出来れば答えて欲しい。事は私とファムだけの問題で済むとも限らんからな」
「もしかしてボクが過去に起こした事件のこと?」
「それも含めてだ。ご実家の意向もな。ファムはあの場所に居を構えてはいたが、大量の書物等は実家から持ち出した物なのだろう? 実はそれ程関係が悪いわけでもないのか? 或いは協力者でもいたのか?」
「どちらかと言うなら後者だよ。既に実家とは縁が切れてるから。けどその協力者がボクの妹なの。妹は早く家督を奪ってボクを連れ戻すつもりみたい。あの子は優秀だから間違いなくやり遂げると思う。そういう意味では実家との関係も悪くないとは言えるのかも?」
あかん。もろ爆弾が潜んでた。聞いといて良かったぁ。
「何があったのだ? 町中で魔物を暴れさせたという話しだったな。しかしファムが意図的にそのような事をしでかすとは思えん。うっかりミスだったのか? それとも事故か?」
「えっと……」
「どんな答えであれ私はこの手を離さんぞ。ファムは既に罰を受けたのだ。これは穿り返す為の質問ではない。私に咎める意図は無い。ただ知りたいだけだ。ファムのことは何であろうとも知りたいのだ。どうか話しておくれ」
「あ、いや、その……今更信じて貰えるかはわからないんだけど……」
「私はファムの言葉だけを信じるとも」
「いや、それはそれでどうなんだろう……。でもありがと。嬉しいよ。クーちゃんにそう言ってもらえて。だからうん。話すよ。けど先に言っておくね。これは間違いなくボクが悪いの。ボクがボク自身の意志で選んだ結果なの」
「そうか。うむ。聞かせておくれ」
「うん。順を追って説明しないとだよね。えっとね。事件そのものはそう複雑なものじゃないよ。ボクが町中で魔物を放った。幸い近くにいた冒険者達が迅速に鎮圧してくれたから大事には至らなかった。これが事実だ。一般に公表もされている。クーちゃんは詳しく知らないみたいだから先ずはここからだよね。それでね。えっとね。その日何があったかと言うとね。ああ、えっと。違うや。その前から話さないとだ」
「大丈夫だ。落ち着いて話しておくれ。ゆっくりで構わん」
「うん。……ボクはその少し前からとある研究機関に勤めていたの。もう無くなっちゃったんだけどね。事件の時に」
「ふむ」
「当時ボクまだ学生だったんだけどね。研究楽しくて。魔物のこと調べてたからさ。殆ど学園にも行かないで熱中しちゃってね」
レティからもそんな話を聞いたな。学園にあまり顔を出さなくなったのはそういう理由だったのだな。
「でもそれ知った父様怒っちゃって」
まあ当然だよな。貴族のご令嬢に許される自由では無いだろうな。
「アンヘル家って代々錬成術師の家系でね」
「錬成術?」
錬金術じゃなくて?
「あ、えっと、一般的には魔術師の家系として知られてるんだった。えっと魔術とあんまり変わらないんだけどね。魔術を使って物質の性質を変えたり生み出したりするの。クーちゃん魔術の事はわかる?」
「うむ。多少の知識はあるとも」
取り敢えず小さな光る魔力壁を生み出してみた。
「え!? 何これ!? 凄い!? どうなってるの!?」
「まあこれは魔術ではなく魔導だがな」
魔力手も生み出してファムの空いている方の手を握って握手を交わす。
「わっ!? 温かい!?」
にぎにぎ。
ひとしきり遊んで満足してから話を戻す。
「つまりはこういう事か? 例えば魔術で土壁を生み出し、それを建物の壁に流用するような技術なのだな?」
「うん♪ そういうこと♪ 本来魔術で生み出したものってそのままだと維持が出来ないものなの。土壁なら崩れてただの土に戻るか、或いは跡形も無く消え去るか。術を発動した時の条件にもよるからそこは色々だけど」
その場にある土を利用しているのか、全てを魔力で生み出しているのかでも変わってくるからな。そもそも術者によってもまちまちだ。後は水だけ少し事情が異なるらしい。水だけは誰が使っても基本的にそのまま残るようだ。パティが以前そんな話を教えてくれた。
魔術がイメージによって左右される特性を鑑みるに、おそらく水は人間にとって最も身近な存在だからなのだろう。他の地火風属性と違って自らの内にも流れるものだ。だからより強固なイメージを浮かべられるのだ。ならば錬成術とは特にイメージの強さや正確さを極めた魔術を差すのだろう。
「錬成術はアンヘル家の秘奥なの。本当は外に漏らしちゃいけない術でね。父様はボクが他人と関わること自体好ましく思ってはいなかったの」
尚更だな。それは怒るだろうな。
「実際その研究所も罠だったみたいでね。ボクが魔物達のお世話にも頻繁に錬成術を使ってたから。それを観察していたみたい。あはは。ボクも研究対象だったってわけだね」
ファム……。
「皆良い人だったんだけどなぁ……でも改めて思い返してみればおかしい所もあったんだぁ……」
もしそれが事実なら周到に準備されたものであったのだろう。当時の幼いファムが見極められたとは思えない。未成年の少女一人を誘い出して術を使わせる為に架空の研究所まででっち上げるとは……。そのような者達がよく強硬手段に出なかったものだ。アンヘル家の報復を恐れたのだろうか。
「あの日はボク一人だけだったの。皆まだかなって思いながら何時も通りに魔物達のお世話と研究を続けてた。けど現れたのは研究仲間じゃなかった。来たのは父様の私兵が二人。それで次々に魔物達を殺していった。ボクは無我夢中でまだ生きてる魔物達を逃がした。檻の鍵を開け、研究所の壁を壊し、町中に魔物達を解き放った。結局皆すぐに討たれちゃったけど。ボクもそのまま取り押さえられた。アンヘル家の私兵じゃなくて冒険者の人達にね」
「何故お父上は……」
「庇わなかったのかって? それは聞いてみたことないんだよね。そもそもあれ以来会ったことも無いし。あれからボクの前に現れたのは怒った妹と何人かの護衛だけ。絶縁も人伝に聞いただけなんだ。今更ボクの方から顔を出すわけにもいかなかったし」
「……そうか」
「アンヘル家の私兵があの場にいた事は公表されてないみたい。たぶん父様がそこだけは揉み消したんだよ。だから知られているのはボクの乱心だけ。全部事実だけどね。後先考えずあんなことしでかしたんだから。それで結局あの子達のことだって救えてないんだもの。ほんと滑稽だよね」
……たしかにファムの判断は過ちだったと言わざるを得ない。少女の短絡的な行動が無辜の人々に恐怖を与えたのだ。怪我人がいなかったから良かったなんて話だけでは済まされない。投獄も当然のことだろう。本人もそれを理解し反省している。冒険者達に逆恨みする様子も無い。
だからこれはもう終わった話だ。ファムは罰を受けた。家族から見放されるのもやむを得ないことだった。貴族とはそういうものだ。むしろ未だ王都に住んでいることの方が不自然なくらいだ。追放されていても文句は言えなかった筈だ。
あのボロ小屋にはそんな事情もあったのだろう。援助をしているという妹もあまり大っぴらに世話を焼くわけにもいかなかったのだろう。未だファム達のお父上はご健在の筈だ。下手な事をすれば睨まれてしまう可能性も高い。それは結果的にファムを追い詰める事にも繋がっていた筈だ。ファムも言う通りファムの妹は本当に優秀な者のようだ。
「エリク。ファム。お客様よ」
そうだよな。見つけ出すよな。きっと定期的に様子は確認していたのだものな。そう頻繁には無理でも続けてはいたのだろう。あの小屋がもぬけの殻になればそりゃ探すだろう。とはいえタイミングが良すぎるな。ファムの妹だからか?




