03-35.魔物博士
「こんにちは~? ファティマさ~ん? いませんか~?」
レティがボロ小屋に向かって声をかける。返事は無い。けど人の気配はあるっぽいから在宅なのは間違いない。
しかしこの家に本当に人が住んでいるのだろうか……。一応家の形を保ってはいるが、今にも崩れそうなくらいボロボロだ。更には冬だと言うのに火を焚いている気配も無い。まあそこは平民なら珍しくも無いのだけど。薪だってタダじゃないし。そこらの村ならともかく王都内では自分で気軽にというわけにもいかんのだろう。
やはり研究所か何かなのだろうか。危険だから王都の端でこうして構えているのだろうか。その割には魔物の気配も無い。あるのは弱々しい人の気配だけだ。
「パティ。これはマズイかもしらんぞ」
「ファティマさん! ファティマさん! ご無事ですか! ファティマさん!」
パティもすぐさま扉を叩き始めた。相変わらず家主が出てくる様子は無い。
「アウルム。内側から戸を開けておくれ」
「!」
私の袖から伸びたアウルムの体の一部がニュルッと扉の隙間から建物の中に侵入し、ゴトゴトと重々しい音を立てながら玄関の戸を解錠してくれた。どうやら随分と頑丈な鍵が取り付けられていたようだ。
パティが真っ先に駆け出して部屋の中へと突入していく。部屋の中には所狭しと本や紙の山が積まれており、時たま何らかの器具や魔物の模型らしきものまで転がっている。そしてその中央には一人の女性が倒れていた。
「エリク!」
パティがファティマさんを慌てて抱き起こし、私も近付いて軽く魔力を流して調べていく。レティも脈を計ったり瞳を覗き込んで外部から診察をしてくれた。
「どう?」
「おそらく栄養失調だろう。腹の中が空っぽだ。この様子では数日何も口にしておらんだろうな」
「幸い命に別状は無いでしょう。ですが脱水症と低体温症も起こしかけています。早急に介抱すべきです」
「うむ。そのようだな」
もう少し魔力を流しておこう。栄養代わりになる筈だ。
「屋敷に運びましょう」
「やむを得んな。しかしここは大丈夫だろうか。家主がおらねば泥棒にでも入られるのではないか?」
正直この辺りはそう治安も良くは無いだろう。むしろよく今まで無事だったものだ。本だって安くは無いのだ。ボロ小屋に似つかわしくない厳重な施錠までして守ろうとしていたくらいだ。この女性にとっては大切な物なのだろう。
チラッと見ただけだが、そこらに転がっていた紙の一枚一枚にもぎっしりと文字とイラストが書き込まれていた。あれは魔物達を観察して書いたものなのだろう。この女性なりの研究成果というわけだ。それらが心無い者達に踏み荒らされるのは忍びない。出来れば回収しておいてやりたいものだ。
「なら私が、」
レティが口を開きかけた所で私の服の中からアウルムが飛び出してきた。
「アウルム? どうした?」
アウルムは体で丸印を表現すると、体を薄く引き伸ばして周囲の紙の山に覆いかぶさった。
「え!?」
アウルムに包まれた本と紙の山はごっそりとその場から姿を消してしまった。アウルムは同じ要領で次々と周囲の物を包みこんでいく。そうしてあっという間に小屋の中身は空っぽになってしまった。
「アウルム……食べちゃったのか?」
相変わらずアウルムのサイズは変わっていない。スライム達と融合した時と同じだ。取り込んだ筈の質量がどこかに消えて無くなってしまった。
「?」
アウルムは私を不思議そうに見上げてから、ペッと本を一冊吐き出した。
「「「……え?」」」
「♪」
私達の反応が面白かったのか、そのまま次々と本を吐き出して綺麗に積み上げていく。
「待て待て! わかった! 吐き出せるのだな! 凄いな! 本当に驚いたぞ! そして助かった! 取り敢えずまだしまっておいておくれ。今はこの人を急ぎ看病せねばならん」
「!」
アウルムは再び本に覆いかぶさって体内に収納(?)してくれた。驚きはしたが今はそれどころでもない。気にはなるが後回しだ。先ずはファティマさんを休ませよう。温かい場所で水分や栄養を摂らせる必要がある。
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「……」
「気がついたか。気分はどうかね?」
「…………ここは?」
「デネリス公爵の王都邸だ」
「デネリス?」
「なんだ知らんのか? それとも覚えておらんのか?」
「……そうじゃなくて。何故ボクなんかを公爵閣下が?」
ボクっ娘?
「回収したのはレティシア王女だ」
「レティシア……ああ。覚えてたんだ……」
「妹のパトリシア王女に請われてな」
「……」
なんかがっかりさせてしまったっぽい。すまん。
「王女様方はボクなんかに何の用なの?」
「用があるのは私だ」
「……」
胡乱げな目つきになってしまった。無理もない。
「私はエリク。妖精王エリクだ。ご存知かな?」
「……知らない」
さては引き籠もっていたな?
「最近王都を騒がせている大悪党だ。姫様達を誑かして王族相手にドンパチやらかしたばかりだ。次はギルドとやり合おうと思っていてな。魔物に詳しい君の力を借りたい」
「……」
今度はあからさまに敵を見る目を向けられてしまった。流石に悪ノリが過ぎたか。
「勘違いしないでほしい。何も直接魔物を討つ手伝いをしてくれと言うわけじゃない。その逆だ。私は魔物と友達になれるのだ。彼らの世話係を頼みたい」
「……本当に?」
少し興味が出てきたようだ。良い調子だ。
「アウルム。出ておいで」
私の袖から這い出てきたアウルムがファティマの胸の上で丸くなった。
「!?」
ガバッと飛び起きたファティマはアウルムを手にとってクルクルと動かしながら全身を隈なく確認していく。
「アウルム。研究資料を出しておくれ」
「「!?」」
ペッとファティマの書いたゴルドスライムに関する研究資料を吐き出した。やるなアウルム。まさか内容まで把握しているとは。今のは私も驚いたぞ。
「これボクの……でも違う。君はこれじゃない。君はゴルドスライムなんかじゃない。色はゴルドキングだね。けどサイズもコアの形状も違うみたいだ。君は特殊個体だね。ボクも始めて見た。実物どころかどんな文献にだって君の事は乗っていないよ。それにさっきのも。やっぱり仮説は正しかったんだ。上位種のスライムには空間属性の適正があるんだね。空間属性ってわかるかな? 昔は光属性に属する伝説上の魔術とされていたんだ。時代が進んでからは闇属性の重力魔術に類するものではないかとも言われていたり、或いは闇と地の複合属性なんじゃないかって話もあった。けどそもそも君のは魔術なんかじゃないよね? なら属性なんて定義に当て嵌める事自体がナンセンスなのかもね。他には何が使えるのかな? ボクにも見せてほしいな。そうだ。空間転移も出来るの? 出来たら見せてほしいな。それから重量軽減もしてるよね? スライムは本来もっと重たい筈だ。当然だよね。その体の殆どは水分で出来ているんだ。当然ただの水なんかじゃない。とっても重たい水だ。金属みたいな質量がある筈だ。君は賢いね。良い子だね。優しいね。それもその筈だよね。君達は人間よりずっと賢いんだから。空間魔術なんて使いこなせるんだから当然だよね。君の方からエリクさんの友達になってあげたんだよね。彼女は面白い人? 君が気に入るくらいだ。きっと良い人なんだよね。そうに決まってる。ねえ、アウルム君。ボクとも友達になってくれるかな? ボクは君達の事がいっぱい知りたいの。君が友達になってくれるなら何でもしてあげる。良いかな? 良いよね? 嬉しいな♪ 魔物のお友達は始めてだ♪ 小さい頃からの夢だったんだ♪ そもそもお友達自体始めてだけどね♪ 君はお友達一号だ♪ ボクも知ってるよ? お友達が出来たら渾名を付けるんでしょ? アウルム君だからアー君だ♪ よろしくねアー君♪ ボクの事はファムって呼んでね♪ 呼んでくれるかな? 人間の言語は理解出来ているでしょう? 発声器官が無いから無理かな? そもそも人間にそこまで合わせるのもしんどいか。ごめんね。君達みたいな上位の存在に追いつくのは難しいや。でも大丈夫♪ 名前を呼び合えなくたってお友達にはなれるよ♪ よろしくね♪ アー君♪」
「「……」」
えっと……。
「ごほん。改めてよろしく。ファム。アウルムのついでで構わん。私とも仲良くしてもらえるかね?」
「…………!?!!!?!!?!」
私の言葉を遅れて理解したファムは、顔を真赤にしてパニックに陥ってしまった。そのままアウルムを抱きしめて布団の中に潜り込んだ。
「あ~。少し席を外そう。体調の方はもう問題無いと思うが腹は減っているだろう。食事を取ってくる。アウルム。ファムの事は任せたぞ」
布団の隙間から伸びた触手が手を振るように返事をしてくれた。今度はハンドサインでも教えてみよう。ファムの言う通りならきっと使いこなせる筈だ。うむ。