03-32.スライムと夜会
「きあきあ~♪」
早速シュテルはアウルムの事が気に入ったようだ。小さなスライムに抱きついて燥いでいる。アウルムもシュテルの魔力を吸い出すつもりは無いようだ。良い子だ。後で私の魔力をあげるとしよう。毎日適量を流してあげねばな。
「これが? 小ちゃいよ?」
「今はな。だが魔力を流せば何時でも巨大化させられる。きっと対飛竜戦の戦力としても役立ってくれるだろう」
「ふ~ん」
ユーシャは興味があるのか無いのか、アウルムをツンツンしながら生返事をしている。
「クキュゥ~~」
「安心しろオルニス。別にお前の役割が消えて無くなったわけではない。嫉妬なんぞする必要はないのだ」
「キュルゥ~」
まったく。可愛い奴だな。
「これで終わりなのかしら? 随分とあっさりなのね」
「まったく。呑気なものね。こっちは大変だったのよ?」
「そう言われたって私達は蚊帳の外だったんですもの。折角ここまで付いてきたのに」
「まあ良いじゃんディアナ♪ 用事が早く済んだお陰でお月見の時間もたっぷり確保出来たんだし♪」
「でもここ寒い。場所変えよう」
「近くに良い場所があるでしょうか?」
「どうだアウルム? お前はこの辺りに詳しいか?」
「?」
ダメそう。流石にスライムにそこまでの思考力は無いのだろうか。
「!」
あら? 何かに思い至った?
シュテルの腕の中からニュルッと飛び出したアウルムは、地面を這って進み始めた。どうやら案内してくれるつもりらしい。
「行ってみましょう」
ディアナが早速後に続いた。
「待ちなさい。ディアナが先に行ってはダメよ」
「アウルム。何かあれば皆を守ってやってくれ」
同意してくれたのかは定かでは無いが、アウルムは一度立ち止まって体を縦に伸ばして反応を示してくれた。中々賢いようだ。何れはマルバツでも教えてみるとしよう。
暫く歩くとまた開けた場所に辿り着いた。しかも今度は洞窟付きだ。なんなら一晩泊まっていくのもいいかもしれん。
「ありがとう。アウルム。良い場所だな。少し使わせてもらっても構わないか?」
また縦長になって答えてくれた。たぶん肯定だ。間違いない。
早速メアリ、ミカゲ、スノウが中心になって焚き火や晩御飯の準備を始めてくれた。何故かロロはシュテルと一緒にアウルムを使ってキャッチボールをしている。アウルムよ。嫌だったら言うんだぞ。なんか満更でも無さそうだけど。
「この洞窟、奥の方に何かいるみたい」
「魔物か?」
「ええ。洞窟自体もかなり広いみたいなんだけどね」
どうしたものだろうか。中に入って眷属化してしまうか? それとも黙って入口あたりだけ使わせてもらうか? だいぶ騒がしくしていても出てくる気配が無いようだし。
「キュルゥ~」
近付いてきたオルニスが怯えたような声を出しながら私を翼で包みこんだ。
「奥に行くなと言っているのか?」
「クルゥ~」
どうやらそうっぽい。オルニスが怯えるような魔物とはいったいどんな奴らなのだろうか。
「ダメよ。エリク」
「勿論だ。オルニスも心配してしまうしな。お月見だけ済ませたら早々に退散する事にしよう。誰かが洞窟の奥へ行かないよう念の為私が魔力壁で塞いでおく」
「そうね。そうしましょう」
「あーむー!」
魔力壁を張るとアウルムが突っ込んできた。更にはシュテルまでもがアウルムを追って飛んできた。
「いかんぞ。アウルム。これはお前の食事ではない」
アウルムは私の制止も聞かずに魔力壁を食い破ると、そのままの勢いで洞窟の奥へと突っ込んで行ってしまった。
「いけない! シュテルが!」
パティの言う通りだ。シュテルまでアウルムについて行ってしまった。
「ロロ! 全員この場で待機だ! 絶対に追ってくるんじゃないぞ!」
慌てて駆け出したパティを追って、私も洞窟の奥へと駆けて行く。
「止まれ! シュテル! アウルム!」
「シュテル! 止まりなさい!」
「あーむー!!」
ダメだ。返ってくるのはシュテルがアウルムを呼ぶ声だけだ。気付いている気配がまるで無い。こちらの声が届いていないのだろうか。シュテルの飛行速度が速すぎて既にその姿すら見当たらない。洞窟内も随分と入り組んでいるようだ。
「アウルムを止められないの!?」
「無理だ! やはりあの体には魔力が通らんのだ!」
これも想定外だった。眷属化が出来てもその体を完全に支配出来るかはまた別の問題だったようだ。そう言えばレティも言っていたな。一瞬なら支配に抗う事も出来るのだと。しかしそうする気は起きないのだと。眷属化さえ出来れば意のままかと思っていたが、アウルムのような身体構造ではそれも難しいらしい。あくまでアウルム自身が私に懐いて従っていてくれただけなのだ。何らかの目的意識を持って動き出せば容易く私の拘束からは逃れられるのだ。
「なら走るしかないわね!」
流石にこの狭い洞窟内ではパティの飛行魔術も私の魔力手ジャンプも使えない。今は自らの足だけが頼りだ。
いや、もう一つ手はあるな。
「パティ! 掴まれ!」
パティを抱きかかえて魔力壁で囲い、背中から四対の魔力手を生やしてその場に倒れ込む。
「ちょっと! 今『ゴンッ』て!」
「大丈夫だ! 少し擦るかもしれんが大丈夫だ!」
その為の魔力壁だ。スパイダーフォームはまだ生み出して日が浅いのだ。そもそも私一人で動く為のフォームだ。人を抱えて走る事は想定していないのだ。
時たま『ゴンッ』、『ガリガリッ』、と音を立てながらも先程までより遥かに速い速度で洞窟内を駆け抜けていく。パティはすっかり静かになってしまったが、しっかり私にしがみついてくれている。
「あーぅーむぅー!!!」
シュテルの声がハッキリと聞こえてきた。もうすぐだ。よかった道は間違っていなかったようだ。
「シュテル!」
今度こそ私の呼びかける声が届いたのか、シュテルが急激に速度を落としてその場で静止した。
「「シュテル!」」
立ち上がってパティと一緒にシュテルに抱きついた。そんな私達を気にする事もなく前方を指差すシュテル。
「きあきあー!」
「「は……?」」
シュテルの指差した先には、すり鉢状の空間が広がっていた。そこには天井から光が差し込んでおり、金銀様々なスライム達が蠢いていた。
「うっわぁ……流石に身の危険を感じるぞ……」
「こんな習性があったのね……私も知らなかったわ……」
純粋に喜ぶシュテルの感性をこそ尊ぶべきなのか、その警戒心の無さを咎めるべきなのか。シュテルだってこのスライム達からしたら美味しい餌に違いあるまいに。
「あの中央にいるのってアウルムじゃない?」
「よく区別がつくな」
「いえ、なんとなく。たぶんだけど」
ベテラン冒険者の直感か?
「こちらには見向きもせんな」
「気付いてないって事は無いと思うんだけどね。なんだか皆アウルムに注目しているみたい」
そう。まるでアウルムが何か演説でもしているかのように、グネグネ、クニクニと、全身で何かを伝えているのだ。スライム達は極上の餌である筈の私達には目もくれず、中央で演説を続けるアウルムに見入っているようだ。
「ところで銀色のやつは何と言うのだ?」
「さあ? 見たことが無いわ。新種かもしれないわね」
希少性高いの? はぐ◯メタル?
「さて。どうしたものか。アウルムに帰ってきてもらいたいところなのだが」
最悪置いていくか? 仲間の元で暮らしたいならそれもやむなしか?
「見て。何か始めるみたい」
仲間の一匹がアウルムに近付いた。互いに体の一部を触手のように伸ばして接触する。まるで握手でも交わしているかのようだ。何か演説に感じ入るものでもあったのだろうか。
「「!?」」
違う!? 融合してる!?
繋いだ触手がねじれるように混ざりあった後、そのまま仲間の体がアウルムの中に吸い込まれていった。それを見ていた仲間達は最初の一匹と同じように触手を伸ばし、アウルムもまた次々と触手を伸ばして彼らを迎え入れていった。
そうして暫く経つとその場に残ったのはアウルム一匹だけになってしまった。しかもどういうわけかサイズは最初のままだ。仲間達の質量はどこに消えてしまったのだろうか。
「「……」」
「?」
用は済んだとでも言うかのように何食わぬ顔で近付いてきたアウルムが、なんだか不思議そうにこちらを見上げている。まるで「どうしたの?」と首を傾げているようだ。
「おか~♪」
「!」
アウルムを抱きしめたシュテルはそのまま飛んで私の肩に座り、私の頭上にアウルムを置いてしがみついた。
「帰りましょうか」
「そうだな。……そうだな」
いったいあの光景はなんだったのだろうか。何れ謎が解ける時がくるのだろうか。誰か魔物博士とかいないかな。今度ベルトランかナタリアさんにでも聞いてみよう。




