03-30.行動開始
「早速お連れになられたのですね」
ナタリアさんも真っ直ぐ職場に戻っていたようだ。私達が現れるとすぐさま近寄ってきてくれた。しかも今度は真面目な職員モードのようだ。つい数時間前に暴飲暴食をかましていたとは思えない凛々しい姿だ。お姫様の担当を任されるだけあって元々優秀な方なのだろう。
「登録を頼もう。魔物使いというのもおるのだろう?」
パティと別れて私とオルニスだけでナタリアさんの下へと向かう。
「ええ。問題ありません。どうぞこちらに」
「うむ」
早速オルニスは注目の的となっているようだ。大抵の冒険者からしたらBランクの魔物は十分に驚異的な存在だ。しかもそんな人より大きな猛禽類が、周りに気を遣って体を縮こませながら少女に付き従っているのだ。初手の牽制としては十分であろう。
「こちらの識別票を首に下げておいてください」
何やら金属の薄いプレートに鎖の輪が通された物を渡された。
「うむ。オルニス」
「キュゥ~♪」
私がオルニスの首に識別票を巻き付けると、オルニスは嬉しそうに額を擦り付けてきた。気に入ってもらえたようで何よりだ。
「随分と懐いていらっしゃいますね。何時から飼われていたのですか?」
「つい先程だ。私は動物に好かれやすいのでな」
「……そうですか。それが妖精王陛下のお力と言うわけですね」
何やら探るような視線を向けられてはいるが、例え魔力視持ちだとしてもオルニスが懐いた理由は見通せまい。やるとしたらレティの魔眼が必要だ。
「ちなみにこれは余談なのだが。次はスライムを従えようと考えている。その場合識別票はどうすれば良いのだ?」
「スライムですか? 前例がありません。人間にとって意思の疎通が可能な生物ではありませんから。確認はしておきます。どうぞ気兼ねなくお連れください」
「うむ。感謝する」
そうか。スライムは普通飼えないのか。そりゃそうか。
「さあ、行きましょう。クシャナ。用事は済んだわ」
「そちらもか。どうだった? 近くにいそうか?」
「ええ。多分ね」
曖昧な答えが返ってきた。
「スライムをお探しですか? お力になりますよ♪」
隙を逃さず口を挟むナタリアさん。パティがどんなスライムを探していたのか興味があるようだ。スライムって結構種類が多いからね。それに受付カウンターと依頼票が張り出された掲示板の配置的にオルニスが邪魔で見えなかったようだ。まあ意図的なんだけども。折角だし驚かせたいからね。まさかSランク魔物とは思うまい。
「いえ、大丈夫よ。これで失礼するわ」
「どうかお気をつけて」
ナタリアさんはそれ以上追求せずに送り出してくれた。その声音は優しげなものだった。きっと今の言葉は本心だ。ナタリアさんも本当はパティの事が好きなのだろう。あの学園の者達と同様に。もちろん恋とかそういう話じゃなくて。頑張り屋のパティを見てきた者の一人だもの。嫌っている筈がない。ただ利用してやろうとなんて思っている筈がない。
ならきっとナタリアさんはパティの頑張りを皆にも認めてほしいのだろう。だからギルド長の思惑に乗ったのではなかろうか。或いはナタリアさん本人の策かもしれないけど。
もしかしたらクランというシステムを利用したのもパティの為だったのかもしれない。私が個人やパーティで活動してしまえば、きっとパティを押しのけて私が一番に目立ってしまったことだろう。
けどクランなら別だ。多くの者達を動かすのは強さだけじゃない。運営に必要なのは人望や知識だ。パティにはそれが備わっている。クランというものはきっとパティの素質を最大限に引き出してくれる仕組みでもあるのだろう。
私達はまだまだ彼女の手の平の上なのかもしれない。けどなんだかそれも悪くない気分だ。
たった一言で手の平を返しすぎだろうか? 私はチョロ過ぎるのだろうか? まあいいか。そんな事は。どうでも。
ギルドの利益を最優先にする汚い大人だろうが、パティの名を上げさせたい厄介ファンだろうが、ただ妹分を気に掛けるだけの本当は優しいお姉さんだろうが、私もパティもナタリアさん個人を嫌っているわけではない。むしろ好ましくすら思っている。だからどうでもいいのだ。彼女の思惑は。
理由はどうあれ、私達が頑張れば彼女もきっと喜んでくれる。ギルドまで喜ばせるのは癪だがそれも一時的なものだ。ナタリアさん個人に対して損害を与えるわけでもない。多少忙しくはなるかもしれんがな。その時はまた菓子でも差し入れてやろう。そう言えば感想を聞くのを忘れていたな。また顔を出した時にでも聞いてみるとしよう。
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「お~~!」
「危ないぞ。身を乗り出すな。シュテル」
「大丈夫だよ。シュテルだって飛べるんだし」
そうだけどさぁ。
私、ユーシャ、シュテルは魔力壁で作った籠に布を被せて座り、その籠をオルニスに運んでもらって空を飛んでいた。
周囲にはパティ達もそれぞれの組に別れて飛んでいる。
既に王都からは随分と離れている。眼下には森が広がり、空には月明かりが満ちている。
「こんな調子で本当に見つかるのか?」
「大丈夫です。ゴルドスライムは明るい夜に開けた場所へと出てきますから。光を反射して獲物をおびき寄せるのです」
なるほど。案外と賢いのだな。いや、賢いとはちょっと違うかもだけど。そういう習性ってだけだろうし。
「オルニスも何か見つけたら教えておくれ」
「キュ~~~!!」
張り切っているな。うむうむ。
「きゅ~~!! きゃっ♪」
シュテルも楽しそうだ。自分でも飛べるのにこうして遊覧飛行も素直に楽しめるようだ。流石我が娘。良い子だな。
「寒い……」
ユーシャは持ち込んだ毛布に包まりながら私に引っ付いている。飛ぶために風を操る飛行魔術と違って、私達の風よけは中途半端だ。一応魔力壁で生み出された籠自体も僅かに温もりを放ってはいるのだが、流石にこの冬の夜空では焼け石に水でしかないだろう。しかしあまり壁をつくってしまってもオルニスが飛び辛くなってしまう。元々ガルーダイーグルは牛や豚なんかの家畜も連れ去れるくらいの膂力があるから多少は平気だろうけど、面積が増えればバランスを崩すかもしれん。今この場で調整を加える勇気は無いな。ユーシャの事は私が温めてやるしかないな。うん。
「えっち……」
「いや違うぞ? 普通に抱きしめているだけだぞ?」
「鼻の下伸ばしてた」
「寒いからな。鼻水が垂れそうになったのだ」
「そんな機能無いでしょ。そもそも寒くないんでしょ」
「まあ、うむ。私の体は頑丈だからな。ほれ。もっとくっつけ。温まるぞ」
「うん。エリクももっとぎゅってして」
「うむ!」
「しゅてー! もー!!」
ふふ♪ シュテルも温かいな。まるで湯たんぽみたいだ♪
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「全然探ス気アリマセンネ~」
「もう。ロロ先輩ったら。無茶言わないであげて。ユーシャは普通の子なんだから」
「ソレはドウデスカネ~」
「ロロ先輩?」
「何デモアリマセ~ン。シルヴィは大丈夫デ~スカ?」
「ええ♪ 飛行魔術ってとっても快適だよね♪」
「私ノ研鑽アッテのモノデェ~ス♪」
「ふふ♪ 流石ロロ先輩♪ 頼りになるね♪」
「フッフ~♪ シルヴィも良イ子デェ~スネ~♪ サービスシテアゲマ~ス♪」
「わ!? ちょっ!? 先輩!? ストップストップ~!」




