03-10.新しい姉妹
「「かっわぁいいっ!!」」
「むっふぅ~♪」
大好評だ。良いぞ。その調子だシュテル。そのまま矛先を逸しておくれ。
「エリク様は姑息が過ぎますね」
仕方なかろう。こういう時は私の言葉なんぞ聞かずに責め立ててくるのだ。これはもしやすると私にとって随分と都合の良い盾が手に入ったのかもしれん。
いや、こんな考え方はよくないな。例えシュテルの正体が神器に過ぎぬとはいえ、今はあの形をしているのだ。紛うことなき私の同族だ。我が子となった事も運命だったのやもしれん。
「それで? どういうことか説明してくれるかしら?」
ほれ見ろ。言わんこっちゃない。明らかに責めるような口調だ。私が悪いのだと言わんばかりだ。
「メアリ」
「仕方ありませんね」
メアリは私に代わって事情を説明してくれた。私が話すと一々ツッコんでくるのが目に見えているからな。この方が手っ取り早いのだ。卑怯とは言わんでくれたまえ。
「そういう態度よくないわよ。エリク」
結局責められるのか。メアリの話は聞いておったろうに。
「せめて自身を持って紹介なさいな。この娘は私達の娘よ。何一つ恥じる必要なんてないじゃない」
そっち?
「そうよ。エリク。パティの言うとおりだわ。これからは教育に悪い姿を見せてはダメよ。シュテルは私達の娘として恥ずかしくないよう育て上げましょう。それに今の方が正体不明の危険な杖よりずっと良いじゃない」
ディアナはまあ元々寛大だけどさ。
「そうだな。悪かった。シュテルもな」
「まぁま!」
シュテルはパティとディアナに揉みくちゃにされていたものの、私が一声掛けると大喜びで駆け寄ってきてくれた。
「お前は本当に可愛いなぁ」
「えへ~♪」
私が抱き上げて思わずクルクル回りだすと、シュテルもきゃっきゃと楽しそうに燥いでくれた。可愛い。
「確かにユーシャには見せられないわね」
「困ったわね。どうしたものかしら」
頼みのパティとディアナも頭を抱え込んでしまった。
「頼む。何か案を絞り出してくれ」
「諦めて正面からぶつかってはどうかしら?」
「そうよ。これもきっと必要な事だわ」
確かに次の子が産まれると、幼い姉や兄は否応なく嫉妬してしまうものだろうけども。いや、ユーシャは別にそこまで幼くないけどね。ただまあ、なにぶん初めてのことだし。それに妊娠みたいな事前情報も無かったわけだし。なんの心の準備も出来ていないのだ。寝耳に水過ぎて一気に吹き出してしまうだろう。
「あまり困っている姿を子供に見せるものじゃないわ」
「シュテルの為にも割り切りなさいな。エリク」
パティとディアナは既に意見を一致させてしまったようだ。本当に諦めるしかないのだろうか……。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。ユーシャはすぐにシュテルを受け入れるわ」
「そうよ。ユーシャは優しい子よ。そんな事はエリクが一番わかっている筈でしょう?」
「……そうだな。うむ。ならば朝一で話すとしよう」
「よかったわ。覚悟を決めたのね」
「私達もフォローするわ」
頼りになる二人だ。最初から素直に相談しておけばよかった。ごめんよ。二人とも。私は信じる事が出来なかった。
「シュテル。こっちにいらっしゃい」
「ズルいわ。パティ。私が先よ。
シュテル。こっちよ。私の方にいらっしゃい」
「むっふ~♪」
どうやらチヤホヤされるのが好きらしい。二人から誘われてご満悦だ。
「少し二人の相手もしてあげてくれるか?」
「う~!」
了承したシュテルをその場に下ろすと、パティとディアナの間に向かって一目散に駆け込み、そのまま二人の手を引き寄せるようにして握りしめた。
「「シュ~テル~♪」」
「えへ~♪」
我が娘は賢いな。私もああすれば良いのだな。取り敢えずユーシャとシュテルを纏めて抱きしめよう。何れ必ず仲の良い姉妹になってくれるはずだ。あれ? 母娘か? まあ良いか。どっちでも。
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「……」
「という事でな……ユーシャ……」
「……」
あかん。完全に怒ってる。心の底から何かが湧き出している。これは想像以上にどうにもならないかもしれない。
「おね~ちゃ!」
シュテルはユーシャの反応を意に介さず、パティとディアナに教え込まれた策を忠実に実行した。ニコニコ笑顔でユーシャに近づき、姉と呼びながら抱きついたのだ。賢い。
「……」
おい待て。ユーシャ。何故こっちを睨むのだ。
その策を考えたのはパティとディアナだ。私ではない。
「おねーちゃ! あっこ!」
両手を伸ばして抱き上げてくれと要求するシュテル。ユーシャの怒りが私に向かないようにと、意識を逸らそうとしてくれているようだ。
「……」
ユーシャはシュテルの方を一瞬見やるも、すぐに視線を逸してしまった。直視したら取り込まれると察したのかもしれない。私への怒りを意図的に燃やそうとでも言うかのように、増々強い視線で睨みつけてきた。
「「ユーシャ……」」
パティとディアナは何かを言いかけたものの、ユーシャの気迫に押されて結局口を閉ざしてしまった。
レティはロロの口を塞いでいる。空気を読まずに何か言いかけていたようだ。むしろ何か言って空気をぶち壊してほしかった。でもナイスだレティ。この状況でロロが好き勝手喋れば絶対碌な事にはならんからな。
「もう。ユーシャ。何でそんな態度なの? もしかして嫉妬してる? けどユーシャも今日からお姉ちゃんでしょ? 妹には優しくしないとダメだよ?」
空気をぶち壊しながらユーシャとシュテルに近づくシルビア。そのままシュテルを背後から抱き上げて、ユーシャの視界を塞ぐように強制的に視線を合わせさせた。
「えへ~♪ おね~ちゃ~♪」
嬉しそうにユーシャに抱きつくシュテル。ユーシャも流石に少し面食らったようだ。咄嗟にシュテルを受け止めて、そのままシルビアが手を離した事で、慌ててしっかりと抱きしめた。
「おね~ちゃ~やわ~♪」
どうやらシュテルはユーシャのお胸がいたくお気に召したようだ。少しだらしがないくらいの緩んだ声音でとろけている。さぞやお顔もとろとろになっている事だろう。
「ユーシャ。今日はシュテルをお願いね。学校の事は気にしないで。私一人でも大丈夫よ。心配要らないわ。それでエリクとディアナは予定通りデートに行ってきて。レティ達は二手に別れてそれぞれのフォローをよろしくね」
パティは早口でそう告げると、パンを一つ掴んで駆け出していった。どうやらこの隙に一人で登校するつもりらしい。流石に強引すぎやせんだろうか……。
そんなパティの行動にユーシャは再び眉を顰めたが、シュテルを投げ出して追いかける事はせず、観念したように朝食の席についた。
「ユーシャ。あの、な?」
「……」
私の言葉には答えるつもりがないようだ。こんな状態で本当にディアナとデートに行ってよいものなのだろうか。と言うか気になって楽しめんぞ流石に……。
「……夜まで待って」
ユーシャも同じ事を思ったのか、諸々堪えながら絞り出すように一言だけそう告げてきた。今日はディアナを優先しろという事だろう。それまでに自分の中で渦巻く感情を処理しておくと言いたいのだろう。きっとユーシャ自身もよくわかっているのだ。今感じている嫉妬心は衝動的に誰かにぶつけるようなものではないのだと。
「ありがとう。ユーシャ」
ディアナは全てを見抜いたように、愛おしげな声音で感謝を伝えた。
「もうパトったら。私まで置いていくこと無いのに」
シルビアは状況がわかっているのかいないのか、マイペースに朝食を食べ始めた。それを見たディアナも後に続く。
メアリがシュテルの分をユーシャの側に移し、ユーシャは隣にシュテルを座らせ、パンを小さく千切って食べさせてくれた。
「お~し~ね~♪ おね~ちゃ~♪」
「……うん。美味しい。
けど食べながら抱きついちゃダメ。行儀悪い」
「あ~い!」
よかった。この様子なら大丈夫だよね。きっと。たぶん。




