03-08.孤独の幻影
「ぱぁ~ぱぁ~! ぱ~ぱ~!」
「うぐ……むにゃむにゃ……」
「ぱーぱー! むぅー!! すぅ~~パパァッーー!!!」
「なっ!? 何だ!? 何事だ!?」
誰かが叫ぶ声で叩き起こされた。何故だか胸の辺りが酷く窮屈な感覚もある。だがそれも当然の事だろう。何せ実際に圧迫されているのだから。私の上に跨る幼女によって。
「……?」
誰だ? 見覚えの無い幼女だぞ? パティの妹か?
いや、パティは末の妹という話だったな。ならば弟か? 幼い弟が一人居ると言っていたな。だがこの子はどう見ても女の子だ。そうと一目でわかる愛らしさだ。おそらくきっと間違いない。
あれ? パティは? まだ起きておらんのか? こんなすぐ近くで大声がしたのに……って、ああそうか。昨晩私は一人で寝たのだったな。
何時もの部屋はパティとディアナとメアリに譲ったのだ。そしてユーシャはシルビアの部屋で寝ると言い出した。スノウとミカゲは何時も通り二人一緒だ。そしてレティとロロも各自の個室だな。今回ばかりは潜り込んでもいないようだ。二人ともユーシャの逆鱗には触れたくなかったのだろう。
まだ完全には許してくれていなかったユーシャの手前、スノウを抱き枕に指名する事もできなかった。結局これも罰と思い、昨夜は一人寂しく枕を涙で濡らしていたのだ。
まさかこの幼女は私の孤独が生み出した幻覚か? どことなく幼きユーシャに似ているか? いや、似てないな。別人だ。この子も中々の美幼女だが私のユーシャ程ではないな。
「むぅ~~~!!」
私の失礼な考えを見抜いたのか、ぽかぽかと小さな拳を叩きつけてきた。可愛い。
「すまん。すまん。お前は賢いな。いったいどこの子だ? 名前は言えるか?」
「ちゅえ~!」
なんて?
「すまん。もう一度言ってくれるか? 上手く聞き取れなかった。今度はゆっくり喋ってみておくれ」
「ちゅ~え~!」
「チエちゃんと言うのか?」
「ちがーのー! ちゅーえー!」
「チューエ?」
「むぅ~~~!!!」
またもポコポコ始める幼女。中々短気な子のようだ。レティの関係者か?
「せーちょ! の! ちゅーえー!」
なんだ? 何を言っているのだ?
せーちょ? え? まさか? え?
「……聖女の杖か?」
「むっふ~♪」
見事なドヤ顔だ。可愛い。
いや、それどころじゃなくて。
自らの手首に目を向けると、そこにあった筈の腕輪は忽然と姿を消していた。なんか普通にショックだ。見た目も気に入っていたのに。いやホント、それどころじゃないんだけども。
「むぅ……」
あれ? 落ち込んでる?
もしかしてこの子私の思考を読んでる?
あれか? 聖女の杖としての特性か?
使用者のイメージを読み取る力の応用か?
「むっふ~♪」
どうやら正解らしい。再びドヤ顔で示してくれた。
「ところでものは相談なのだが」
「むぅ~~!!!」
聞く前に断られてしまった。
どうやら腕輪に戻るつもりはないらしい。
はてさて。どうしたものか。
これではまたユーシャの機嫌を損ねてしまうことだろう。かと言って無理やり言う事を聞かせるのも難しそうだ。どうやら決定権はこの幼女にあるらしい。まさか杖が自意識を獲得するとは夢にも思わなかった。
いや、それにしたって幾ら何でも万能過ぎるだろ……。
ディアナの身体を作り直せたんだから、身体を生み出せる事自体は不思議でもないのかもしれない。
もしや幼女の姿となったのは魔力量のせいではないか? 試しにもう少し魔力を流せば成長するのか? 成長すれば話しが通じるか? 一時的にでも腕輪に戻ってもらえるよう交渉出来るか? だけどそうなるとは限らんぞ? 大量の魔力を得た幼女が好き勝手振る舞い出すかもしれんぞ?
それはあまりにも危険過ぎる。となると眷属にするのも難しいか。そもそも魂が存在するとも限らんのだ。下手に魔力を流すべきではないな。
「むぅ~~」
いかん。また機嫌が悪くなってきた。あまり騒いでいればパティ達も起きて乗り込んでくるだろう。幸いまだ朝とも呼べぬ時間だったようだ。今ならまだ対応出来る筈だ。
少しでも騒ぎが大きくならず済むよう何か策を考えよう。その為にも先ずはこの子と仲を深めておくか。私の希望も聞き届けてくれるかもしれん。
「ぱぁ~ぱぁ?」
「まさかそれは私の事か?
何故パパなのだ? せめてママと呼べ」
「まぁま?」
「そうだ。それで……いや待て」
「ママぁ!」
あかん。認知してしまった……。
まあ今更些細な問題か。この状況ではな。
「そうだ。お前の名前も決めねばな。
杖と呼び続けるわけにもいくまいし」
「えへ~♪」
めっちゃ嬉しそう。うちの娘賢い。
なんかだんだん愛おしさすら湧いてきたな。こんなニコニコ顔向けられたら誰でも一発KO間違い無しだろ。
だから仕方がないのだ。やむを得ない事なのだ。きっと皆もこの幼女を見て元の腕輪に戻せとは言うまいよ。どうしてこうなったのかはわからぬが、起こってしまった事は仕方がない。せめて険悪な空気にならぬようにだけ努めよう。
最悪ユーシャがもう一日機嫌を損ねるかもしれんが、きっと近い内に仲直りしてくれる筈だ。そう信じてもう少しだけ頑張ろう。
……やっぱりやだなぁ。早く仲直りしたいなぁ。
「まぁま?」
あかん。どうやら不安にさせてしまったようだ。気をつけねば。この娘は私の思考を覗けるのだ。
しかし幼さ故に理解しきれていないのか、或いは表層だけを読み取っているのか定かでは無いが、どうやら完全に心を読み解いているわけでもないらしい。
むしろ全て伝わるなら話も早かっただろうか。一時的にでも姿を変えてもらえればショックを少なく出来ただろうか。
いや、どの道時間の問題か。腹を括るしかあるまい。
「よし。決めたぞ。お前の名前は……」




