03-07.悲願の成就
「始めるわよ」
「ええ。お願いね。パティ」
ディアナの前で杖を掲げるパティ。こうして見ると聖女と言うより魔女だな。今も制服姿だし。何時も通りよく似合っている。
「エリク。変なこと考えてるでしょ。視線がやらしいわよ」
「集中力が足りんようだな」
「エリクのせいでしょ。今は茶化さないで」
そんなつもりはなかったのだが。
「集中しきれば私の視線なんぞ気にならなくなるはずだ。パティは緊張しすぎなのだ。自信が無いなら時間を置くのも手だぞ」
幸いディアナの体調は安定しているのだ。焦って今すぐに治療をおこなわずとも数年は余裕で保つだろう。
「大丈夫よ。お陰で緩んだわ」
それは何より。
パティは一度深呼吸をしてから、再びディアナに向かって杖を掲げた。
「今度こそよ」
「ええ」
杖が光を放ち始めた。パティの願いを聞き届け、ディアナの身体を健康なものへと変えていく。
結果が出るまでに然程時間はかからなかった。その変化は一目瞭然だった。ディアナの身体は目に見えて肉付きが良くなったのだ。最近は随分と体力もついていたが、それでも精々半年の成果だ。長く病を患っていた少女の身体はそれとわかるものだった。しかし今は違う。年頃の少女らしい健康的な肉体だ。今すぐ走り回る事だって出来るだろう。
「少し大きくなったかしら?」
先程までは付いていなかった少しだけ豊かな自分の胸を揉みながら真っ先にそんな事を呟くディアナ。
「おかしいわ! エリク! 私なにか失敗したのよ!
こんな筈無いわ! 私達は絶対大きくならない筈なの!」
パティはパティで何故か錯乱している。よっぽどショックが大きかったようだ。自分と同じ持たざる者だと信じていたディアナの裏切りが。
いやまあ、本当は色々と込み上げてきたものを誤魔化そうと悪ノリしているだけだろう。既に一人我慢できずにディアナに縋り付いて泣き出した者もいるくらいだ。長くディアナの快復を一心に願ってきた者達にはそれだけ大きな衝撃だったのだろう。勿論私も例外ではない。二人に比べれば期間こそ短いがな。
だからまあ、私もここは乗るとしよう。この悪ふざけに。
「落ち着け。ユーシャ達程じゃない。相対的には依然としてパティの同類だ。見てみろ。ユーシャもスノウもレティもロロも二人とは比べ物にならんだろう」
なんだったらシルビア未満だ。あの子もそう大きい方ではない。多分、パティ<ミカゲ<ディアナ<シルビア、って感じだろう。あれ? 案外バランス良いな? 我が家には小さい者もそれなりにいるようだぞ? シルビアくらいになると別に小さいわけでもないけど。ユーシャ達が大きすぎるだけで。
「そう言われるとなんだか中途半端な気がするわ。ねえ、パティ。もう一度願ってくれる? 今度はもっと大きくなるようにって」
「はっ! それよ! 私も願えば!」
「おい! やめろ! 盛るな! パティは私のお気に入りだと自覚しろ!」
「エリクは私の胸嫌いなんだ」
「ちがっ!? 違うんだ! ユーシャ!
それはそれだ! ユーシャのも大好きだ!」
「ほらやっぱり! エリクは大きい方が良いんじゃない! もう一度よ! 魔力貯めるわよ!」
「ダメだと言っておるだろうが! 落ち着け! 目を覚ませ! 貧乳はステータスだ!」
「貧乳って言った!! 貧しいって言ったぁ!!」
「いや! それは!」
暫くそんな調子で馬鹿騒ぎは続いていた。
----------------------
「調子はどうだ?」
「絶好調よ♪
自分の身体じゃないみたい♪」
実際その言葉通りだろう。あの杖はディアナの身体を殆どまるっと作り変えてしまったのだろう。今更ながら危険過ぎる代物だ。あまり乱用するべきではないのだろうな。パティの聖女活動の話も考え直すべきかもしれん。
「エリク。これ見て」
「なんだ? 杖がどうかしたのか? ……え? あれ? 解放形態のままなのか?」
「そうなの。まだ十分な魔力が残っているみたい」
そうか。そういう事もあるのか。念には念をと込めすぎてしまったのだな。と言うか問答無用で全部使い切っちゃうわけではないのだな。そこら辺、もっと融通が利かないものかと思っていたぞ。
一応ディアナの治療を行う前にパティがお試しで杖を使って魔力壁を生み出してみたが、その時は魔力消費量も極微々たるものだった。だから解放形態は当然維持されるものとなんとなくで納得していたが、ディアナの治療にはもっと多くの魔力が必要なのかと思い、これまたなんとなくで使い果たしてしまうのではないかと考えていたのだ。
もっと慎重にならねばダメだな。私もパティも浮かれ過ぎだ。こんな事にも思い至らずありったけの魔力を込めてしまうなど。これではなんの為に試したのかもわからんではないか。
「困ったな。このまま放置は出来んぞ。何か願いを叶えて使い切ってしまうべきだ」
「胸」
「ダメだ。認めんぞ」
「なら私が小さくする」
「それも認めんぞ。ユーシャ」
「私のをパティにあげる」
「もっとダメだ。本当にやりかねんぞこの杖は」
冗談抜きで移植されてしまいかねん。そうしたらパティも私と同じくキメラの仲間入りだ。身体の一部を切って貼るとはそういう事だ。
「もっと平和な願いは無いのか?」
「豊胸の何処が平和じゃないって言うのよ」
パティはなんだかんだと文句を言いつつも、勝手に願う事はしないようだ。実は満更でもないのかもしれない。これもちょっと悪ノリしているだけで。
「そうだ。その杖を小さくしよう。そのままでは嵩張るからな。腕輪か何かにして私が常に持っていよう。そうすれば誰かに悪用される心配もあるまい」
「聖女は私よ。私が持っているわ」
「その話は一度見直そう。この杖は我々の想像以上に危険な代物だ。それにパティにはあの魔力電池があるだろう。その杖を身に着けていれば魔力を吸われかねんぞ?」
結局篭手もちょろまかしておったろうに。あれで魔導杖を改修するつもりなのだ。その邪魔にもなりかねん。
「私に任せておけ。私ならその杖の暴走も抑えられる」
先程まで散々魔力を流し込んでいたからな。実験は既に十分だ。私の魔力で包んでやればこの杖は他の魔力すら吸えんのだ。これも油断か? いやまあ、流石に大丈夫だろう。
「……わかったわ」
少しだけ考えてから私の手を握るパティ。そのまま私の手首に杖を近づけた。
杖は再び光を放ち、私の手首に巻き付くように変化した。
「うむ。良いセンスだな。流石はパティだ」
「ありがとう。それにしても不思議ね。あの宝玉はどこに消えたのかしら?」
「さあな。だが魔力は未だ十分に込められている。どうやらこの状態でも機能に問題は無いようだ」
「わかるの?」
「なんとなくだがな」
なんとなくは良くないと思いつつも、ついついそんな返事をしてしまう。
「ならもう少し試してみない?」
「そうだな。念の為な」
「待って二人とも。
今は杖より私を見てほしいわ♪」
ディアナが何故かハイテンションでポーズをキメながら声を掛けてきた。更にユーシャとロロの希望に従って次々にポーズを変えていく。それをシルビアとレティが囃し立て、スノウとミカゲは邪魔な家具を動かしている。そしてメアリは大号泣だ。何時の間にかカオスな事になっていた。
「後にしましょうか」
「うむ。先ずはメアリを慰めてやらんとな」
「放っておいて大丈夫よ。嬉しくて堪らないだけだもの」
「パティは意外と反応が薄いのだな」
「まだ興奮が冷めきっていないだけよ。
後で布団に入った頃にでも反動がくるわ」
「ふっ。自分の事をよくわかっているな。
今晩は私が抱きしめてやろう」
「折角だけど遠慮しておくわ。
今日はディアナを独り占めしたいの」
「今日くらいはメアリに譲ってやらんか?」
「無理よ。耐えられないわ」
「ディアナの前で泣くのか?」
「やめて。そういう事口にしないで。今すぐ泣きそうだわ」
「なんだ。やっぱり我慢していたのか」
「意地悪エリク」
「たまに虐めたくなるのだ。
そして私一人で慰めたい。パティを独り占めしたい」
「ふふ♪ 酷い人♪」
「人でなしだからな」
「こら! エリク!
パティ口説いてないでこっち来なさい!」
「呼ばれてるわよ」
「パティは……まあ後から来るが良いさ」
「……うん♪」




