03-05.娘と妹
ニコライと二人で黙々と掃除を続けながらユーシャの視界を覗き見る。
今は授業中だ。ユーシャの視線は真っ直ぐ教師へと注がれている。授業を真剣に聞いているのだろう。今朝の事は引きずっていないようで何よりだ。
と思ったら、視線を手元のノートに落として何やら書き込み始めた。
(見るな。バカエリク)
気付かれてた……。
こっそりやったつもりだったのに……。
ちょっと前まで私が魔力を流しても全然感知出来なかったのに随分と感覚が鋭くなったものだ。少し感心。
(すまん……)
取り敢えずユーシャの文字の下に書き足してみた。
なんだかチャットでもしているみたいだ。
(何かあったの?)
(なにも……いや、少しな)
(パティに用事?)
(その件は後で構わん)
(なら邪魔しないで)
やっぱりつっけんどんだ。
何か楽しませる方法は無いだろうか。
いや、本当に邪魔しちゃダメなんだけども。
でもそれでも、ユーシャと仲直りしたいのだ。私にとってなにより大切な事なのだ。せめてその取っ掛かりだけでも……。
(ユーシャはどこに行きたい?)
(何の話?)
(デートの件だ)
(ディアナの参考にするの?)
(違う。ユーシャの番の話だ)
少し考え込むユーシャ。
(後にして)
よかった。そんなの必要ないとか言われなくて。
仲直りしてくれるつもりではあるらしい。
(そうだな。すまぬ。邪魔をした。
大人しく帰るのを待っているよ)
(うん。あとでね)
ユーシャとの繋がりを最小限に留め、クシャナの身体に意識を戻す。
「誰と話していたのだ?」
ニコライが問いかけてきた。私の意識が他の誰かに向いていたと気付いらしい。目敏い男だ。
「娘だ。最愛のな」
「なん……だと?」
あれショック受けてる?
「……娘がいたのか?」
「うむ。言っていなかったか?
幼子の頃に拾い、今に至るまで育ててきたのだ。
可愛い子だぞ。誰にもやらんがな」
厳密には拾われたのは私の方だが。
まあそこはお互い様だ。言いっこなしだ。
「そうか。義理の娘か」
今度はホッとしてる?
いや、何か複雑そう?
え? こいつもなの?
いや、そんなわけがない。ニコライは妹を溺愛している。妹の想い人に横恋慕なんぞする筈がない。
パティの伴侶になろうとしている私が子持ちだからか?
何か不安にさせてしまったのか?
「妖精族は人間とは違う。
元より直接子を成すわけではない」
まああれだよ。霞から産まれるというか。
清らかなお花畑とかにポッと湧き出るというか。
何かそんな感じの設定で行こうと思うのだよ。うん。
「だから義理云々とかいう価値基準は持ち合わせていない。
その意味は理解しているがな」
誰が何と言おうと、ユーシャは我が娘だ。そしてかつて他に伴侶がいたとかでも無いから安心しろ。私はユーシャとパティとディアナに一途だ。一途の使い方間違ってる? 良いんだよ。細かい事は。
「そうか……」
あかん。何考えてっか全然わからん。
なんだかんだと意気投合してしまったが、そもそも我々は付き合いが浅いのだ。浅すぎるのだ。何せ、決闘後の勢いで飲みに行っただけなのだ。少しばかりチンピラと地下組織を伸しただけなのだ。あれ? 十分濃くね?
いや、期間にしてはたったの一晩だ。お互い酒が入っている時ならともかく、平常時の思考パターンなんて知れる程の関係性ではないのだ。わからなくて当然だ。
「なにか気になる事があるのか?
やはり妹は任せておけんと?」
「……パトリシアの人生だ。俺がどうこう言う事ではない」
この反応は当たらずも遠からずって所か?
「あの子は随分とお前に懐いているな。
昔からああなのか?」
「……うむ」
ちょっと嬉しそう?
やっぱり気にしているのはパティの事で間違いないようだ。
「ニコライはもしかして子供が好きなのか?」
「……」
「いや、変な意味ではないぞ。
フラビアの事もよく覚えていたようだからな。
幼子に慈愛の感情を抱くのは良い事だとも」
「そうだな」
それはどちらへの同意?
「……」
「……」
あかん。何か会話が途切れちゃった。
いや、いいか。今は罰掃除の最中だ。
黙って手を動かそう。そうしよう。
「エリク。お前はどうなのだ?」
ニコライの方から問いかけてきた。
「どうとは?」
「抱いているのは慈愛だけか?」
「……」
何その質問……。
少なくともニコライは私とパティが婚約者である事は知っている。既にパティは幼子という年齢でもないが、ニコライにとっては今だ小さく愛しい妹でしかないのかもしれない。
「私にとってパティは成熟した女性でもある。確かに未だ幼い部分も残ってはいるが、少なくとも私はパティを子供と認識しているわけではない」
強いて言うならその間って所かしら。
「……そうか」
なんだろう。何か満足の行く答えではなかったようだ。けどこれ以上続ける気も無いらしい。いったい何が知りたかったのだろうか。やはりわからんな。ニコライの考えは。