03-01.酒は飲んでも飲まれるな
「さて、エリク。申し開きを聞かせてもらいましょうか」
「いや! 違うんだ! 聞いてくれ!
決して疚しい事なんぞは無くてだな!」
「言い訳は結構よ。私はただ説明してほしいだけ。こんな時間にコソコソと帰ってきて、いったい今まで何をしていたのかをね」
「コソコソなんて! 私はただ皆を起こしたら悪いと!」
「エリク。これは言うまでも無い事だけど、無断で朝帰りをキメた時点で情状酌量の余地は無いの。断罪決定よ。後はどれだけ私の心象を良くするかよ。これ以上言い訳するなら問答無用で刑を執行するわ」
「はい……すみません……」
全ての経緯を説明するとなると、先ずは昨日の昼過ぎまで遡る事になる。
そう。この度めでたく約束の期間が満了したのだ。陛下はすぐさまお触れを出してくれた。私達への干渉を控えるようにと。
効果は絶大だった。屋敷の周囲をたむろっていた第三王子一派と王宮魔術師達の姿はパタリと途絶えたのだ。これでようやく平穏が訪れた。
そしてその代わりのようにフル装備の第二王子がやってきた。案の定、近衛騎士団長も一緒だった。こちらはアロハ姿だったけれど。
「ちょっと? 何で二兄様まで名前で呼んでるのよ?」
「少し待っていておくれ。まだ話の途中なのだ」
これからその話もするから。
第二王子の目的は私との決闘だ。パティがそう約束したからな。全てが終わったら一騎打ちを受けると。約束する代わりに手を引いてもらっていたのだ。だから私は当然これを受け入れた。
生憎パティ本人はまだ学園だった。平日の真っ昼間だからな。致し方あるまい。パティは休学が明けるなり喜び勇んで学園に駆け出していった。皆に会いたくて堪らなかったのだろう。
「そう言えば学園はどうだったのだ?」
「聞かせてあげないわ。私ショックだったんだから。沢山話したかったのに帰ったらエリクいないんだもの」
「すまぬ……」
「話を続けなさい」
「うむ……」
まあ、なんやかんやあって決闘は私の勝利に終わった。ニコライもいい線いっていたがな。一時的に返却した例の篭手も上手く使いこなしていたし。何より剣一本で向かってくるベルトランとは違って、肉弾戦だけでなく高火力の魔術もバンバン放ってくるのだ。あれはあれで迫力があるものだ。
それでまあ、なんやかんやとあって友人となったわけだ。我々は。そのまま流れで町に繰り出し、かつてベルトランの行きつけだった飲み屋で飲み始めたのだが……。
「まさか? そこからは覚えていないと?」
「いや、違うぞ? 私は酒に飲まれてはおらんぞ? ただちょっと面倒な連中に絡まれたのだ。それでベルトランとニコライと一緒に返り討ちにしたのだ。本当に軽く捻っただけだがな。何せ我々はこの国のトップスリーだ。あまり本気を出すのも大人げないと言うものだ」
「わざと話を逸らそうとしているの?
あとサロモン様のこと忘れてない?
トップスリーは疑義があるわ」
パティも好きだよね。そういう話。けど今は話を戻そう。このまま脱線してると怒られるし。
「まあそこまでは良かったんだがな。むしろそこで切り上げておけばよかったのだがな……」
「ハッキリ言いなさいよ」
そうだなぁ。その後の事はどこまで話したものか……。いいや。全部話しちゃおう。仕方ない。
「そやつらはただのチンピラではなかったのだ。いや、本人達はただのチンピラなのだが、その裏に潜んでいた者達が厄介だった。我々はその本拠へと乗り込んだのだ」
「お酒の勢いで?」
「うむ……まあ、そんなところだ」
「本拠とやらは?」
「勿論壊滅した。跡形もなく」
「その後は?」
「報告に上がったのだ。城に」
「それで?」
「ついさっきまで叱られていた。
二度とベルトランに酒を飲ませるなと。
陛下自らキツく言い含めてきた」
「どれだけ徹底的に壊滅させたのよ?」
「ペンペン草も生えないくらい」
「根こそぎじゃない!
バカなの!? 揃いも揃って!?」
「同じ事を言われたぞ……。陛下にも」
「当たり前でしょ!! 王都で暗躍する地下組織なんてちゃんと捜査しなきゃダメじゃない! 証拠も残さず壊滅させるなんて大失態よ! 叱られて当然じゃない!」
でも別に何らかの任務を請け負ったわけでもないし……。いえ、すみません。なんでもないです。ちゃんと反省してます。
「何が疚しい事はしていないよ。疚しい事だらけじゃない」
「仰るとおりです……」
「エリクもお酒は禁止よ。
あなたきっと思い込みで酔えるのよ。
実際に見てないから確信は無いけど」
いえ、多分正解です。
今の私の身体は魔物のキメラだが、この身体には本来備わっていない機能まで再現されているらしい。おそらく魔力の作用だろう。この世界の魔力にはそういう特性がある。たぶん。
実際、お酒をたらふく飲んだ時は随分と心地が良かった。あれも今考えると酔っていたのだろう。もうすっかり覚めてしまっているが。
「もう二度と致しません」
「沙汰は追って下すわ」
え? 禁酒以外にも?
「不満でも?」
「ありません」
「なら少しでも寝ておきましょう。
まだ皆が起きてくるまでには時間もあるわ」
「まさかパティ、ずっと起きて待っていてくれたのか?」
「当たり前じゃない。エリクが全然反応しないんだもの。
ユーシャ達もカンカンよ。どうにか寝てくれたけど」
「すまん……」
「よっぽど楽しかったみたいね。兄様達との飲み会は」
「一応屋敷の守りは」
「知ってるわよ。蜘蛛達が守ってくれてるのは。そんな事はどうでも良いのよ。眷属達とは何時でも繋いでおきなさいよ。こっちから連絡する手段なんて他に無いんだから」
「すまん……次からは気をつける……」
やはり酔っ払っていたのだろう。こんなに長い時間連絡もしなかったのはどうかしていた。気が緩みすぎていた。色々と心配がなくなったのも大きいのやもしれん。
「ほら、もう終わり。
さっさと寝ましょう」
ユーシャとディアナの眠る私達の部屋には戻らず、近くの空き部屋に入るパティ。私の手を引いてそのままベットに潜り込んだ。
「少し冷えるわね」
「そうだな。ここは普段使われていない部屋だからな」
私達の人数に対してずっと大きな屋敷だからな。空き部屋も結構な数があるのだ。屋敷のメイド達が清潔に保ってくれているお陰でこうして何時でも使える状態ではあるのだが。
「だからほら。しっかり抱きしめて」
「うむ」
「やっぱり傷一つ無いのね」
「今日は元より傷なんぞ負っておらんぞ」
前回はベルトランに腕を深く切られてしまった。しかしあれはパティが直すまでもなく自然にくっついていた。
たぶんこれも私の魔力が原因だろう。どうやらこのキメラの身体には自然治癒力まで備わっているらしい。制作者達にも想定外の事ではあるけれど。
「二兄様相手に完封勝利してしまったのね。
それは気に入られるわけだわ」
「流石に完封とまではいかんさ。
危うい時も何度もあった」
「やるわね。兄様」
「流石はパティの兄上だな」
「ふふ♪ おべんちゃら使ったって許してあげないわ♪」
「それは残念だ。ユーシャに叱られる時に庇ってほしかったのだが」
「ダメよ。真摯に受け止めてしっかり反省なさい」
「うむ。そうだな。そうしよう」
パティは結局あっさりと許してくれた。更にはこうして私の冷えた身体を温めてくれている。後の事を考えると目覚めは少し怖いけど、これならすぐに眠れそうだ。