02-71.終幕
「はぁ~~~」
「なんだ。朝っぱらからため息ついて。景気悪い。
また演説の事でも思い出しているのか?」
「うぐっ……違うのよぉ……」
「なんだいったい。何があった?」
「パティが聖女として祭り上げられているんです」
ぐでぐでパティに代わって、レティが答えてくれた。
「聖女? 何故だ? 誰がそんな事を言いだしたんだ?」
「新聞社が広めているようです。
間違いなく何者かの手が入っていますね。
意図的な情報操作です」
パティが握りしめてぐちゃぐちゃになった新聞を差し出してきた。なるほど。これを見て落ち込んでいたのか。
「まさかこれも敵の工作か?
また攻め込んでくるつもりなのか?」
折角平和に数日過ごしていたのに。
精々王宮魔術師達が魔力壁の実験に来るくらいで。
いやまあ、あれも鬱陶しいんだけどさ。
次は簀巻きにして吊るしてしまおうかしら?
蜘蛛達も張り切ってたし。
「いえ、どちらかと言うと事後処理の一環ではないかと。今回の騒動の顛末を聖女と結びつける事で平和的に処理したいのではないでしょうか。『売国王女襲撃』という見出しより、『新聖女爆誕』の方が受けも良いですから」
どっちもどっちじゃない?
ああ。パティや騒動の事じゃなくて、これを画策した者達の話しか。やつら、無実の王女をひっ捕らえようとしたのではなく、聖女を見出して呼び出したって体にしたいのか。あの騒動を聖女の粋なパフォーマンスだったとする事で矛先を逸したいのか。
流石に無理がない?
と言うか面の皮厚すぎない?
「安直だな」
「ですね。どうせパティがあの杖を持っていたから思いついたとかそんな理由でしょうし」
追い詰められすぎだろ。あんな周到な追い詰め方してきた奴らと同一人物とは思えんな。と言うか、パティの部屋に忍び込まれた件を追求していなかったな。今からでももう一度乗り込んでこようかしら?
「そう言えば何故パティが持っていたのだ?
あれはユーシャに預けておっただろう」
なんかサマになってたからあの時は気にしなかったけど。杖を握り、堂々と皆を扇動、もとい、先導するパティの勇姿は中々のものだった。この世界に映像媒体が無いのが惜しいくらいだな。せめて写真くらいは欲しいものだ。
まあ、この新聞の挿絵もよく描けてはいるが。絶対現地に新聞屋いただろ。それも黒幕達のお抱えのが。奴ら、無実の罪を着せた挙げ句、それを喧伝するつもりだったのだろう。
陛下の怒りを感じ取って捨て置いたのは失敗だったな。もっときっちり仕返ししておくべきだったかもしれん。
「ユーシャから渡されたの。たぶん必要になるからって」
何か直感が働いたのだろうか。こちらとしても売国王女なんて呼称されるよりはマシだものな。ナイスだユーシャ。
「良いではないか。この程度なら。
なんなら聖女として動いてみるか?
魔力なら私が用立ててやる。皆の役に立てる良い機会だ」
「エリクは前向きね。確かに良い考えかもしれない。
大義名分を得たと思えば。それも」
「お姉ちゃんもサポートします♪」
「ありがとう。レティ」
もうすぐ約束の時だ。
この一ヶ月は本当に慌ただしいものだった。
こうして思い返してみると少しは寂しく……ならんな。
それにまだ第二王子との決闘も残ってるし。
あとは家族もだいぶ増えたからな。考えねばならん事も多いのだ。
ユーシャはまたパティと一緒に学園に通うのだろう。きっと休学明けすぐだ。パティも学園に行きたくてウズウズしているし。残り数日、出来る限りを一緒に過ごすとしよう。
パティは言わずもがなだ。あれ以来眷属の事を言ってこなくなったが、何れはその辺りの事も話し合わねばな。きっと今のパティなら大丈夫だろう。とは言え、パティの件を進めてしまえば次はディアナも望むだろう。眷属化については慎重に進めていきたい。と言うか、やはり私の本音としては眷属化したくはないのだ。色々今更な感も否めはせんが。
ディアナとはデートの約束をしていたな。もうすぐその約束も果たせそうだ。後は残り少ない編入試験までの時間を勉強に費やす事になるだろう。私もしっかり見守るとしよう。
そして最も忘れてはいけないのがディアナの治療の件だ。騒動が落ち着いたら杖を使ってみよう。なんだか今なら普通に制御出来そうな気もするからすぐ試してみても良いのだけど、まあここまできたからな。焦らずもう少しだけ待つとしよう。
スノウとミカゲは相変わらずだ。特に言う事は無いな。
レティは結局辞表を受理してもらえなかったようだ。未だに王宮魔術師としての席は残っているらしい。なんなら正式に辞令まで出たそうだ。現在は筆頭王宮魔術師補佐の地位を退いて、出向扱いで私達を見守る立場になったのだと言っていた。これは爺様の計らいだろうか。やっぱ甘やかしすぎじゃね? まあ、私にとっても都合は良いけれど。それにレティはもう私のものだからな。元より手放すつもりはないのだ。
シルビアは今後もこの屋敷で暮らし続ける事になった。卒業後もパティが面倒を見るつもりのようだ。
そろそろ冒険者以外の事業も始めるべきかもしれん。パティのポケットマネーで養うには人数も増えすぎた。それに実態としては公爵閣下の世話にもなっているわけだし。安定した稼ぎも無いのに勝手に増やし続けるのはマズいだろう。
私も何か出来ると良いのだが。何か仕事を探してみよう。
シルビアと言えば、結局陛下が目をつけた理由も聞きそびれてしまったな。今度爺様かベルトランと会った時にでも探ってみよう。彼らなら何か知っているかもしれん。
ロロはメイド見習いとして毎日楽しそうだ。代わりにメアリは何やら頭を抱えていたが。どうやら然程器用なわけでもないようだ。それでも仕事は人一倍真面目にこなすロロに悪い印象も無いようだけど。なんなら気に入ってはいるのだと思う。ユーシャやミカゲと同じだな。なんかごめん。
ロロの前職の件も気になるな。いずれまた干渉してくるのだろうか。面倒に巻き込まれるのは遠慮したいところだが。まあ、今から悩んでも仕方あるまい。国の方でも何かしら調べているかもしれんし。
この件もベルトランあたりに聞いてみよう。どうせ第二王子との決闘には顔出しそうな気がするし。なんなら酒の席にでも誘ってみるか。止められているとは言っていたが、あの様子ならば嫌っているわけでもあるまい。精々国の秘密を喋ってもらうとしよう。その為なら少しくらい酌でもしてやろう。なんだかんだと世話にもなったからな。貸し借りは早めに精算しておくに限る。
「むっ? 浮気の気配?」
パティがムクリと起き上がった。
何故か私とベルトランの仲を疑っているようだ。解せぬ。
「なんだ藪から棒に。
誰もそんな事しとらんだろう」
「あ~や~し~い~」
「取り敢えず、その誰かもパティにだけは言われたくないと思うぞ」
「私は浮気なんてしないわ!
ちゃんと頭下げて許可貰うって決めたもの!」
まったく。開き直りおって。
「あまりユーシャ達を困らせるな。
それに先ずはシルヴィーの事を考えてやらんか」
「違います! エリクちゃん!
お姉ちゃんが先です!」
「レティは私の所有物だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「それもいいですが! でもやっぱり物足りません!」
「ならば皆のお姉ちゃんだ。
良かったな。大勢の妹が出来て」
「それも悪くないですね……いえ! 騙されませんよ!」
人の欲望とは斯くも際限の無いものなのか。
以前はこれで満足していたと言うのに。してたか?
「何にせよ、焦らずゆっくりだ。
どうせもう一年は進展も無いのだし」
「健全なお付き合いですね」
言う程健全だったか?
ハーレム増えてるよ?
「ですが、エリクちゃんは大切な事を忘れています」
「大切なこと? はて?」
「私は皆さんより少しだけ年上なのです。
あっという間におばちゃんになっちゃいます」
「言うてもまだ十九だろ?」
「一年後じゃ二十歳になっちゃうんです!」
そりゃそうだろ。
わざわざ力強く言う事じゃない。
「レティでも気にするのだな。そういう事」
「なっ!? 失礼ですよ! エリクちゃん!!
お姉ちゃんをなんだと思っているのですか!?」
「悪かった。口が過ぎた。よかろう。私も協力してやる。
レティがユーシャやディアナに受け入れられるようにな」
「本当ですかぁ!?
ありがとうございます! エリクちゃん!」
「良いの? そんな安請け合いして」
「まあなんとかなるだろ。ユーシャもすっかり懐いてるし」
「ユーシャの場合、それはそれじゃない」
まあそうなんだけどさ。
でもまあ、やっぱり時間の問題だと思うし。
「それより、パティ。
お前の方こそ大丈夫なのか?
復学すれば猛アタックがくるらしいぞ?」
「まあなんとかなるわよ」
同じ事を言いおって。
「なんで嬉しそうなの?」
「別に。なんでもないさ」
「まだまだ賑やかになりそうですね」
「私達はいったいどこを目指しているんだろうか」
「急に冷静になって何言ってるのよ」
「思えば随分と遠くまで来たものだ」
「そう言えばエリクとユーシャが出会った国の事は聞いてなかったわね。二人はどこから来たの?」
「……」
「エリク?」
「いずれ話してやるさ。ユーシャと共にな」
「それもそうね。
折角ならユーシャ視点の話しも聞きたいし」
「お姉ちゃんも気になります!」
私もまだまだ知らない事ばかりだ。
皆の過去も少しずつ聞いてみるとしよう。
焦らずゆっくりとな。
きっと長い話になるだろうからな。