02-69.愛の証明
「スマン。パティ。傷をつけてしまった」
「もう。バカね。その程度で済んで良かったわ。
後で直してあげるから気にしないで。
今はこれでも巻いておきましょう」
決着後、魔力壁を解いて真っ先にパティに謝ると、何故だかやたらと上機嫌で迎えてくれた。そして私の腕の傷を隠す為に、優しい手つきでハンカチを巻き付けてくれた。
「怒らんのか? 私も無茶をしてしまった。
パティにも散々偉そうに言ってしまったのに」
「ふふ♪ なに気にしてるのよ。
あれしか選択肢はなかったでしょ。
むしろよくやってくれたわ。最高の結果よ。
ありがとう。エリク」
「うむ。まあパティの為だからな。
これくらいなんとも無いとも」
「私だけの為に戦ってくれたの?」
「ああ、いや、それは……その……すまん」
「なにがよ?」
「私自身も楽しんでいた。
あの闘いは自分の為でもあったのだ。
勿論、パティの為というのも本心なのだが」
「……ふふ。そうね。楽しんでいたものね」
「パティ? やはり気に触ったか?
違うのだぞ? 私は」
「ううん。そうじゃなくて。
ありがとう。エリク。
大丈夫。エリクの気持ちはわかってる」
「そうか……うむ。ならば良い。
今度こそこの馬鹿騒ぎを終わらせに行こう」
「ええ♪」
パティと二人で連れ立って、今度は学園長の下へと歩み寄る。
「これで皆様を守り通せると証明出来ましたでしょうか」
「はい。間違いなく。
妖精王陛下のご勇姿はこの場にいる全員が見届けました。
我々も同行致しましょう。パトリシア殿下の御為に」
跪く事こそ無かったが、明確な敬意を示してくれた。
これはこの学園だからと言うより、第十八王女の派閥として正式に組み込まれてしまうのは都合が悪いからだろう。この学園に勤める教師達はともかく、生徒達の親の中には当然パティと敵対派閥、或いはそれらに縁のある者達もいるはずだ。後々問題にならないようにという配慮があるのだと思う。学園長がそういう行動に出ると皆も続きかねないし。
そもそもパティ自身も別に配下が欲しいわけじゃない。ただその無実を証明する説得力として力を借りたいのだ。パティに反意が無いと証明する為の手続きだ。彼らにはパティが信頼に足る人物と証言してほしいのだ。これは雪冤宣誓だ。この国にそのような制度は無いかもしれないが、十二人どころではない人数が集まっているのだ。これでは文句もつけられないだろう。
「ありがとうございます。学園長様。
それでは参りましょう」
「待ってください! その前に私から!」
パティが少しだけ緊張した面持ちで先生方と生徒達、そして屋敷のメイドや仲間達に向き直る。
「皆様!」
全員に聞こえるようにと声を張り上げるパティ。決戦前に挨拶を済ませておくつもりのようだ。私は魔力壁で足場を作り、パティの身体を魔力手で抱えあげて壇上に移動させた。
「先ずは感謝を!
呼びかけに応じてくださり! 心より感謝致します!」
これは王女らしからぬ声明かもしれない。ただこの場に集まる者達の級友として、生徒として、共に暮す仲間として、国や王位と関係も無い一人の少女が声を張り上げているに過ぎないのかもしれない。
「そしてお詫びを!
大切な学びの場を乱したこと! 心より謝罪致します!」
人一倍努力家で、尚且つどれだけ多忙でも常に首席まで維持してきたパティだからこそ、その大切さを真に理解しているのだろう。
「私は愛しています!!」
パティ?
「この学園を! そこで出会った皆を! この国の民を! 共に暮す家族を! 今は離れて暮らす家族を! 父上を! 亡き母上を! 兄上達を! 姉上達を! 幼き弟を! 将来を誓った恋人達を! 私と出会ってくれた全ての人達を!」
……。
「そして今だ出会った事のない全ての人々を! 世界中の人々を! そしてこの世界を! 私は愛し続けたいのです!」
少女の告白は続く。気付いたばかりの何かを形にしようと必死に言葉を紡いでいく。
「私は怖いのです! 愛されない事が! 愛されなくなる事が! 必要とされなくなる事が! 忘れ去られる事が! 誰かの役に立てない事が! 何より堪らなく怖いのです!」
そうだな。
きっと皆が知っていたぞ。
パティがそう思っている事は。
パティ以外の皆がな。
もしかしたら母の治療が間に合わなかった事がトラウマとなっていたのかもしれない。だから努力し続けてきたのかもしれない。手を伸ばし続けてきのかもしれない。愛されるにはそれが必要なのだと頑なに信じ続けていたのかもしれない。自分の頑張りが足りなかったから愛してくれる人がいなくなってしまったのだと思い込んでいたのかもしれない。
きっとだからこそパティは何時でも必死だった。誰かを愛そうと、誰かの期待に応えようと、ただただ必死に努力を続けてきた。
きっとあの警戒心は一種の警告だったのだろう。これ以上は抱え込めないと心が悲鳴を上げていたのだろう。
誤魔化し癖もそう難しい理由は無かったのだろう。単に嫌われたくないから無難な事しか言わないのだ。自分の何が人に嫌われるかわからないから、一歩一歩恐る恐る足を踏み出していたのだろう。
「皆様は証明してくださいました! 私の無茶なお願いに多くの方が応えてくださいました!」
本当に多くの人達が集まってくれた。いつの間にやら数百人規模の集団になっている。どうやら私と騎士団長が決闘している間にも参加者が増えていたようだ。
「そしてエリク。あなたはまた私に勇気を与えてくれた」
私?
「到底勝ち目のない相手に挑んでくれた。
それを私の為だと言ってくれた。
全てを賭けて証明してくれた」
あれ? もしかして話聞かれてた?
魔力壁の防音不完全だった?
違うよ? 私はあんな賭け認めてないからね?
例え負けたって騎士団長の花嫁にはならなかったからね?
「そしてその覚悟はエリクだけのものではありません! ここに集まってくれた皆様にも言える事です! 私と共に城に乗り込む事がどういう事か皆様もご承知の事と思います!」
あ、なんか違うっぽい。
いかん。まだ大切な話をしているのだ。真面目に聞こう。
城へ乗り込んだ者達は常識で考えれば罪に問われる事になる。けれど彼らは信頼してくれた。私達が決してそんな事はさせないと。
いや、もしかしたらそれも関係がないのかもしれない。自らの進退がどうなろうとも、これまでパティが皆に示してきた親愛に応えようとしてくれているのかもしれない。
私が騎士団長に挑んだ時には勝てるかどうかなど考えなかった。勝つしか無い。だから戦う。そう当たり前に信じていた。きっとここに集まってくれた皆も同じなのだろう。パティが助けを求めているから手を差し伸べる。それ以外の理由なんて要らないのだろう。
「それは王国最強との一騎打ちに比肩する覚悟です! 皆様はそれだけの勇気と信頼を示してくださったのです! 私にもようやくそれが理解出来ました! 皆様の示してくれた親愛の途方もない価値にようやく気付く事が出来ました!」
パティは心のどこかで信じきれていなかった。自分についてきてくれる者などいないと思っていた。それがこうして逆の意味で裏切られたのだ。多くの者達がパティに手を差し伸べてくれた。
それがようやく孤独な少女の心にも届いたのだろう。
凍りつき、どれだけ周りから愛情を注がれても受け止める事が出来ずにいた心を融かしてくれたのだ。
「私は皆様を愛しています! 本当の本当に愛しています! これは今までのものとは少しだけ異なる感情です! 今度こそ見返りを求めた愛ではありません! 私はこの気付きをも愛おしく思います! これからもどうか! 私の! 私達の! 良き隣人として! 友として在り続けてください!」
「甘いわ! 甘すぎよ! パティ!」
聞き覚えのある声が返ってきた。生徒たちの先頭に立ったミランダ嬢が、パティにも負けない声量で言い放った。
「私達の愛を甘く見すぎよ! 皆誰かの一番になりたいの! そうやって努力し続けているの! これからもただのお友達でいましょうなんて通らないわ! ここに集まった内の何割かは今でもパティの一番になりたいと望んでいるわ! そして更に何人かは本気で努力を続けるわ! 覚悟なさい! 奪われたくなければ守り抜きなさい! パティもパティの一番を望み続けなさい! そうでなければ奪われるわよ! パティの一番を変えられてしまうわよ! 皆を愛しているなんて甘すぎよ! パティは皆よりずっと出遅れているのよ! 自覚して努力なさい! パティは得意でしょ! ずっと努力してきたんだから! 皆に好きになってもらえるようにって! だからこんなに集まったんだから! これはパティの四年間の努力の成果なんだから! そんな事は皆知っているわ! だから諦めないの! パティの競争率が高い事なんて皆覚悟の上なの! 残り四ヶ月、通えるかわからないけど! 残りの学園生活覚悟なさい! 皆死に物狂いで挑むんだから! 散々見せつけてくれちゃって! 妖精王だかなんだか知らないけど! 私達のパティを横から掠め取った泥棒猫には負けないわ! それと! 私も愛してるわよ! パティ!」
ミランダ嬢の言葉に続いて生徒達が口々に何かを叫び始めた。最早誰が何を言っているのかも聞き取れない。それでもパティは涙を滲ませながら笑い出した。
そんな馬鹿騒ぎは、見かねた学園長が止めに入るまで続いた。流石は学園長。場馴れしている。あっという間に皆を落ち着かせてしまった。
「出発だ」
「ええ。でもエリクも気をつけて。
何人か本気で恨んでるみたいだから」
思い出し笑いが込み上げてきたらしい。パティはクスクスと笑いながらそう告げてきた。
「パティこそ気をつけろ。
これ以上増やすのはユーシャが許さんぞ」
「ふふ♪ エリクも守ってね♪」
「それは火に油を注ぐってやつじゃないか?」
「近衛騎士団長より強いナイト様が守ってくれるんだもの。何にも怖い事なんて無いわよ」
本当にもう怖い事なんて無さそうな余裕っぷりだ。
まあでも、今は嬉しさが勝っているから良いがな。後で演説の内容を思い出して悶絶するのではなかろうか。それはそれで楽しそうだけど。私的には。悶えるパティを眺めながら笑い飛ばしてやろう。きっとそれも今は私達だけが独占出来る貴重なパティの姿だ。なんだか優越感すら感じるな。私の恋人人気者すぎだよね。ふふ♪
「浮かれすぎだろ」
「やかましい。出発するぞ。ベルトラン」
「ちょっとエリク! どういう事!?」
なんでもう怒ってんの?