02-66.魔導の弱点
「おいおい! こんなもんかぁ!
ペラッペラの壁なんざぁいくら作ったって意味ねえよ!
男ならステゴロでこいやぁ!」
「女だ! 私は! と言うかお主も剣を使っとるだろうが!
そこまで言うなら剣を捨てて素手でかかってこい!」
「そいつは聞けねえな!
騎士が剣を捨てるのは主を守れなかった時だけだ!
俺はそう剣に、え!? マジで女だったの!?」
「驚きすぎだろ!?」
なんかかっこいい事言いかけてたのに! 台無しじゃん!
「いやぁ~。花嫁貰うっつうからよ。
てっきり少女に寄生する変態野郎かと」
「ちがわい! と言うかこの体は私のだ!
寄生なんぞしとらんわ!」
「そりゃわかってんよ。それ作りもんだろ? 見てりゃわかるって。俺をそこいらのボンクラと一緒にすんじゃねえ。それでよ、折角なら次はもうちょい年上にしてみねえか?」
「何故! お主の好みに! 合わせねば! ならんのだ!」
「なら賭けをしようぜ! 俺が勝ったら嫁に来い!
代わりに貰ってやる! 俺好みに合わせてもらうがな!」
「ふざけるな! どいつもこいつも!
この国はそんなんばっかだな!!」
爺様といい、陛下といい、某脳まみれだな!
英雄色を好むとは言うが、こっちは迷惑だ!
私は男になんぞ興味はない!
「面白え国だろ! 仕え甲斐がある!」
「楽しいと感じた事があるのは否定せんがな!
いい加減落ち着きたいのだ!
私達は平穏に暮らしたいのだ!」
「無理だろ! あんたは!
そんな笑み浮かべて殴りかかってきておいて!」
「お前こそ笑っているではないか!
そんなに弱い者虐めが楽しいか!」
「逆だろ逆! あんたはこっち側だ!
羊のふりは無理があんだろ!」
「生憎牙の使い方を知らんのだ!」
「筋は悪かねえ! ペース上げんぞ! ついてこい!」
くっ! いきなり飛ばしすぎだ!
これだから剣士というやつは!
いくら私の魔力壁が瞬時に生み出せるとはいえ、最強の剣士の剣速を上回るものではない。何故なら私の思考が追いつかないからだ。どれだけ私が空間把握能力に長けていても、反射神経や思考速度は常人と変わりないのだ。
だから私が彼の動きを止めるには先を読むしか無い。唯一勝っているであろう空間把握能力を遺憾なく発揮して、事前にトラップを仕掛けるしかない。騎士団長とて、剣を振るスペースが無ければ魔力壁は打ち破れまい。拘束が不可能なわけでは無いはずだ。
しかし、ここでも私の経験不足が足を引っ張っている。騎士団長の行動を読みきれない。後追いで対処するのが精一杯だ。それも大きく手を抜かれた状態でどうにか持ちこたえているのが現状だ。いやむしろ、私の実力に合わせて騎士団長が加減しているのだ。
騎士団長は魔術なんぞ使ってこないくせに、当然のように魔力視まで扱えるらしい。魔力壁や魔力手が通じないどころか、魔力壁が形作られる前の集めた魔力すらも切り払われてしまう。
これが技量によるものなのか、神器である剣自体の特性なのかはわからない。言うなれば魔術師殺しの剣だ。魔力と術者の繋がりまで断ち切られてしまう。もしかしたら霊体ですら切り裂けるのかもしれない。恐らくブレスだって通じないだろう。
「そうだ! そうだ! よく考えろ! あんたの強みはそれだけだ! だがその一点でのみ俺すら上回る! これは無理ゲーなんかじゃねえ! ここまで登ってこい! あんたならなれるぜ! 最高の遊び相手にな!」
逆に騎士団長は私の思考を完全に読んでいるようだ。まるで指導でもしているかのようだ。自分の動きを見せつけて、一つ一つ手の内を晒していくのだ。
そして不意の復習も忘れない。時たま同じ手を使って、私が対処できるかどうか確かめてくる。嫌な先生だ。小テストの多い先生は生徒からは嫌われるのだぞ。実際にはそういう豆な先生こそ、生徒の力を引き出すものなのだろうけれど。
テストの問題を考えるのも、採点作業を行うのも時間がかかるものなのだ。私みたいに生徒が一人だけならともかく、何十人も教えるなんて重労働だ。個々人の力量も的確に読み取らねばならん。
いかんな。少し脱線した。
こんな事を考えている場合じゃない。集中しよう。
魔力壁の盾は容易く切り裂かれるが、決して無駄なわけではない。その切り裂く為の動作の分だけ騎士団長の動きに制限が生じる。放置すれば邪魔になる。何れは身動きもとれなくなる。だから騎士団長としては魔力壁を切るしか無い。
ただその動作に一切の隙が生じないのだ。いや、正確には存在もしているのだろう。しかし私にはそれが見て取れない。少しばかり慣れてきても一向に攻撃に移れない。
魔力壁をただ壁にするだけでなく、例えば躓かせる為の段差を作ろうとしても、魔力が集まり切る前に既に剣が迫っている。避けた方が早くとも、徹底的に私の手を潰してくるのだ。
只でさえ剣を振る速度が尋常ではないのに、読み合いですら手球に取られている。むしろ彼の真に恐ろしい所はその先読み能力なのかもしれない。
けれど私はこの読み合いに勝たなければならない。彼が私の行動を先読みして切っ先を置いていると言うのなら、その読みの更に先を読んで、別の場所から仕掛けなければならない。
しかしどれだけフェイントを織り交ぜてもそのフェイントごと斬り伏せられてしまう。これでは読み合いも何も無い。闘いに対する経験値が違いすぎる。確かにこのままでは絶望的だ。パティが口を酸っぱくして言っていた通りだ。相性が悪すぎる。
なんだったら魔導より魔術の方が効果的かもしれない。火球ならば例え真っ二つにされたって火は残る。爆風で隙も作れるかもしれない。
私も魔力を火に変える事は出来るが、その為にも先ずは魔力を放出しなければならない。魔導には三つの工程が必要なのだ。
【放出】【成形】【変換】。
この三工程で一つの効果が生じる。私の中から放たれた魔力が、壁や腕の形に集まり、それから初めて物質化する事になる。炎にする場合も工程は同じだ。変換した後の性質が変わるだけだ。
どうやら魔術は呪文が必要な代わりにその三工程が瞬時に実行されているようだ。今まで気にした事はなかったが、騎士団長との高速戦闘を続ける内に少しずつ気付く事も増えてきた。
まさか魔導にこんな弱点があったとは。
いや、これは私が未熟なせいだろう。やはり魔術に出来る事が魔導に出来ないとは思えない。ならばこの三工程も短縮出来るはずだ。実際、再生型魔力壁の場合は瞬時に再展開出来ていた。あれはそういう特性を込めて生み出していたからだ。きっと似たような事は出来るのだ。
まあ、そもそも成形の隙を突ける者など騎士団長以外には存在せんかもしれんが。
「ふんっ!」
取り敢えずあらん限りの魔力を放出してみた。先に張っていた魔力壁の囲いの中に、私の魔力が充満していく。
これで放出の工程は省けるはずだ。
「させねえよ!」
騎士団長が剣を振るうとバラ撒いた魔力と私の繋がりがあっさりと断ち切られてしまった。これでは成形には繋げられない。再び掌握すれば再利用できるかもしれんが、それなら放出し直した方が早いだろう。この程度なら燃費とか気にする必要も無いし。
「残念だったな。相性が悪いんだ。
けど狙いは良かったぜ!」
「今のはなんだ?
剣の触れた範囲以上に切り離されたぞ?」
「この剣の力だ。まあ悪く思わんでくれや」
「私も神器を持ち込むべきだったか」
「やめとけやめとけ。
いきなり使いこなせやしねえよ」
「それもそうだな」
「続けるぜ!」
「うむ!」
さて、次の手は。
いっそ呪文でも唱えてみるか?
いや、止めておこう。
読み合いと魔導。この二つに集中しよう。
今は手札を増やすより育てるべき時だ。
幸いまだ騎士団長も付き合ってくれるつもりのようだしな。