02-65.仲良しラヴァーズ
「エリク!!」
エリクは呼びかけに答えない。どうやら聞こえてすらいないようだ。この魔力壁は特に遮音性能が高いのだろう。意図的にそう生み出したのだ。理由はわからないけれど。
とにかく一人で戦うつもりなのだろう。
さっきは私にああ言ったくせに。
けれど当然か。私達は足手まといでしかないのだから。
「ハニーは凄イデス。
コレ、ビクトモシマセン」
「これが先生の魔力壁……」
「シルヴィー。比べちゃダメよ。エリクの力は決して人間が追いつけるようなものではないわ」
ディアナの言う通りだ。エリクは騎士団長と相対しながらも私達を守る魔力壁の維持を続けている。恐らく先程の学園長との会話が原因だろう。ここで力を証明するのだろう。
エリクの事だから元々は私達だけ先に行かせるつもりだったはずだ。きっと土壇場になって思い直したんだ。けど多分それで正解だ。私達が先に行ってしまえば、騎士団長がここでエリクの足止めを受け入れる理由は無くなるのだ。
彼は職務には忠実だ。口では何と言おうとも、必ず私達を追っていただろう。そうなればエリクにもどうにも出来なかったはずだ。魔力壁すら足止めとして機能しないなら、エリクが騎士団長に追いつく事は不可能だっただろう。
「互角?」
「違うわ。ユーシャ。
二人とも本気じゃないだけ」
エリクも騎士団長も、まるで一つ一つ確かめるかのように手を繰り出していく。
たぶん騎士団長はエリクを育てたいのだろう。エリクの経験が足りていないのを瞬時に見て取ったのだろう。私を城に連れて行くという職務から外れないなら、多少のお茶目は許されると思っているのだ。職務に忠実でありながら、同時に自らの楽しみも忘れはしない。そんな柔軟性を発揮しているのだ。私達にとっては都合が良い事だが、同時に彼が見逃してくれる事はあり得ないという事でもある。
故にこの危機を脱するには何らかの形で騎士団長に負けを認めさせるしかない。エリクもそれを察しているのだ。だからこそ、この土壇場で剣士との戦い方を模索しているのだ。
考えてみればエリクが剣士と戦うのは初めてなのかもしれない。私もメアリも剣なんて使わないのだから。ユーシャは短剣を使うけど、別に剣士ってわけじゃない。それに今はメアリから教えられた徒手空拳の方に寄っているくらいだし。
騎士団長はまるで霞のように魔力手も魔力壁も切り裂いていく。エリクも負けじと次の手を繰り出している。騎士団長でも切れない魔力を生み出せるまで何度でも試すつもりなのだろう。
だからと言って、あまり時間を掛け過ぎるわけにはいかない。騎士団長が途中で飽きるかもしれない。城に囚われたレティが我慢できずに飛び出すかもしれない。業を煮やした黒幕が新たな刺客を放つかもしれない。
私達に出来る事は何も無い。ただエリクを信じて待つだけだ。仮に私達が乱入できたとしても、気分を害した騎士団長はあっさりとこの余興を締めて私を連れ去るだろう。
そんな事はわかってる。わかっているけど……。
「大丈夫よ。パティ。エリクを信じましょう」
いつの間にかディアナが私の手を握っていた。
きつく握りしめすぎていた手を優しく解いてくれた。
「エリクなら勝つ。絶対」
ユーシャがもう一方の手を握ってくれた。
そしてその手に、エリクから預かった杖を握らせてきた。
「なんで?」
「パティには必要になるかもしれないから」
ユーシャはどうしてそう思ったのかしら。エリクが勝つ事は本当に信じているみたいなのに。闘いの後にって事?
「私には魔力が足りないわ」
「任セテクダサ~イ♪
ハニーカラ貰ッテマ~ス♪」
「私も手伝う。
エリクさんの魔力、こっちからも引き出せるから」
「え? そうなの?」
「うん。眷属特権」
ズルい。ズルいわ。スノウ。何よそれ。
「良いなぁ。私も眷属になりたいなぁ」
「ダメよ。シルヴィー。順番は守りなさい。
なるとしてもパティが先よ」
「そうだね。うん。なら待ってる」
「ディアナはダメだと言っていたじゃない」
「今のパティではダメよ。
早く気付いてね。でないと私も我儘言えないんだから」
「なによそれ……」
「まだダメそう」
ユーシャが呆れている。
私が何に気付いていないって言うんだろう。
「そうね。さっきエリクがあれだけ気持ちを伝えたのにね」
「まだまだ足りないのかも」
「私達も頑張りましょう」
「うん。ディアナ」
相変わらず仲が良い。二人だけで通じ合っちゃって。
なんだか少し疎外感を感じる。
「パ~ティ~?
ソンナ顔シナイデクダサ~イ。
代ワリに私とイチャイチャシマショ~♪
ハニーの恋人同士ネ~♪」
「ダメよ。ロロ先輩。エリクも言っていたでしょ。エリクの恋人は私とディアナとユーシャだけなの。先輩は所有物。スノウと同じよ。私とじゃなくてスノウとイチャイチャしていなさいな」
「オ~。パティが冷タイデ~ス。
ヤッパリ苛ツイテマ~スカ~?」
「そんなんじゃないわ」
「オカシイデ~ス。サッキは肯定シテマシタ~。
心変ワリデスカ~?」
「変わってないわ。私は。何も」
「それじゃあ困るのだけど。
仕方ないわね。パティは」
「パティ嫉妬してるんでしょ。眷属の話しが出たから。
羨ましくて仕方がないんでしょ」
「ダメよ。ユーシャ。パティもそんな事はわかっているわ。
指摘しないであげて」
「もう! 何時までもこんな話してる場合じゃないでしょ! エリクが必死に頑張ってくれてるんだから! ちゃんと応援してなきゃ!」
「言う程必死かしら?」
「ムシロ楽シンデマ~スネ」
「エリクの悪い癖。自分の成長が嬉しくて仕方ないの。新しい事を試すのが大好きなの。騎士団長さんも同類みたい。二人とも楽しそう。目的忘れてるのかも」
「流石はユーシャね。やっぱりエリクの事は一番よくわかっているのね」
「散々付き合わされたからね。本人は最近まで自覚してなかったみたいだけど。でもダメだよ。ディアナ。そういう事言うとまたパティがモヤモヤ抱え込むよ」
「それもそうね」
「う・る・さ・い! 余計なお世話よ!」
「パティは飢エテマスカラネ~。
ワタシもイッパイイ~~~ッパイ! アゲタノデ~スガ」
「まだ続けるか!」
「皆仲良しだなぁ~。
ちょっと私もジェラシー感じちゃうよ。
パト程じゃないだろうけど」
「シルヴィー!」
「わっ! こっち!?」
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「行っちゃった。でもお陰で少しは自覚も出てきたみたい」
「そうね。からかうくらいで丁度良かったのかもね。
それともシルヴィーはやっぱり違うのかしら?
私とユーシャはパティにとっては妹分だものね」
「肝心のエリクさんは真っ直ぐ過ぎるから」
「デスネ~♪ ケェド~ソンナ所が大好キデェ~ス♪」
「ロロセンは弁えて」
「ロロセン? 良イデスネ♪ 可愛イデスネ♪」
「私はなんてお呼びしようかしら。
先輩は少し変よね。ならロロお姉様?」
「オ~! 最高デ~スネ!」
「いえ、でも。
お姉様はもうレティお姉様がいらっしゃるのよね」
「呼び捨てで良いんじゃない?
スノウと同じ立場なんだし。それにロロセンだし」
「それもそうね」
「上ゲテ落トサレマ~シタ……」
「文字通りだね」
「歓迎する。シャーロット」
「スノウサン? 距離作ラレテマス?」
「名前大切。ちゃんと呼ぶ」
「オ~♪ ソウイウ拘リ良イデスネ♪」
「スノウは良い子だから昇格してあげない?」
「メアリと相談してみましょう。
ミカゲとロロとのチームリーダー当たりが妥当かしら?」
「そういう意味じゃなくて」
「え? そっち? 良いの?
ユーシャから言い出すなんてどうしたの?」
「やっぱなんでもない。
先ずはチームリーダー。飛ばしすぎはダメだから」
「遠慮する。リーダーはミカゲ。
私はエリクさんの所有物。ただの椅子。それが良い」
「「……」」
「何デスカ? ドウイウ空気デスカ?」
「空気読んで。ロロセン」
「ユーシャは辛辣デェ~ス……」
「随分と人数も増えたものね。
相性の悪い子だっているわよね」
「ソレは諦メロと言ッテマス?」
「いいえ。仲良くしてあげて。ユーシャは素直な良い子だから。少し人見知りだけどね。けど真摯に向き合えば何れは応えてくれるわ」
「頑張リマ~ス!」
「もう。余計な事言わないでよ。ディアナ」
「ふふ♪ ごめんなさい♪」