02-59.一時の休息
「最近どうだ? 調子は。
皆とは上手くやっているのか?」
「何その質問?
何時も一緒にいるじゃん」
まあ、うん。なんか思わず思春期の子供に話しかける不器用な父親みたいな質問をしてしまった。
けれど仕方がないのだ。ユーシャと完全に二人っきりなのはえらく久しぶりな気がするからな。先日も禄に会話もできないまま早々に寝てしまったし。
「ユーシャの気持ちを聞かせてほしくてな。
今は幸せか? これまでの選択に後悔は無いか?」
こんな質問皆の前では出来んからな。開き直って直接聞いてしまおう。
「そんなのわかってるでしょ?」
「まあ、な」
「私は幸せだよ。毎日楽しく暮らしてる。
少し窮屈だけど、そんなに心配もしてない」
「うむ。それは何よりだ。
ありがとう。答えてくれて。
少し安心したぞ」
「もう。変なエリク」
ふふ、と笑いながら私に寄り掛かるユーシャ。抱きしめて頭を撫でると、心地よさそうに体を擦り付けながら、更に深く体を預けてくれた。
「こんな事してて良いの?」
「まあ、今日くらいはな。
流石にもう攻め込んでくる者もおらんだろう」
第一王子、第二王子、そして爺様の件が片付いた。
爺様と敵対する者達も、レティが城に戻った以上はこちらにちょっかいをかけてくる事も無いだろう。
残るは第三王子とその裏に潜む者達か。
だいぶスッキリしたな。わかりやすい。
いやまあ、最後に闇鍋みたいな奴らが残っちゃったけど。シャーロット嬢を送り込んできた奴らだけという事もあるまいし。
おそらくあのドリルとパイルバンカーを作った者達は同じではなかろうか。最初に第二王子のパイルバンカーで警戒させて、私が自ら壁の内側に招くよう誘導したのではなかろうか。
シャーロット嬢を送り込むと言うのは一見すると無茶苦茶な策にも思えるが、ドリルに忍ばせられる小柄な者で、尚且つパティ以上の実力者となれば、他にいないのではないかと思うほど適任だ。
とは言え、妖精王の存在を勘定に入れていない筈がない。だからあれで終わる事はないだろう。いくらシャーロット嬢が義理堅い性分でも、利用する者達までもが無条件で信頼していた筈はない。こちら側に寝返る可能性だって想定していた筈だ。
だから先の策は本命では無い筈だ。また私の認識を誘導しているのかもしれない。次の策でも何かを見落とさせる為の布石なのかもしれない。
或いは私がこう考える事すら想定の内か?
次はもっと素直な策で挑んでくるのか?
私が深読みして警戒を強める事こそ真の狙いなのか?
わからんな。何も。情報が少なすぎる。
一先ずレティの調査を待つべきだろうか。
「難しい事考えてるの?」
「すまんな。退屈させてしまったか」
「ううん。気にしないで」
ユーシャはそれだけ言って目を瞑った。私の腕の中で丸くなり、少し眠ると言いたげな様子で力を抜いた。
「話し相手になってはくれぬのか?」
自分で放っておいて勝手だとは思うが、そんなユーシャの様子に無性に寂しさを感じ、気付くと問いかけていた。
「エリクがそうしたいなら話しかけて」
ユーシャは微笑みで応えてくれた。
「ユーシャならばどうする?
魔力壁を破る方法は思いつくか?」
「エリクに入れてもらう」
「それはユーシャだから出来る事だ」
シャーロット嬢もそうして入ってきたとは言えるが、流石にもう同じ手は食わないぞ。次があったとしても先に内部を探ってからだ。二度と人が入っているような代物を招き入れる事はあるまい。
「なら私になれば良いんだよ」
「どういう意味だ?」
「変装とか?」
ユーシャはともかく、レティに成りすまそうとする事はあり得るか? 相手は眷属化の事を知らんのだ。騙せる可能性があると考えるかもしれん。
「うむ。良い調子だ。お前は頭が柔らかいな。
他にも何か思いつくか?」
「う~ん……」
まあそうポンポン出てこないか。
「エリクに出てきてもらう?」
「どうやってだ?
レティを人質に取るのか?」
そんな事はさせんぞ?
「う~ん……美味しい物あるよって?」
それで釣られるわけがあるまい。
「まあそうだな。餌で釣るのは基本だな。
どんなものなら私を誘い出せると思う?」
「私」
「ふふ。そうだな。ユーシャが敵の手に落ちたなら、何を置いても一切迷いなく飛び出そう」
「えへへ♪」
可愛い。
さて。真面目に考えるとするなら後は何があるだろうか。
人質として機能しそうなものだ。私に限る必要はない。
例えば公爵閣下、ディアナのお父上であろうか。彼が人質に取られたなら、我々は見捨てる事など出来んだろう。だがそこに手を出すなら我々以外も黙ってはおるまい。
公爵閣下本人もこの国では大きな力を持っているのだ。ここの魔力壁のように物理的に強固なものではなく、大貴族としての力だがな。ある意味彼らにとっては私達以上に手を出しづらい相手である筈だ。
パティやレティは心配要らんだろう。元より王族だ。陛下の縁者だ。手を出せば陛下をも敵に回すだろう。
シルヴィーとシャーロット嬢は実家が遠方だ。おそらく心配は要らんだろう。
スノウとミカゲは身元もハッキリしておらん。そもそも敵が二人の事まで把握しているとも限らん。スノウを見て気付いた者もいるやもしれんが……。まあ可能性は低いだろう。そもそもメイド一人の親族を人質に取ったとて、普通は交渉の価値が認められるとは考えないだろうし。
メアリも同様だ。親族がこの地にいたとしても人質の価値としては弱すぎる。
逆に大勢を人質に取ったらどうだ? この屋敷に務めるメイド達の親族を片っ端から確保するのだ。この王都に住まう者も少なくはないかもしれない。数さえ揃えられれば交渉の余地も生まれるかもしれん。
まあ、これは流石に突拍子が無さすぎるな。思いついたとてやるとは思えん。手間の割に確実性が無い。それに流石にそこまで大っぴらにやってしまえば、他の者達からも睨まれるだろう。そんな非道が罷り通る筈もない。
逆に考えたらどうだ? 私達が人質を取っていると冤罪を被せるのだ。ついでに外交的な話も出せばより確実性が増すだろう。シャーロット嬢が囚われた事を喧伝して騎士団長を動かすのだ。その為に敢えてシャーロット嬢を送り込んできたのやもしれん。
まあそれも、シャーロット嬢を解放してしまえばそこまでだ。最悪の場合は大人しく騎士団長に引き渡してしまおう。パティには悪いが、一旦転職の話は流してもらうしかあるまい。
「なんだ。寝てしまったのか」
いつの間にかユーシャは寝息を立てていた。
本当に皆して呑気なものだ。籠城中とはとても思えんな。
「妖精王!」
突如、穏やかな気持をぶち壊しにするような怒声が聞こえてきた。
声を上げたのは一人の兵士だ。そのまま手に持った書状を読み上げ始めた。
「第十八王女殿下を解放せよ!
殿下には国家転覆罪の容疑がかかっている!
至急出頭されたし! さもなくば近衛騎士を派遣する!」
は?
「返答や如何に!」
いや、今更国家反逆罪って……。王都の一角を占拠して、王族達を散々返り討ちにしておいて、今更そんな罪でしょっ引くの?
こちとら陛下との勝負中だぞ? 陛下自身が承認した事だぞ? また陛下の預かり知らぬ所で暴走しているのか?
いやでも、近衛騎士を派遣できるのは陛下だけなのだ。
流石に勝手には口にしないだろう。命がけというか、これが嘘だったら普通に処刑もんだ。陛下の許可を得ずに近衛騎士の派遣をチラつかせるなど、一兵卒に出来るはずがない。ならあの書状は陛下本人が書き記したか、或いはその承認を得て発行されたものであるはずだ。もし偽物なら、当然それを用意した者の首が飛ぶだけだ。物理的に。
何故今になって?
いや、とにかく先ずは時間を稼ごう。パティは先程眠ったばかりだ。今動かすのは難しい。回復には暫しの時間がかかる。
「伝えておこう!」
「迅速に出頭せよ! これは命令だ!」
「勘違いするな! 我は人の世に属する者ではない!
貴殿らの命令に従う義理はない!」
「それが返答と捉えて良いのだな!」
「人の王は約定を違えると! 貴殿はそう申すのだな!
強硬手段に出るというのであればそれもよかろう!
ならば次は我が国の総力を持ってしてこれを討とう!
人族対妖精族! それこそが貴殿らの望みだと!
そう言うのであれば挑むが良い!」
少しの間沈黙が流れた。どうやら向こうで相談中らしい。このパターンは想定されていなかったようだ。
「一刻の猶予を与える! 懸命な判断に期待する!」
それだけあれば十分か。
仕方ない。パティにもう少し魔力を流して叩き起こそう。
それから相談しなければ。レティにも調査を頼むとしよう。
ジェシー王女との連絡も……。とにかく急ごう。