02-58.刺客の正体
「ふぅ……。こんなところか」
先輩さん、シャーロット嬢の治療が無事に終わった。既に当人は眠っている。スヤスヤと呑気に寝息を立てている。敵地なのに油断しすぎではないかと言いたい所だが、あれだけ大きな傷を負っていたのだから無理もない事だ。
「ありがとう。エリク」
「次はパティだな。
それからお前ももう眠れ。
後の事は私に任せておけ」
パティにも少しだけ魔力を流して、ポーションで治しきれなかった細かな傷を癒やした。シャーロット嬢のお陰でだいぶ加減もわかってきた。まだまだ経験は必要だが、調整の利かないものでもなさそうだ。
まあそうだよな。用法用量を守らぬからおかしな事になるだけなのだ。エリクサーなんて丸ごとぶっこむ必要はないのだ。本来擦り傷程度ならたったの一滴で十分なのだ。
「スノウ。警戒は怠るな。何かあったらお前の判断で始末して構わん」
「はい。エリクさん」
「ちょっと。物騒じゃない。
大丈夫よ。ロロ先輩は」
「拘束も無しに寝かせてやるだけ有り難いと思わんか」
「そうだよ。パティ。いくら何でも甘すぎだよ。
エリク。私も見てるから。パティ達の事は任せておいて」
「うむ。心強いぞ。ユーシャ」
「うん!」
本当に心強い。愛娘が頼もしく成長していくさまは見ていて気分が良い。流石に親バカが過ぎるか?
「ユーシャとエリクこそ何言ってるの。
本当に警戒するならユーシャは遠ざけるべきでしょ。
スノウをここに残すならユーシャを連れて行きなさい」
確かにその通りだな。ディアナは冷静だな。
「わかった。スノウとミカゲがディアナ、パティ、シルヴィーの護衛だ。シャーロット嬢の見張りも任せよう。私とユーシャで正面の見張りを担当する。メアリは見回りに戻ってくれ」
今はトリアが中心となって見回りのメイド達を指揮してくれている。メアリにはそこに混ざってもらおう。やはり経験豊富なメアリは何かあった時の対応力が頭一つ抜けているからな。それに一人くらいは荒事に長けた者を配置しておきたいのだ。
今回は緊急時故にユーシャ達のお守りを任せていたが、スノウが残るなら十分だろう。私の眷属を一人はここに残したいから、メアリに抜けてもらうのが妥当だろう。
「承知致しました。エリク様」
「うむ。ユーシャもそれで良いな?」
「うん。わかった」
これで配置換えは済んだな。爺様と刺客の対処も済んだし、後は屋敷の周囲の者達がどう出てくるかだ。とは言え、大部分は引き上げたらしい。騎士団長の姿もいつの間にか消えていた。まさか本当にただの見学だったのだろうか。
メアリに付き添われるユーシャの視界を覗きながら、クシャナの体で周囲の警戒を続け、レティの方にも意識を向けてみた。
なんか段々慣れてきたな。マルチタスク。
他に蜘蛛達やスノウの方も忘れないようにしなきゃだけど。慣れたと言いつつ、流石に全部いっぺんには厳しいな。相変わらず小まめに切り替えるしかないか。
「エリクちゃん?」
爺様に付いて城に向かっていたレティが小さな声で問いかけてきた。
「どうした? レティ?」
「……いいえ。何でもありません」
「安心しろ。何時でも見ているぞ」
「ふふ♪ エリクちゃんは嘘つきです♪」
バレバレだったようだ。
その割には嬉しそうだけど。
「スマンな。少し目を離した。
爺様の側なら悪いようにはされんと思ってな」
「トラブルですか?」
「まあな。だが安心しろ。既に解決済みだ」
「それは何よりです。
パティは無事ですか?」
「ああ。問題ない。そうだ。一つ聞きたい事があったのだ。パティの一学年上にシャーロット・ヴァイスという少女がいただろう? その者について知っている事があれば教えてくれないか?」
「ロロちゃんの事ですか?
何故エリクちゃんがロロちゃんの事を?」
「なんだ。レティも知り合いだったのか。先ほど屋敷に忍び込まれてしまってな。それでパティが捕縛したのだ。このまま屋敷に置くつもりらしい。それで信頼出来る相手かどうか確認したかったのだ」
「ロロちゃんなら心配は要らないと思いますが……」
「どうした? 何か気がかりがあるのか?」
「パティがよくロロちゃんに勝てましたね」
「スノウも一緒だったからな。
それに相当無茶もやらかしたようだ」
「もしかしてパティ、私の戦い見てくれてないんですか?」
「ああ。うむ。すまんな。
なにぶん、緊急事態だったものでな」
「いえ……そうですか。残念です。いえ、かえって良かったのかもしれません……」
なんだ? 本気で落ち込んでる?
「とにかくロロちゃんの事は少し待って下さい。城に戻るついでに調べておきます。ここ一年近くの間連絡を絶っていましたから。少々気になります」
「良からぬ連中とつるんでいたかもしれないと?」
「まあそんな所です。ロロちゃん自身は良い子なのですが、少し迂闊な所があるんです。色々巻き込まれやすいというか、巻き込みやすいというか」
なんだそれは。釈然とせんな。要するにトラブルメーカーなのか? そんなやつを抱え込んで大丈夫なのか? また妙な事件に巻き込まれんと良いのだが……。
まあ、あんなドリルに詰め込まれて敵地に放り込まれるくらいだからな。付き合っていた連中がまともな奴らだとは思えんか。
「ちなみにシャーロット嬢は騎士団長の関係者だったりするのか?」
「騎士団長? いえ。関係は全く無いはずですよ。
どうしてそう考えたのですか?」
「いや。なんでもない。気にするな」
どっかの国旗カラーのビキニとアロハシャツには関係がなかったようだ。もし娘やら姪やらだったら面倒だった。シャーロット嬢が囚われた事を口実にされずに済んで何よりだ。
「騎士団長は代々この国に仕える家系ですし、ロロちゃんの実家は隣国にかつて存在した王国の元王族ですから。身元がハッキリしているのでその辺りの心配は要りません」
「そうか。それは安心……いや、待て。
なんだ元王族って。絶対トラブルの元だろ」
「大丈夫ですよ。何もありません。
共和制の連邦国家に併合して久しいですから。
既に王族としての役割は終わっています」
あれ? 私の知ってるのと違う? まさか平和的に併合したの? 王族の血筋をそのまま残して?
まあでもそうか。前世のあの大国がそのまま存在している筈も無いか。似たような流れがあるとしても、細部が異なっているのはむしろ当然なのか。
そもそも地理だって全然違うだろうし。立ち位置は前世の世界のとある観光地として有名な島国に存在した王国に近いようにも思うが、大陸中央部に近いこのカルモナド王国の隣国ということは、少なくともこの世界では島国ではないんだろうし。
「再建と独立の旗頭に。なんて展開だけは御免だぞ」
「……ロロちゃんならあり得るかも?」
「……」
「……あはは~」
「はぁ……まったく。まさかとは思うが、そやつらカルモナド王国の力を利用しようとしてはおらんか? 隣国ならば何かと都合も良かろう。この国をバックに付けてその連邦国家とやらに戦いを挑む算段ではあるまいな? 今回シャーロット嬢を送り込んで妖精王の力を横取りしようと考えたのも、そんな奴らではあるまいな?」
「流石に無いでしょう。それでは大切な旗頭を危険に晒す事になります。実際捕縛されてしまったわけですし」
そもそも侵入方法も大掛かりなものだったしな。あれはこの国の者達の協力無くして用意できまい。兵器開発と取られかねんし。
「なんじゃか面白い話をしておるのう」
しまった。少し話が盛り上がりすぎたか。
「お爺ちゃんはどう思いますか?」
「無いじゃろ。あそこは平和なもんじゃぞ」
まあ、シャーロット嬢からして、思いっきり連邦国家側の文化に染まってるみたいだし。知らんけど。
「じゃが、そう考える者がおらんとも限らんな」
それはそれと。
「少なくともシャーロット嬢の目的は金銭だけのようだ」
お給金が良いから就職したみたいなノリだったし。実家が太そうな元留学生なのに案外苦労しているのだろうか? なんか元からこっちで就職するつもりでいたみたいだし。少なくとも当初は王宮魔術師を志していたっぽい。パティがそんなような事を口にしていた。
「ロロちゃんらしいです」
なんだかなぁ。