02-55.同時進行
レティと爺様が派手な魔術をぶつけ合っている間、観戦しながら私達は屋敷の周囲も見守り続けていた。
「仕掛けてきたぞ」
「ごめんなさい。読み違えたわ」
「いや、パティのせいではあるまい」
屋敷の裏側に何やら装置が運び込まれてきた。装置の先端は鋭く尖ってうず巻き状になっている。つまりはドリルだ。しかもめっちゃデカい。多分ドリルだけでもレティよりデカい。絶対あのパイルバンカーと同じ奴だろ。あれ作ったの。
「まさかあんな堂々と仕掛けてくるとはな。魔力壁に直接ぶつけるのではなく地面に潜られていれば厄介だったのだが」
しかも何故か兵士達は手間取っているようだ。どうやら起動方法がわからないらしい。あれこれと弄り回しながら首を傾げている。グッダグダだなぁ。
取り敢えず魔力手で装置を掴み取り、魔力壁の中に引きずり込んでみた。兵士達が慌ててしがみつくも、兵士達だけが魔力壁に弾かれてその場に取り残された。
兵士達は心底悔しそうに地面や魔力壁に拳を打ち付けている。いや、悔しいと言うよりむしろ必死な感じだ。あからさまに絶望している者までいる有り様だ。またあの上司に脅されるのだろうか。それとももっと怖い相手がいるのだろうか。
何にせよ、これでまた魔力電池を回収出来たな。後でパティの玩具に回してしまおう。きっと喜んでくれるはずだ。あの篭手は結局お預けになってしまったからな。
「いや待て。おかしいぞ。魔力量が少なすぎる。
到底あの篭手と同等の品とは思えん」
「隠蔽しているんじゃなくて?」
ああ。その可能性もあるのか。私達に気付かれないようにとわざわざ裏に回ってきたくらいだし。単純に元々そういう設計なのかもだし。
「念の為確認してみよう」
「私が見てくるわ。
エリクはレティの方に集中していて」
「いや、スノウに行かせよう。ここは罠の可能性も警戒するべきだ。爆弾でも仕込まれていたら支配下に置いていないパティでは危険なのだ」
「なら二人で行きましょう。
装置の知識も必要でしょ」
「……それもそうか」
「任せておいて」
「うむ。スノウは既に向かっている。
合流してから取り掛かってくれ」
「了解♪」
流石にデカすぎてこちらに持ってくるのは難しかろう。だがせめて魔力電池だけでも取り出しておきたいものだ。無いとは思うが、遠隔でなにか仕掛けてくるかもしれないし。
ついでにもう一方も確認しておこう。
現在ユーシャ、ディアナ、シルビアの三人には、自室でメアリとミカゲに付いてもらっている。私もユーシャの視界を通して定期的に確認しているし、今の所問題が起きている様子はない。三人はいつも通りに勉強を続けてくれている。ユーシャにもすっかり習慣づいたようで何よりだ。
「エリク? どうかした?」
私がユーシャの肉体を介して覗いている事に気付いて、ユーシャの方から問いかけてきた。
「いいや。邪魔をして悪かった。
そのまま続けておくれ」
「そう? 何か言いたそうだよ?」
別にそんなつもりは無かったのだが。
「感心しておったのだ。
近頃のユーシャは勉強熱心だからな。
母は嬉しいぞ」
「そう? ふふ♪ ありがと♪」
可愛い。絶対。
正面から今の笑顔を見れないのが口惜しい。
でも仕方がない。今回ばかりはクシャナも動員せざるを得なかったからな。この部屋にはユーシャ以外に支配出来る者がいないのだ。何せレティとスノウも同時に活動してもらってるくらいだし。これが終わったらしっかり睡眠をとってもらわねばな。
私も久しぶりに眠りたい。既に二週間以上眠っていない。肉体的に問題は無いとは言え、一度取り戻してしまった人間らしい生活を送れないのは中々にストレスだ。私も一連の騒動が終わったら思う存分惰眠を貪るとしよう。
「もう少し辛抱していておくれ。
直にこの馬鹿騒ぎも落ち着くはずだ」
「何かを我慢してるのはエリクの方じゃない?」
「ふふ。そうかもしれんな」
名残惜しみながらもユーシャとの会話を打ち切って、レティの方に意識を集中する。相変わらず派手な魔術の応酬が続いている。どちらも一歩も引く様子がない。魔力も十分に残っている。まだまだ決闘を続けられそうだ。しかしそろそろ潮時だろう。見せたい相手は集まった。ここらで一発デカい花火を上げ!?
何だ!? 爆発!? これはスノウの視界か!!
「パティ! スノウ! 無事か!?」
「けほっ。こほっ。大丈夫。こっちは問題無いわ。
スノウも無事よ。ただ……」
「何だ!? 何が起きた!?」
「刺客よ。けどこっちは任せておいて。
私とスノウで事足りるわ」
刺客だと!?
「生意気デェ~スネェ~♪ パァ~ティ~♪」
誰だ!? なんだコイツ!?
どこから現れた!?
残骸? まさか!? トロイの木馬か!?
あのドリルは偽物だったのか!?
「エリク。落ち着いて。大丈夫。顔見知りよ。
私達で対処するからこっちは任せて」
「顔見知りだと?」
刺客はパティと然程歳も変わらない少女だ。少なくとも顔つきと背丈は。しかしやたらとスタイルが良い上に、その身体を惜しげもなく晒すように露出している。
赤と白のシマシマに青いアクセントの付いたどっかで見たことがある配色のビキニに、サイズギリギリのホットパンツスタイルだ。
ねえ? 今何月だと思ってるの? もう夏季休暇が終わってから二ヶ月以上経ってるんだよ? アロハ男といい、ほんとどうなってるの? まさか騎士団長の関係者だったりします?
「去年卒業した先輩なの」
なるへそ……。
「久シブリデェ~ス♪
パティが元気ソウで何ヨリデェ~ス♪」
「ええ。久しぶりね。ロロ先輩。会えて嬉しいわ。王宮魔術師の採用試験には落ちたって聞いてたから、祖国に帰ってしまったのかと思っていたのだけど。まさか第三王子の派閥に所属するとは思わなかったわ」
「ノンノン♪ 落チタ違イマ~ス♪
スカウトサレタデス♪ ソレに第三も違イマ~ス♪」
「スカウト? どこから?」
「ノ~♪ ソレは言エマセ~ン♪
パティにナラ教エテアゲタ~イデスがぁ……」
相変わらずパティは人気者だな。
本当に残念そうにしているぞ。刺客が。
「内緒にするから」
「ダメデェ~ス」
「お願い。先輩」
「ノ~。ソンな目で見ナイでクダサ~イ……」
「ロロ先輩」
「シツコイデェ~ス。ダメなモノはダメナノデェ~ス」
「ならうちに転職しない?」
おい。
「お給料良イデスカ?」
あれ? 興味あるの?
「今の倍出すわ」
「オ~!」
任せとけってそういう事?
「心惹カレマ~ス」
「なら決まりね♪」
「ゴメンナサイ。ヤッパリ良クナイデス。
受ケタお仕事キッチリコナシマ~ス。
デナイと信用サレマセ~ン。社会人の常識デェ~ス」
なんか真っ当な事言い出した。
どちらかと言うと人としての常識だと思うけど。
「なら勝負しましょう。
私達が勝ったら先輩は私の捕虜よ。
捕虜は大人しく従ってもらうわ」
「イエ~ス♪ 理解りヤスクて良イデスネェ♪」
それで良いの?
「という事だから。任せてエリク。
スノウは暫く借りておくわね。
流石に一人だと分が悪いから」
そんなに強いの?
まあ、単身で放り込まれてきたんだから相応の強者ではあるんだろうけど。
とは言えどう考えても新卒一年目に任せる仕事じゃないよね。送り込んできた奴らは人手が足りていないのだろうか。
「任せる。好きにしろ」
取り敢えず命の危険は無さそうだし。
「ありがと♪ エリク♪」
パティもそろそろ身体を動かしたかったのかもしれんな。レティ達の試合を見て疼いていたのやも。まあ気持ちはわからんでもない。精々楽しむと良いさ。