02-54.師弟対決
魔術には呪文詠唱が必要だ。
つまり術の効果を引き出すには、ほんの少しではあるがラグも存在している。
だと言うのに爺様はレティの術を的確に打ち消し続けている。レティの詠唱や魔力の流れを見て取って、自らが使うべき魔術を瞬時に決定しているのだ。到底人間業とは思えない。
「こんなものがどこまでも続けられるものなのか?」
「サロモン様はやるわよ。
老いて尚この国最強の魔術師で在り続けているのだもの」
確かにその称号は伊達ではないようだ。
「レティも十分速いと思うのだがな」
「それでもサロモン様には遠く及ばないわよね」
当然、後出しで対応出来る以上は呪文詠唱の速さ自体も段違いなわけだ。例え同じ呪文でも爺様の方が圧倒的に速いのだ。もはや早口過ぎてなんも聞き取れん。
「魔術戦は見ていて楽しいが、少々問題もあるものだな」
レティと爺様はひたすら呪文を唱え続けている。その為会話が弾む様子が無い。ただ魔術の撃ち合いを続けているだけだ。これもある意味ではコミュニケーションと呼べなくも無いのかもしれぬが、この二人が言葉も無しに真にわかり合う事はあり得まい。
「仲直りでもさせたかったの?」
「うむ。そんな所だ」
「まあ大丈夫でしょ。
あの二人は元々あんなものよ」
確かに以前程心配しているわけでもないのだけど。
少なくとも二人は二人なりに仲も良いのだろうし。
「普段とは違う力に振り回されぬと良いのだが」
「ないでしょ。無い無い。
サロモン様に限ってそんな……」
「本当に言い切れるのか?
レティ相手だとブレーキが緩んだりせんか?」
孫娘を可愛がっているからこそ、遅れを取るまいとするかもしれない。普段とは違う領域で戦い続ける事で、テンションが上がりすぎたり、追い詰められたりするかもしれない。
そんな状況で今の余裕を保てるのだろうか。現在の膠着状態は爺様が守りに徹しているからこそ成り立つものだ。爺様が余裕を失って攻勢に出れば一気に決着がつくだろう。勝つにせよ負けるにせよだ。
「その時はエリクが守るんでしょ?」
「あんな高速戦闘に介入なんぞ出来んぞ」
出来るのは精々レティの身体を魔力壁で覆ってやる事だけだ。魔力手を当てる自信も無い。そもそも二人は近付いてすらいないし。
「それで十分よ。サロモン様は冷静さを取り戻せるわ」
それもそうか。あの尋常ならざる反応速度があるのだ。
私の制止を見過ごす事もあるまい。
「万が一の場合はレティに完全支配をかけてでも止めねばな」
「そうね。レティさえ止めれば問題は無いはずよ」
後で荒れないと良いのだが。
タイミングはしっかりと見極めよう。
どこが決着なのか読み違えないようにしなければ。
「見物人も増えてきたわね」
「ああ。うむ。
第二王子も来たのか。少し意外だな」
「兄様は強者と戦いが好きだから」
案外と、パティの事が心配だから覗いているだけだったりはせんだろうか。あのオジサマ結構なシスコンだったし。
「ジェシー王女も現れたな」
「一兄様もいるみたいよ。
あの馬車の中。たぶんそうよ」
出てくるつもりはないのだろうか。
既に脱落した身だからと遠慮でもしているのだろうか。
単に疲れて寝ていたりして。なんか普段から多忙そうだし。
「その他にもちらほら見覚えのある連中がいるな。
王宮魔術師達も勢揃いしているようだな」
「いい勉強になるでしょうしね」
これが魔術戦の極地だとでも言わんばかりの攻防だものな。魔術を極める者達が気になるのは当然か。
「肝心の陛下が見当たらぬが」
「流石にまだ出てこないでしょ……って!? ええ!?」
「なんだ? 何を見つけた?」
「あれ! あの人! あのアロハの人!
騎士団長よ! 間違いないわ!」
は?
「アロハだと?
今何月だと思っているんだ?」
「そこじゃないでしょ! 問題は!」
いやそうなんだけどさ……。
「確かにいるな。アロハシャツのやたらガタイの良い男が」
なんでこの世界にもあるの?
実はハワイもあるの?
「それよ! その人よ!
遂に出てきたんだわ!」
まあでも一応オフモードって感じだし。今は剣も持っていない。真っ昼間から何をしているんだと、近衛騎士の仕事はどうしたと言いたくもなるが、フル装備で来られるよりはずっとマシだ。介入する気が無いという意思表示でもあるのだろうし。……だよね? プライベートだからこそ介入出来るとか考えてたりしないよね? その辺で拾った枝とかで魔力壁切り裂いたりしないよね?
「いかんな。この状況で攻め込まれてはレティのフォローが出来んではないか」
「きっと手出しする人なんて誰もいないわ。そんなの陛下が許さないもの。あの第三一派だって見学を続ける筈よ」
「ならば騎士団長の事も……いや、興味を持たれた事自体が問題なのだな」
「遅かれ早かれこうなるとは思っていたけどね」
「そうだな。まあ仕方があるまい。
むしろ大物が釣れた事を喜ぶとしよう」
「そうね。間違いなく陛下の耳にも入るはずよ」
「どうやら目的は無事に果たせそうだな。後は二人に観客を飽きさせないよう頑張ってもらうとしよう」
「きっと二人も同じ事を考えているはずよ」
どうやらその通りのようだ。
レティも少し様子が変わり始めた。
良かった。完全に冷静さを失っていたわけではないようだ。
ちゃんとこの決闘の主旨も覚えていてくれたらしい。
「さてさて。本当の勝負はここからだな」
「私も見張りを手伝うわ。
エリクは決闘の方に集中して」
「うむ。頼むぞ。パティ」