02-53.何より楽しいもの
爺さんとレティは魔力壁上部に作られた特設リングで向かい合っていた。
「此処で逢ったが百年目です!
いざ尋常に勝負です! お爺ちゃん!」
「相変わらず威勢だけはいっちょ前じゃのう。
御託はよい。さっさとかかって来んか」
「!!」
早速魔術を放つレティ。初手から全力全開だ。しかも魔力壁まで利用するつもりのようだ。爺様本人ではなく、その足元目掛けて大火力の火炎弾をぶつけ、魔力壁の反射と誘爆の作用を利用して大爆発を引き起こした。
「まったく。もう少し戦い方はどうにかならんのか。
正々堂々と試合をしようというつもりがまるで無いな」
決闘の場は魔力壁の上でと言い出した時点で気付くべきだったのかもしれん。目立つように高い所を指名したのかと思えば、まさかこんな事に利用する為だったとは。
「そんな甘いこと言ってられないわよ。心配は要らないわ。サロモン様がこの程度でどうにかなるはずもないんだし」
パティの言った通り、爆炎の中から爺様がゆっくりと浮かび上がってきた。見た感じ火傷一つ負っていないっぽい。しかも爆風の影響もなんのそのだ。吹き飛ばされる事もなく自らの魔術でその場に留まっている。
「飛行魔術を極めるという事は風を支配する事でもあるの。極まった術者は爆風だって軽くいなせてしまうものなのよ」
「パティも以前似たような事はしておったな」
「サロモン様の技量は私なんかとは比べ物にならないわ」
「何故そうまで差が出来るのだ?
こんな言い方はあれだが魔術はただ呪文を唱えるだけであろう? 込める魔力量を自ら制御出来るわけでもないのだ。個々人で大きな差が出るとも思えないのだが」
「エリクもまだまだ勉強不足ね。魔術は必修科目ではないとは言え、ディアナにももう少し教えておくべきだったわ」
魔力持ちは限られているからな。学園入学と首席を目指す上では必ずしも必要なわけではない。残り時間も限られている都合上、切り捨てざるを得なかったのだ。ディアナが学ぶ必要が無い以上、私も優先度を下げていた部分はある。
一応私はパティやメアリから教わってもいたが、極初歩の部分と魔力視を優先したからな。こちらもそう時間は取れなかったからまだまだ足りていないのは間違いない。
「ただ呪文を唱えて魔術を発動するのは初歩の初歩よ。よちよち歩きの赤ちゃんと同じなの。ただ歩き方を覚えただけ。走ったり、疲れないように長く歩いたり、そこから学ぶ事はいっぱいあるの」
「つまり?」
「イメージよ。必要なのは。ただ呪文を唱えるだけで思う方向に魔術が放てるわけじゃないでしょ」
それもそうか。そもそもあれもイメージなわけか。当たり前過ぎて意識していなかった。
「呪文は術と魔力を引き出す為のキッカケにすぎないの。同じ術でも人によって効果がまるで異なる事だってあるわ」
呪文は呪いを緩和すると同時にイメージを補い、大まかな方向性を定めるだけなのだろう。後の細かいイメージは術者本人次第というわけか。
「なるほどな。ちなみにパティが術を行使する時はどんな事を考えているんだ?」
「どんなって?」
「例えば火の魔術を使うときだ。
何をどこまでイメージしている?
酸素を集める所からか?
単純に炎の形を思い描くだけか?
それとも対象を燃やし尽くす所までか?」
「ああ。そういうことね。
エリクは難しく考えすぎよ。
イメージってそういう事じゃないの。
もっと心のままに思い描くの。
魔術って理屈じゃないのよ。
物理現象では説明のつかない事象も起こせるの」
「ふむ……」
「きっとレティとサロモン様の戦いは参考になるはずよ。
よく見ていて。目を逸らさずに」
「うむ」
レティは相変わらず猛攻を続けている。火も風も水も、空中だと言うのに土まで使い、持てる全てで爺様に向かっている。
対する爺様は涼しい顔だ。まるで子供に教えるように、一つ一つ丁寧にレティの術を潰していく。火や爆風は風で散らし、風は水で遮り、水は土の壁で受け流し、土の弾丸は火で焼き砕く。レティより遥かに少ない魔力消費で猛攻を凌いでいく。
傍から見ればどちらが優勢なのかは明らかだ。いくらレティの魔力量が爺様の数十倍に匹敵しようとも、このペースで続ければ先に尽きるのは間違いなくレティの方だ。それだけ両者の技量には大きな開きがある。
レティとパティが全力を尽くすべきだと言うのも頷ける。例えラフプレーじみた戦い方であっても、今のパティの実力では決して爺様には届かないだろう。そう言い切れるだけの力の差が確かに存在していたのだ。
「爺様の魔術は確かに別物だな。
その点、レティのものには見覚えがある。パティにそっくりだ。お主らは内面まで似ているのかもな」
「ふふ♪ 嬉しい事言ってくれるじゃない♪」
仲良しで結構。
だがこのままではレティも勝てんぞ。
パティもこの状況はよくわかっていたのだろうがな。
「そろそろ魔力を補充してやるべきか?」
「当てにはしているでしょうね。
そうでなければ勝つ手段なんて無いんだもの」
「やはりそう見えるか」
「レティも自分で言っていた事よ」
そうだったな。私の無限の魔力があれば勝てると。すなわちそれがなければ勝つ自信は最初から無かったわけだ。
「その割には簡単に乗せられておったな。
なんぞ、勝算でもあるのかと思っておったが」
「無いみたいね。そろそろレティの魔力尽きそうだもの」
早いな。流石にバカスカ撃ち過ぎだろう。確かに術の練度はパティ以上なのだろうが、結局は延長線上に過ぎない。魔力壁でも交えるのかと思いきや、特にそういった動きもしていない。
まあレティは占有化を習得していないからな。そもそも魔導自体、実戦投入は未経験だ。下手をすると爺様の魔力として利用されかねないのだし、この状況では使い辛いだろう。
「爺様の方は殆ど減っていないな。
あれはあれでどうかしているぞ」
「流石に減らなすぎね。
何か仕掛けがあるのかも」
技量だけでなく、魔力電池のような備えもしてきたのかもしれんな。私の瓶を隠している袋のように魔力電池だって隠す方法はいくらでもあるだろう。その手の素材と一緒に服の内側に縫い付けるだけで済むのだ。簡単に仕込む事は出来るだろう。
「そろそろ送ってやるか」
レティに魔力を流し込む。
まだ魔力壁を使う程ではないが、この程度のテコ入れは必要だろう。決闘があっさり終わっては意味がないのだ。見物人ももう少し増えてもらわねばな。第三王子の手勢だけが見ていても意味はないのだ。彼らが城に報告に行って騒いでくれて初めて意味が生まれる。だから時間を稼がねばならない。爺様もそれくらいは察してくれるだろう。
「なんと。そのような事まで。
フォッフォ。これは骨が折れそうじゃわい」
レティの魔力が一瞬で満タンに回復したのを目の当たりにしても爺様は余裕の表情を崩さない。どころか、妙に嬉しそう、いや、むしろなんだか燃えているようだ。爺様もこの国で最強を名乗るだけあって、実は好戦的なのかもしれない。なんだったらレティの喧嘩っ早い所は爺様由来だったりするのかもしれないし。
「仕切り直しじゃな。
折角妖精王陛下から授かった力じゃ。
その真価を見せてみよ」
「うるさいです!
行きますよ!!」
再び二人の魔術が宙を飛び交い始めた。
魔力を糧に二人の心が形となっていく。
空を色鮮やかに埋めながら激しくぶつかり合う。
なんだか少しわかってきた気がする。パティが魔術を楽しいと言う気持ちが。
パティだけでなく、爺様やレティが魔導を追い求めた理由が。
心の呪いから解き放たれて、より自由に術を使えるようになったなら、きっとこれ以上に楽しい光景が見られるんだと思う。魔術の、魔導のその先を目指してみたくなる。いつか私もそこに辿り着こう。そんな気持ちが湧いてくる。
なんなら今すぐ乱入したい気分だ。
いっそ第二王子を呼んでしまおうか。
勿論そんなわけにはいかないけど。
ふふ。この国はとんでもない場所だと思っていたが、存外悪くも無いのやもしれんな。
願わくばユーシャにも同じ気持ちを感じて欲しい。
あの子が術を扱えない理由は何れ必ず解き明かそう。
自由に空を飛び回れる力を授けてあげよう。
きっとそれは楽しい筈だ。間違いなく。