02-50.技術流出
「これは神器じゃないわ」
「は?」
第二王子から巻き上げた大柄な篭手を改めて手にしたパティがそう呟いた。
「いえ正確には神器も使われているの。けど外側は別物よ。ほらここ。この宝石。これだけが神器なの」
裏返された篭手の内側には、装着時に宝石が腕に接するように埋め込まれていた。確かにこの宝石には魔力が溜め込まれている。おそらくこれも魔力ポーションや私の魔力と同じ原理だ。この篭手はパイルバンカーを放つだけでなく、魔術使用時にも魔力を肩代わりしてくれる仕組みが備わっているようだ。
「まだ中に何か入っていますね。壊してみましょうか」
同じくレティも何かを見抜いたようだ。
「待て待て! 私が調べる!」
壊さずとも私が魔力を流せば一発だ。
「そうね。エリクにお願いしましょう」
パティから差し出された篭手に魔力を流し込み、内部構造を探っていく。
「……これか」
えっと? ここをこうして?
篭手の中に収められていた神器はあっさりと取り外す事が出来た。どうやら元から着脱可能なように設計されていたようだ。魔力を貯めるのに必要だったのだろう。
篭手から外して改めて見てみても、神器自体は手の平サイズの小さな宝石のようなものだった。この篭手の中には螺旋状に回転する筒のような機構が備わっており、そこに十の宝石が取り付けられていた。仕組み自体は割とシンプルだ。筒を押し込んだり引っ張ったりする事で腕に触れる宝石を切り替えられるようだ。
「これは見たことがあります。触れている者から少しずつ魔力を奪い、蓄える性質を持った神器です。いえ、正確には神器とも少し違うのかもしれません。いくつかの神器に共通して備わっているものです」
なるほど。まさに電池って感じだな。共通規格なのだろう。壊れた神器から取り出して集めたのだろうか。
聖女の杖も案外サイズが違うだけなのかもしれない。機能的には同じものなのやも。
「何となく仕組みはわかった。
しかしこれは……」
「私の魔導杖の技術よね」
そうなのだ。この宝石型神器は単なる魔力電池に過ぎず、篭手自体の仕組みは現代の誰かが考案したものらしいのだ。少なくとも篭手の構成材質は神器と呼べるものでもないようだ。そして何故かこの電池から魔力を取り出す仕組みはパティの魔導杖と同じものだった。宝石と同じく、装着者の肌に触れる位置に見覚えのある陣が描かれている。
「あの技術は誰が知っているのだ?」
「ジュリちゃんだけよ」
「ジュリちゃんが漏らしたとは考えられんな」
「ええ。私もそう思う。だからたぶん忍び込まれたのよ。寮の私の部屋に。図面や旧型も置きっぱなしだったから」
パティは留守にする事も多いからな。長期休暇明けからはこちらの屋敷に移っていたし気付かずとも無理はない。
「まだ引き払っていなかったのか?」
「ええ。失敗だったわ。ごめんなさい」
それも仕方のない事だ。ユーシャを連れ歩きながら引っ越し作業なんぞ出来なかったであろう。あの時点で狙われていたのはユーシャだった筈なのだ。パティはユーシャの安全を最優先にしてくれていたのだ。責められるような事ではあるまいよ。
かと言って問題点が皆無とも言えんがな。パティは片付けが出来んのだ。引っ越しを従者達に任せられなかった理由については落ち度もあるかもしれん。それも部屋の中には魔導杖のようなあまり人に見せられない物がゴロゴロ転がっている可能性もある。どうやら城内の方にはパティの部屋などは残っていないようだし、私物の殆どは寮の部屋に放り込んでいたのだろう。物置代わりに使っていた部分も無くはない。その隙を突かれたとも考えられるか。
「まあ気にするな。まったく。姫殿下の寝室に忍び込むとはとんだ不届き者が居たものだな」
私はパティには甘いのだ。そう決めたのだ。甘すぎる? まあいいじゃん。パティは結構な気にしいだし。過剰に甘やかしてやらんと勝手に抱え込むのだ。一切表に出さないままなのだ。何れ爆発するやもと恐れるくらいなら、無理やりにでも引き出してやらんとな。パティは十分他で頑張ってくれている。だから私だけはどんな時でも味方でいてやるのだ。
それはそうと、これで寮の安全性にも疑いがあった事が判明してしまった。先にシルビアを連れ出せていたのは幸いだった。もう一晩でも遅ければ敵に先を越されていたかもしれない。
「この宝石は特段珍しい物でもないのだな?」
「際限なく存在するものではありませんが、それなりの数を確保している可能性はあります」
まあ、ありふれているわけは無いよな。それなら聖女の神器だって厄介者扱いはされていないだろうし。この電池に魔力を溜め込んでいけばあの神器だって使いこなせたはずだ。少なくとも聖女の神器を持っていた第一王子一派は魔力電池の方は持っていなかったのだろう。
もしくは聖女の神器はこの魔力電池を壊してしまうのかもしれない。あれは何故か禄に制御も利かず無理やり周囲の魔力を奪い取るみたいだし。過放電みたいな現象でも起こさせるのかも。念の為近づけないようにしておこう。
「この篭手も量産されている可能性はあるな」
いや無いか。どう考えてもこれは浪漫装備だし。
第二王子くらい大柄でなければ装備する事すら難しかろう。
おそらくパイルバンカーにしたのは威力を補う為だろう。パティの魔導杖はただ爆発を起こすだけだからな。単なる爆発だけではそう大きな威力にはならんのだ。例え神器級の出力をもたせたとしてもな。
その爆発力を一点集中の破壊力に変換しつつ、個人で携行出来るものとしてはこのパイルバンカーが精一杯だったのだろう。
「大砲型はあり得るかもしれないわ」
まあ別に個人で持ち運ぶ必要もないものな。
むしろそっちの方が本来あるべき姿なのかもしれない。
「だが大砲程度ならば魔力壁は破れまい。先程の威力はこの形状と第二王子の膂力が合わさった結果だ」
それにこのパイルバンカーもおそらく相当特殊な素材が使われているはずだ。神器程ではないが、そう錯覚させられるだけの何かは秘めているのだ。きっと私のクシャナの体と同じようなものだろう。
実際、幾度も魔力壁を貫かんとぶつけられたのに、先端の尖った部分すら破損している様子はない。内部も同様だ。機械的な構造をしている割には反動で破損する程脆弱なわけでもないようだ。
ミスリルみたいなファンタジー素材がふんだんに使われているのは間違いないだろう。それを大砲の玉のような消耗品で上回れるとは思えない。この装備の威力は材質の硬度もあってこそだろう。
それにこの世界って変に技術力高いんだよなぁ。それもこれも神器、というか女神の落とし物のせいなのだろうか。思えばあの呪いの人形も神器の一種だったのかもしれない。女神の目的はバラ撒いた神器を参考にさせて、この世界を発展させる事なのかもしれない。
「そうね。他に扱える人もいないだろうし一先ずは安心ね」
パティは言葉ほど安心しているようにも見えない。
何やらまた考え込んでいるようだ。
「気にするな。お前のせいではない。
盗人どもが悪いのだ。思い詰める必要はないぞ」
「……ありがとう」
まだ何度も言い聞かせる必要がありそうだな。
そろそろ部屋に戻すか。ソファに座って抱きしめてやろう。
「エリクちゃん」
あかん。レティの事を忘れてた。だいぶ頭に血が登っている。パティの様子には当然レティも気付いていたのだろう。パティの部屋に忍び込んで研究成果を持ち出した不届き者を成敗しに行きたくて堪らないようだ。
「ダメだぞレティ。
私も気持ちは同じだ。
だが今は動くべき時ではない」
「そうよ、レティ。
私は大丈夫だから。
お願い。ここは堪えて」
とは言え学園長との約束もあるから今すぐ寮の荷物を運び出す事も出来んのは歯がゆいものだ。
「……エリクちゃん」
あかん。ダメそう。
いや、これでも精一杯堪えてるっぽい。
レティにしては頑張ってる。
「落ち着け。お前は出来るお姉ちゃんだ。
パティの足を引っ張るような真似はするまいな」
「……城ごと潰しましょう」
「ダメだってば。もう。
変な事言わないでよ。レティ」
痛いぞ。唇を噛むな。
今は体を共有しているのだ。私にも伝わるのだぞ。
「逆だ。首謀者を引きずり出せ。
その策が用意できたなら協力は惜しまん」
「エリクまで……」
「やりましょう」
「もう……。二人とも程々にしてよ?」
「うむ。私達に任せよ」
「必ず後悔させてやります」
「本当に大丈夫かしら……」
いざとなったら私が止めるさ。お姉ちゃんは事と次第によっては手段なんて選ばないだろう。その時は私も全力を尽くそう。どっちの意味になるかは状況次第だがな。