02-47.親友と家族と境界線
「第三王子んとこのがまた来たぞ」
「でしょうね」
奴ら懲りる気配がまるで無いな。
第一王子の一派が敗退する所も見ていただろうに。
どうして自分達に勝てる要素があると思ったのだろうか。
「後は爺様だけかと思ったのだが」
「そんなわけないじゃない。
一兄様達が手を引いたんですもの。
様子見に徹していた人達が色々試しに来るはずよ」
そんな記念受験みたいな……。
「二兄様もまた来るでしょうしね」
そう言えばまだ戻っておらんな。
毎日あしげく通っていたのだが。
「近衛騎士団は流石に来んよな?」
「無い筈よね。陛下が止めてるって話だもの」
「そこだけが気がかりだ。
何でも切れる剣を止める魔力壁なんぞ思い浮かばんぞ」
矛盾しちゃうし。
「でもエリクならどうにかなるんじゃない?
土壇場で占有化だって成功させたじゃない」
「あれは……火事場の馬鹿力と言うやつだ。
あまり頼るものではないと思うぞ」
やはり私は必死にならないと覚醒出来ないようだ。
まあ、一度使えれば以降は問題なく使いこなせるのだけど。
そこだけがせめてもの救いだな。
「その時はまた私が側にいてあげるから」
「自分の身を危険に晒すつもりか?
確かに私には必要かもしれんが……」
「あら? 断固反対って言わないのね。
ちょっと驚いたわ」
「パティが側に居てくれれば心強いからな。
ただ抱きしめてくれているだけでも十分だ」
「何時でも抱きしめてあげるわよ」
「ダメだぞ。こんな所で。
せめて部屋に戻ってからにしろ」
「なら早く見回り点検済ませちゃいましょう」
「うむ。そうだな」
屋敷内の各所に設置された蜘蛛の巣と、それらを繋ぐように張り巡らされた糸を確認していく。
「これも早く感覚だけで辿れるようになりたいものだ」
「え? 私と二人きりになりたくてわざわざ自分の目で確認してるんじゃなかったの? 確認するだけなら眷属達に任せれば済むでしょ?」
「いやまあ、そうなんだが」
そういう事は口にするでない。
「もっと使いこなしたいのだ。理想を言えば私は一歩も動かず糸だけで屋敷の状態全てを確認出来るようにしたいのだ」
「魔力をもっと上手く扱えれば出来るんじゃないかしら?」
「だろうな」
具体的な方法は見当もつかないけど。
魔力を辿らせる事で断線くらいは確認出来るが、その詳細な位置まではわからんのだ。そもそも断線なんぞするはずがないから意味もない確認ではあるのだが。
ともかく今の私では目視が必要だ。それでも眷属達にやらせる方が手っ取り早いが、こうして自ら見て回る事で屋敷の間取りを頭に入れる事も重要だ。
「ゆくゆくは戦闘技術にも役立てられそうね」
「元よりそのつもりだとも」
糸使いってカッコいいよね。しかも私は自ら糸を生成出来る上に、その糸自体も特別製なのだ。なんちゃらスパイダーとかいう上位の魔物の器官を移植してあるからな。しかも手首だけでなく指先からも出せるようになっているのだ。そのうち高い所に侵入する時も役立つかもしれん。
「他の機能も忘れずに使ってあげてね」
「どれも練習中だ。使えるのは精々ブレスだけだ」
「それ難易度高いやつじゃない」
「うむ。上手く吐き出せず何度か飲み込んでしまった」
「今度ジュリちゃんの店に行きましょう。
一度精密検査を受けるべきだわ」
「むぅ……」
なんだかなぁ。響きがなぁ。
精密検査って言われちゃうとなぁ。
「何よその顔」
「なんでもない」
「検査が終わったらそのままデートしていきましょう」
「仕方ない。付き合ってやろう」
「ふふ♪ 何よその言い方♪
でもその前にディアナとも済ませておいてね」
「約束だからな。騒動が収まったら一番に連れて行くさ」
「よろしい♪」
ユーシャとも行かねばな。むしろ行きたい。
早く終わらないかな。この馬鹿騒ぎ。やっぱ一月は長いな。
「それで?
シルヴィーの方はどうなのだ?」
「どうって?」
「嫁に加えたいのだろう?
私は協力してやるぞ。だから遠慮せず本音を言ってみろ」
「……何急に? どういうつもり?」
「おい。なんだその反応は。私はパティの味方だ。
言っただろう。悪巧みがあるならそう言えと。
ユーシャとディアナに言えん事でも私には言うが良い」
「そういう意味だったのね……」
「"そういう意味も"だ。間違えるな。私の事はともかくユーシャ達をも危険に巻き込むと言うのならその時は叱るぞ」
まあ結局は許すだろうがなこれまで通りに。
「……」
「なんだその顔は?」
「呆れてるのよ。
エリクったら私のこと好きすぎなんじゃない?」
「そうだぞ? 今更気付いたのか?」
「もう……バカね。
そんなのシルヴィーにだって悪いじゃない」
「その分パティが幸せにしてやれば問題なかろう。
シルヴィーの方も満更でもないようだしな」
「違うわよ。シルヴィーのあれはそういうのじゃないわ。
エリクがそう思った理由もわかるけど」
「なんだ自覚していたのか」
「ええ。まあ」
明らかに好意を示しているものな。それが恋でなくとも、相応に大きなものである事は間違いあるまい。でなければどこへでも付いて行くなどとは言わんだろう。
「まあよい。シルヴィー本人の想いは一旦置いておこう。
今重要なのはパティの気持ちだ」
「だから違うんだってば。
言っても信じてもらえないと思うけど」
「何を言う。信じるに決まっているだろう。
ならばパティはあの娘をどうしたいのだ?
考えがあるなら聞かせておくれ」
「今まで通りよ。魔導を教えてあげて。
それだけで十分だから」
「ならば何故神器の事を聞かせた?」
「うっかりしていただけよ。他意なんて無いわ。
エリクだって同じでしょ?」
「……そうか。そうだな。その通りだ。
ならば次からは気をつけるとしよう」
「今更遅いんじゃない?」
「選ぶのはお前だ。パティ。
このまま引っ張り込むのか、何れ手を離すのか。
私はどちらであっても構わんよ」
「……そこはシルヴィーが選ぶところでしょ」
「一択だろ。あの娘は」
「そうなのよね……」
「困っておるのか?」
「そりゃあまぁ……。
大切な親友だからって気軽に人生までは預かれないわ」
「それこそ今更ではないか?」
「そんなこと……」
「どの道あの娘は普通の平民らしい人生なんぞ歩めんよ。
既に陛下から目をつけられているのだ」
「うん……」
「パティは守る為に介入するのだ。そう納得してしまえ。
後の事は気にするな。私がパティのついでに守ってやる」
「……うん。ありがとう」
「よし。ならばシルヴィーの話はこれで決まりだな。
方向性は問題あるまい。具体的な関係性はまた後だ。
先にレティの件を済まさねばな」
「そうね。順番は守らないとね」
「きっとユーシャが許しはせんからな」
「けどどうしたらいいのかしら」
「愛人でも奴隷でも、ましてや恋人でもない関係性だ。
……もう普通に姉でよくないか?」
「レティが納得しないじゃない」
「そうか? そうかも?」
あのお姉ちゃん、お姉ちゃんとしての誇りはないのだろうか。なんか普通に混ざりたがってるんだよなぁ。
「そう言えば何故パティは姉と呼んでやらんのだ?
大親友なんて呼ぶよりも姉の方が喜ぶのではないか?」
「確かにレティは私の為に何でもしてくれるけど、私だってレティの為にしてきた事は沢山あるのよ。わかるでしょ? 私達からしたら凄いお姉ちゃんでも、世間一般からしたらただの問題児なんだもの。レティにも助けは必要なの。今まではそれが私の役目でもあったの。だから姉より親友の方が相応しいのよ。なんなら悪友と呼んだって良いわ」
「まあ何となくわかるけども」
「別にサロモン様に頭下げてたのだって、私自身の望みの為だけってわけじゃないのよ」
「もちろんそこは勘違いしていないとも。
互いに想い合っているのは理解しているさ」
レティの為に必要だからそうしただけであろう。実際には爺様とレティの関係性的に必要の無い行為だったのかもしれんが。それでもレティ自身を成長させるには必要だったのだろうし。実際に成長できたかはともかく。
そうやってパティはレティの世話を焼いてきたのだろう。結果実を結ばなかったとしても、それはまた別の話だ。結局養う決意をしたのだから問題もあるまい。なんでパティが責任を取らされているのかについては脇に置いておこう。
「まあいい。レティの事も追々だ。
先にレティがユーシャを陥落させるかもだし」
「というかもうだいぶ……」
ああ。やっぱり? ユーシャは今まで私しか側に居なかった反動でチョロいからなぁ。ちょっと心開くとすぐ懐く。
まあでも、拘りは強いから恋人に加えるとかってなるとまたモヤるんだろうけど。
このままだとまた成り行きで一悶着あるかもなぁ。
ある意味それが一番手っ取り早そうではあるんだけど……。
まあ良いか。その時はその時だ。