02-45.七転八倒
「聖女の神器? これが?」
「ええ。間違いなく」
魔力を使い切って空になった杖がテーブルに置かれた。
ジェシー王女は役目を果たした杖を献上しにきたそうだ。
これは陛下の計らいらしい。一部始終を見ていた陛下は一度は奪われたこの杖を潔く差し出すべきだと考えたようだ。それに迷惑料的な意味合いもあるらしい。王宮魔術師の干渉は陛下の本意じゃなかったっぽい。ジェシー王女がそんな内容を遠回しに伝えてきた。
何だか状況がややこしい。一旦聞いた話を纏めてみよう。
この杖、聖女の神器は元々第一王子の派閥が隠し持っていたものだ。
王宮魔術師達が今回手を貸したのはジェシー王女がこの聖女の神器をチラつかせたからだ。サロモンの爺様を説得して、と言うか爺様と利害関係が一致して、爺様に王宮魔術師達を動員させたらしい。
当然末端の王宮魔術師達までもが神器の存在を知っているわけではないが、そもそも魔力壁自体が興味の対象だった為に皆がノリノリで作戦に加わったようだ。
そして問題のこの杖だが、どうやら大層な寝坊助らしい。使用するのに莫大な魔力が必要な上、そもそも起動するのにも魔力が必要なようだ。
この杖には三段階の形態が存在する。
一つ目は今の完全に沈黙した形態。
所謂スリープモードや待機状態ってやつだ。先ほど私が見たものとは若干形状も異なるようだ。先端の宝玉が爪のようなパーツで覆われている。もしかしたら蕾を意識しているのかもしれない。この段階では何の力も無いただの杖だ。神器と気付くことすら難しいだろう。
二つ目は魔力収集形態。
私が最初に見たのはこの形態だ。周囲の魔力量に応じて自動的にこの形態へ変化するそうだ。この形態に変化すると杖の先端にある宝玉がむき出しになり、周囲の魔力を片っ端から吸い上げていく。
第二形態の特性を鑑みるに、おそらく第一形態は安全装置のような役割があるのだろう。というか自己封印機能とでも言うべきなのかもしれない。勝手に暴走して魔力を吸いつくさないようにしているのだろう。そのせいか、並大抵の魔力量では第二形態に移行させる事すら難しいようだ。聖女以外に使いこなせないという話もここから来ているのだろう。
三つ目は解放形態とでも呼ぶべきか。
一定量以上の魔力を蓄えてから初めてこの形態が解放されるのだ。一度解放形態になれば誰にでも扱えるらしい。蓄えた魔力量に応じて何か一つ願いを叶えてくれるのだ。
そう。聖女の神器とは別に治療の為だけのものではなかったのだ。これは万能の願望機だ。というより魔力の本質を引き出すための補助器具だ。私が自分でしている事のもっと凄い版だ。使用者の心を正確に読み取って、魔力を現象へと変換してくれるのだ。
まあ、コストとして莫大な魔力が必要だから何でもかんでも叶えられるとは限らないけど。とは言え間違いなく神器と名乗れるだけの性能は秘めている。決して私の下位互換などではないのだ。
でまあ、纏めるとだ。
【封印形態】【収集形態】【解放形態】の三形態が存在するわけだ。
そして普通人間は収集形態に移行させる事すら出来ないし、解放形態にまで魔力を貯める事だって不可能に近い。ぶっちゃけ持っていても宝の持ち腐れだ。どころか下手に魔力を吸いつくされて他の神器とかを壊されても困るわけだ。
あれ? もしかしてこの杖厄介払いされた?
いやまあ、私なら使いこなせるだろうけど。それに嬉しいのは間違いない。ずっと欲しかったやつだもん。これでディアナを完全に治療する事が出来るはずだし。
でもだよ?
詫びの品として差し出してきたんだよ?
調子が良すぎるとは思わない?
いやまあ、言わないけどさ。
やっぱあげないって言われも困るし。
ありがたく貰っておくし。
「それで?
貴殿らの願いは無事に叶ったのか?」
「ええ。お陰様で」
叶えた願いは陛下の病を治す事だろう。
なんか帰る時はピンピンしてたし。
「そうか。それは何よりだな。
ならばこの馬鹿騒ぎも終いか。良かった良かった」
「馬鹿騒ぎ?
この屋敷が狙われている件に関してはまだ続くわよ?」
「何故だ? 人の王はまだ暫く健在なのであろう?
焦って後継者を定める必要も無かろう」
と言うか第一王子達がまた一歩リードしたんじゃない?
流石にあの王様だって、自分の事を治療してくれた息子相手なら邪険にもしないんじゃない?
「約束は一月でしょ。
陛下は決して約束を違えたりはしないわ」
「そうは言うがな。
あやつは私に借りがあるではないか」
ジェシー王女の策略で私は一方的に利用されただけで、本来なら借りなんぞ作れない所だった。だが幸い目論見を阻止できたからな。魔力のたっぷり籠もった杖をわざわざ返してやったのだ。これでは足を向けて寝られまい。
「だからこうして精算しに来たんじゃない」
「厄介払いに来ただけだろうが」
「でもこれが欲しいのでしょう?」
「おい。何故それを知っている?」
「ふふ♪」
しまった……。
「カマをかけおったな?
それがこの国の恩人への態度なのか?」
迂闊だった。ディアナの治療がまだ不完全だなんて情報は知られているわけがないのだ。
「貸し借り無しの貴方はただの侵略者だもの。
これでも十分尊重していると思わないかしら?」
ああ言えばこう言う。
「まあよい。最も高い脅威は脱落したのだものな」
「流石に大人しくしているわ。
貴方の力も十分見られたもの。
安心して妹を任せられるわ」
「それは何よりだ」
「けれど一つ忠告しておくわ。
サロモン様の方はまだよ。必ずまた仕掛けてくるわ」
「爺様が? 既に切り札も失われたのであろう?
いったいどうやって魔力壁を破るつもりだ?」
「これ以上を知りたければ我々の下につきなさい」
「逆だ逆。下につくべきは貴殿らだ。この杖は陛下からの慰謝料だ。貴殿ら第一王子派閥としても何か差し出すべきであろう」
「本当に良いのかしら?
パティは望んでいないはずでしょ?」
まあ、第一王子派閥が丸ごと下につけば一気に王位に近付いてしまうな。それは確かに本意ではない。
「秘密裏に協力するなりなんなり出来るだろう」
「だから忠告したのよ。
私達に出来るのはそこまでよ」
「安すぎないか?」
「ええ。もちろん。ちゃんと恩は返すわ。けど今はまだその時じゃない。だから頑張って。妖精王さん。全部終わらせたらお姉さんに出来る事は何でもしてあげるわ」
「ならば陛下の」
「ちょっと。そこは違うでしょ?」
「帰れ」
「ひどっ!?」
「どっちがだ。妹の伴侶に色目を使うな。愚か者め」
「そんなマジで怒らないでよ。
冗談だってば。私これでも婚約者だっているんだから」
「尚の事たちが悪いな」
「パティには内緒よ♪」
相変わらず直接話すと軽い奴だな。
そんなコロコロ変えてて疲れないのだろうか。
「それで?
何故パティ達を外させたのだ?」
「あら? 気付いてたの?」
「本題を言え」
「本題って言う意味でならこの杖の事で間違いないわ。
パティを外してもらったのは別件よ」
「……」
「そんな顔しないでってば。もう。
レティシアの件よ。話したいのは」
「レティの?
なんだ? やはりまだ爺様と繋がっているのか?」
「逆よ逆。レティシアは罪人となったわ。
もうこの国には居られないの」
「はぁ?」
「王宮魔術師の、それも筆頭補佐なんて簡単に辞められるわけないでしょ。しかも侵略者の下に身を寄せるなんてって。それに元々素行も悪かったもの。もし捕まったらただでは済まないわ。良くて一生幽閉、普通に考えるなら死罪が妥当でしょうね」
「なっ!?」
まさか真の理由は神器に関わったせいか!?
この国はそうまでして隠し通してきたのか!?
「他にも余罪がいくつもあるのよ。
全部サロモン様がもみ消してたみたいだけど」
確かに神器の横領や魔導の無断研究とかもしてた筈だが……。
「つまり爺様が売ったのか?」
「違うわ。庇いきれなかっただけ。サロモン様も窮地なの。
事が大きくなりすぎたのよ。妖精王さんのせいでね」
いや、レティ曰く事が大きくなった事そのものは爺様的に嬉しい誤算だったって話なのだが……。
「爺様が仕掛けてくると言うのもそういう事か」
「ええ。責任を取らないといけないの」
これを期に引きずり降ろそうとする連中もいるのだろう。城の中では権謀術数が渦巻いているのかもしれない。爺様がそれを事前に予見できなかった筈はない。いったいどこからどこまでが策の内なのだ?
「約束通り出来る事はしてあげる。全部終わった後にね。
だから妖精王さんも上手くやってね」
「ただ爺様を生かして帰すだけでは足りぬと?」
「もちろん。なんらかの成果は持たせてあげないと」
成果ってなんだよ……。
何を提供すれば良いのさ。
と言うか担ごうとしてない?
爺様と結託して何か引き出そうとしてない?
本当にレティと爺様はそこまでピンチなの?
ダメだわからん。
ジェシー王女が今も真実を話しているとは限らない。
一人で話す事にしたのは間違いだったかもしれん。
「例えばこの杖。
魔力をたっぷり込めて持たせてあげれば?」
「ダメだ」
私の魔力は他者に渡して良いものではないのだ。
「ならレティシアを差し出す?」
「それも論外だ」
「妖精王さん自身って手もあるわ」
「バカを言うな」
「まあとにかくそういう事だから。
何か考えてみてね」
ジェシー王女はそう言って帰っていった。
なんだか最後の最後で仕返しされた気分だ。
だが大した問題は無い。
ジェシー王女は気遣っていたが私にそんな余裕はない。
パティの知恵が必要だ。私にはパティが必要なのだ。
だから早々に全部話してしまおう。助けを求めよう。
こういうの黙って動くと後で絶対拗れるからね。
絶対これが正解でしょ。間違いない。