02-44.秘策と対策
退屈だ。退屈すぎる……。
奴ら飽きもせずよく続けられるものだ。
何か面白い策でも仕掛けてこないだろうか。
まあ、別に奴らに私を楽しませる理由なんぞ無いのだが。
とは言えだ。こうも愚直に来られては張り合いも無いというものだ。相も変わらぬ作業感だ。ひたすら魔力を消費し続けている。
何か他の策も用意しておらんのだろうか。いや、用意していない筈がない。あれだけ自信満々だったのだ。きっと驚くような策を仕掛けてくるはずだ。
次の手はなんだろうか。
一先ず私達自身が最も嫌がる事を考えてみるか。
まあそれはわかりきっているのだが。
きっと爺様と騎士団長を引っ張り出してくるのだろう。
次点で神器を使うという可能性も考えられる。
レティがちょろまかしているくらいだ。
第一王子の派閥が同じことをしていないとも限らない。
どんな効果の神器ならば私の魔力壁を崩せるだろうか。
騎士団長が持つという何でも切れる剣か?
これは持ち主がハッキリしている。貸出もありえまい。
それとも大砲のような高威力殲滅兵器?
そんなものを王都のど真ん中で使うわけがない。神器とは私の同類だ。本当にそんな物が存在するなら王都丸ごと消し炭に出来たっておかしくないのだ。
はたまた転移の神器か?
今この瞬間にも屋敷内への侵入が済んでいたり?
それにしては時間がかかりすぎている。
周囲の兵達が陽動ならば手際が悪すぎるだろう。
もしかしたら神器の使用は最終手段と考えているのやも。派閥にとっても切り札たる存在であるはずだ。この場面で切るべきか迷っているのやもしれん。一度使ってしまえば陛下にもその存在が露見するのだ。回収されるのがオチだろう。
「?」
なんだ? 兵士達が動きを止めた?
兵士達の視線の先には一台の馬車が駆け込んできた。
豪奢な馬車だ。一目で高貴な者が乗っているのだとわかる。
第一王子とジェシー王女が真っ先に馬車の前で跪いた。
当然馬車に乗っていたのは国王だ。
どうやら今日は体調が芳しくないようだ。
側付きの者達に支えられながら馬車を降りてきた。
「未だ健在のようだが?」
「これよりご覧に入れましょう」
わざわざ魔力壁を破る瞬間を見せるつもりのようだ。
ジェシー王女が杖のようなものを携えて歩き出した。
杖の先端に付いた宝玉には莫大な魔力が込められている。
その魔力量は私にすら匹敵するかもしれないものだ。
何故今の今まで気が付けなかった?
まさか私の薬瓶を封じる袋と同じようなものが?
「妖精王よ!」
ジェシー王女が私に向かって杖を突き出した。
「この国は我らの国だ!
ここは既に陛下の御前だ!
早々に地に降り平伏するがいい!」
「引きずり降ろしてみせろ!
それが切り札だと言うならば使って見せるがいい!
我は真っ向から受けて立とう!」
「忠告はしたぞ!」
え? 忠告? 今のが?
ジェシー王女は魔力壁に向かって、杖の宝玉を叩きつけるような勢いで押し当てた。
「!?」
瞬間、私の魔力がごそっと引きずり出された。
既に莫大な魔力を秘めている筈の杖は、更に多くの魔力を求めるように周囲の魔力を引きずり込んでいく。
「くっ!!」
なんだ! なんだこれは!?
魔力が吸い尽くされる!?
魔力壁に込めた魔力が込めたそばから杖に吸い込まれていく。ギリギリ魔力壁を維持出来る程度の速度ではあるが、このままでは到底回復が追いつかない。直に私の魔力は尽きるだろう。
何故か他の者達は手を止めている。王宮魔術師達も包囲こそ崩してはいないが、魔力壁からは手を離して魔術の詠唱も行っていない。絶好の機会だというのに。
まさか真の目的はあの杖に魔力を取り込ませる事か?
これまでの空打ちもあの杖に魔力を届ける為?
このままではマズい! 魔力を吸いつくされた上であの杖に込められたエネルギー量は受け止めきれない! 屋敷ごと吹き飛んでしまう!
一か八か魔力手でジェシー王女から杖を奪おうと試みるも、当然のように魔力手の魔力も杖に吸い込まれていった。これでは干渉する方法が無い。いったいどうすれば……。
「エリク!!」
「なっ!? 戻れパティ!!」
何故かパティが屋敷を飛び出してきた。
あの杖の馬鹿げた量の魔力を見て事態を察したのだろう。
「姉様! やめて! やめてよ!
エリクが死んじゃうわ!」
パティは私の制止の声も聞かず、真っ直ぐにジェシー王女の下へ駆け寄っていく。
私は咄嗟に魔力手でパティを掴み、どうにか屋敷と敷地入口の中程で確保に成功した。
「離して! 離してよ! エリク!」
「ダメだ! 中に戻れ! 危険だ! パティ!」
「エリクだって! きっとまた!」
魔力を失いすぎれば意識を保てんだろう。
それが死に繋がる可能性も十分に考えられる。
「エリク! もう諦めましょう!
エリクが言ったのよ! ジェシー姉様達になら」
「パティ!!」
パティの言葉を遮って、魔力手で掴んだまま私のいる屋敷上へと引き上げた。
「手伝え。私を支えていてくれ。
今は無駄な魔力を使いたくないのだ」
パティに寄りかかるようにして体を預け、意識を魔力壁の構築に集中する。更に今度は魔力が奪われる感覚に抗っていく。
これは私の魔力だ。私自身だ。
私は約束したのだ。勝手に他者に魔力を流さないと。
私はユーシャの物だ。パティの、ディアナのものなのだ。
これ以上奪わせてなるものか!
ただ一心に。思いを込めて。
魔力を心の底から引き出していく。
私の心に沿うように形作っていく。
私の為ではなく。他の誰かの為でもない。
私の全てはあの娘達の為だけに存在するのだ。
もう二度と他者に与えはしない。奪わせはしない。
だから返せ! 私の魔力を!
それはあの娘達の為のものだ!
傷つける為に使うなんぞ私が認めはせん!!
決してあの娘達に向けさせはせんぞ!!!
「!?」
ジェシー王女が咄嗟に杖を魔力壁から離した。
ほんの一瞬だが魔力の流れが逆転した。その事に瞬時に気付いたらしい。
「させん!」
魔力壁から魔力手を伸ばして王女の持つ杖を握りしめる。今度は魔力手が吸い込まれる事もなく、王女を振りほどくように杖を取り上げた。
「あっちだ!!」
尻もちをついた王女に兵士達が駆け寄るも、王女は自分より杖をと一喝した。
兵士達が杖を取り戻そうと手を伸ばす。私はそんな兵士達を魔力手で薙ぎ払いながら、杖を手元に運び込んだ。
「返せ! 返してくれ! 妖精王!
それは必要な物なのだ!」
ジェシー王女は恥も外聞も無く、縋るように魔力壁に張り付いた。
「エリクこれ……」
パティはそんな姉君の様子と杖を見比べて、何かに気付いたように呟いた。
「良いのか?」
「ええ。お願い」
せっかく奪い返した魔力だが仕方あるまい。パティの頼みだからな。精々有効的に使ってもらうとしよう。
杖を放り投げるとジェシー王女が慌てて受け取り、第一王子と共に陛下の下へと再び跪いた。
「無様なものだな」
「「お許しを」」
第一王子とジェシー王女は杖を陛下へと向けた。
不遜にも見える光景だが、誰一人として止めに入る者はいなかった。