02-43.退屈な作戦
再生型魔力壁は想定通りに機能した。
王宮魔術師達も早々に時間差で魔術を使うなどして対策しきてたものの、既に私の魔導はその程度で隙を突けるようなものではなくなっていた。
一応奇跡のような確立でなら突破も可能やもしれんが、当然一層突破された所で二層目以降の魔力壁も存在するし、こちらから奴らを押し返す事も出来るのだ。そもそもこれは敷地を囲う魔力壁の話だ。屋敷を囲う魔力壁はまた別で存在しているのだ。
私と人間とでは文字通り出力の桁が違う。パティが常人の百倍の魔力を持つというなら、私は常人の万倍以上を常時放出出来てしまう。当然これは回復が間に合う範疇での話だ。やろうと思えばそれ以上の放出だって可能だ。
エネルギー保存の法則とか無いのだろうかこの世界。なんかどっかに歪みでも生まれそうな理不尽さだ。流石に何かしらの仕掛けはあると思うけど。あれだ。龍脈的な。なにかそんな感じで地下から魔力を組み上げてるとかあるのかもしれない。私今浮いてるけど。関係ないか。なんかすっごい力だろうし。知らんけど。
魔力壁の弱点は案の定最初から見抜かれていたが、そもそも私の魔力が無尽蔵である事までは気付かれていなかったようだ。
いや、気付かれていないというのは少し違うか。おそらくその可能性も考慮した上で、それでも何れ必ず魔力切れが起こる筈だと頑なに信じているかのようだ。
まあ当然そう考えるよな。連中の使う魔力もまた私の魔力なのだ。向こうも魔力切れを気にせず魔術を放ち続ければ良いだけなのだ。そうして私の魔力切れを早めさせるのが順当な策なのだ。
奴らは想像以上に慎重だった。こんな思い切った戦力を差し向けてきたものの、やはり必要以上に危険を冒すつもりは無いようだ。一か八かで魔力壁側に魔術を撃ってくるつもりも無いようだ。当然のように最初から外側に向かって魔術を空打ちしている。
この人数を見た瞬間に魔力壁を再生型に切り替えていて正解だった。本当は複層型が破られてからにするつもりだったのだけど。そんな悠長な事をしていればすぐに物量で押し切られていただろう。
「それにしても退屈だな」
再生型魔力壁の維持以外に出来る事が殆ど無いのだ。念の為地下の様子を見守りつつ、後はこうして相手の状況を伺うしかない。流石にこれ以上手を広げる余裕はない。こんな状態で私は何日持つのだろうか。体力魔力の心配は要らないけれど、集中力や精神力は少々厳しいかもしれない。
まあでも。愚痴っていてもしかたない。いよいよとなったら誰かに話し相手でも頼むとするか。集中力を切らさない程度には意識を紛らわせたいし。今のところ集中力が切れる事より飽きる事の方が問題だからな。
退屈はいかん。モチベーションに直結するからな。いくら皆を守るためだからとは言え、残り半月以上もこのままじっとはしていられまい。途中で短気を起こして奴らを吹き飛ばしてしまうかもしれない。
奴らの狙いもそっちやもしれんな。魔力より精神力に限界が来ると踏んでいる可能性もある。そうすれば一番厄介な魔力壁に隙が生じる可能性があるのだ。奴らにとっても絶好の機会となるはずだ。
ならば少々種を蒔いておくか。こうしてただ黙って見ているよりかは幾分かマシであろう。奴らもペース配分を間違えてくれるかもだし。
「策はそれだけか! 失望したぞ! 人間達よ!」
取り敢えず煽っておこう。
増々魔王っぽくなってきた。
魔力は無限であろうとも奴らにだって体力や精神力の問題はあるのだ。連日何時間も立ちっぱで魔術を放ち続けるのは普通に重労働だ。魔術には呪文詠唱があるからな。ずっと喋り続けている必要があるのだ。しかも奴らには私の魔力による回復も無い。
そもそも王宮魔術師は軍人ではない。レティ曰く、大半はどちらかと言うと研究職に近い連中だ。魔術のアドバンテージがあるから実戦では強いのだが、別に軍人のように日々鍛えて体力をつけているわけではないのだ。戦闘技術を磨く中で体力作りを欠かさない者もいないわけではないが、当然それらは少数派だ。
そもそもの魔術師の数だってそこまで多いわけじゃない。第一王子の手勢と王宮魔術師を合わせたって、屋敷を敷地ごと囲ってしまえば人数もカツカツだ。これでは交代要員もおらんだろう。と言うか奴ら王国としての正規軍ではないのだ。そう考えればむしろ多いくらいだな。これでも。
何れは前面だけに集約するだろう。残りの人員を交代要員にして順繰り回していくはずだ。最初だけ総動員してきたのは短期決戦で押し込むつもりだったからなのだろう。
「出直してこい!
貴様らでは我が相手をする価値もない!」
だから私は煽って煽って煽りまくろう。
少しでも無駄な体力を使わせる為に。指揮官と軍人がどれだけ有能であろうとも、王宮魔術師達には隙が生まれるかもしれない。
「下らん小細工で破れはせんぞ!
我が無限の魔力を目にしてまだそれがわからぬのか!」
たまにちょっと焦ってる風の演技も忘れずに。奴らの情緒を振り回してやろう。私の限界が近いと誤解して更に全力を吐き出してくれるかもしれない。
「妖精王!!!」
一人の魔術師が飛び上がって突っ込んできた。
うむうむ。良いぞ。釣れたな。その調子だ。
「!?」
突っ込んできた魔術師を魔力手で掴んで兵士達の中に全力で投げ込んだ。着弾点の兵士達は咄嗟に受け止めようとしたものの、周囲の何人かを巻き込んで派手に吹き散らされた。
加減間違えた? まあでも、飛行魔術はまだ切れていないだろうし大事には至るまい。
周囲から少しの怯えと、多くの怒りの声が上がり始めた。
奴らこの状況で私に逆ギレしているらしい。
いやまあ、散々煽ってやったけども。とは言え先に武力行使を仕掛けてきたのはそちらだろうに。まあどちらが先になんて話を始めたら、私も王都の一角を占拠しているのだから、彼らにとって悪い存在なのは間違いないのだけども。
「今の勇気ある若者に続こうという者はおらんのか! 貴様らは我を天に仰ぎ見るだけ良いのか! このまま頭を垂れるつもりなのか! もっと気概を見せてみろ! 我は何時でも受けて立つ! 遠慮せずにかかってこい!」
私の挑発を受けて数人が飛び上がりかけるも、周囲の兵士達が咄嗟に抑え込んだ。どうやら元々問題児は周りを固められていたらしい。先の一人目を見て続かせまいとしているようだ。私がこうして挑発してくる事もジェシー王女に読まれていたのかもしれんな。
結局その後は誰一人も続くことなく、魔力壁の解体作業に戻ってしまった。
おかしい。ついさっきまで確かに怒りを放っていたのに。
よっぽど事前に言い含められていたのだろうか。
中々上手くはいかないものだ。自分でも言っちゃったけど、小細工に頼るのは間違いだったのかも。
ぐぬぬ。やっぱり何だか面倒くさくなってきた。
堪え性が無いのは私の方なのかもしれん。
もういっそ一段階進めてしまうか。一か八かの賭けにはなるが。上手くいけば魔力消費もぐっと抑えられるし。敵が四方に散っている今が絶好の機会でもある。
とは言え十中八九失敗するだろうなぁ。後詰めの戦力くらい残しているだろうし。全員が前に出ているという確証でも無い限りあの策を仕掛けるのはやはり難しいか。上手くいけば敵の動きを完全に封じる事が出来るのだが……。
ダメだ。まだその時ではない。
奴らだって今の魔力壁は破れんのだ。
私が焦って隙を晒すわけにはいかんのだ。
「まあよい。好きに試すがいい。腰抜けどもよ。
我は寛大だ。遊び足りないと言うなら付き合ってやろう」
屋敷の上部に作り出した魔力壁の椅子に腰掛け、足を組んで肘を付き、出来るだけ尊大さと退屈さを演出するように敵軍を見下ろした。
いっそ寝たフリでもしてやろうか。
今度こそ油断して飛びかかってくるかもしれない。
まあ、私もあまり油断はしすぎないようにせねばな。敵もそれが目的かもしれんし。私が油断したのを見計らってから次の策を仕掛けてくるのかもしれない。
だからこそ、いっそ油断を示すというのも手かもしれん。まあでも、今はこれ以上余計な事はするまいよ。取り敢えずの種は蒔き終えたからな。
そもそも私は戦争や対人戦なんて素人なのだ。百戦錬磨と噂のジェシー王女ならば私の拙い策はきっと見通してしまうだろう。それも情報を与えすぎればそれだけ早くなるはずだ。精々こちらも慎重に事を進めるとしよう。