02-42.開戦
「まさかこのパターンか……。
本当に姉君はこちらが真に嫌がる事をしてくるものだな」
「びっくりです。
お姉ちゃんもこれはあり得ないと思っていました」
「流石ジェシー姉様ね。
いったいどうやって手を組んだのかしら」
遂に第一王子一派からの宣戦布告が為された。彼らは律儀にも我々に猶予を与えてくれた。大人しく従うなら良し。さもなくば、と。
しかもよりによって、本当に考えうる限り最悪の手段できおった。いや、正確にはその一歩手前なのだが。兎も角どうやってか王宮魔術師を味方につけたようだ。彼らは総出で第一王子派閥に協力する事にしたらしい。第一王子の手勢と王宮魔術師で構成された軍隊が我々の屋敷を完全に包囲している。
第三王子の一派は当然のように後方に追いやられてしまった。やつら大して役に立たんではないか……。いやまあ、流石に今回は相手が悪すぎたな。うむむ……。
「すまんな。レティ。パティ。
提案してくれていた策を早々に使っておくべきだったな」
先に爺様だけ誘い出して話をつけておけば、少なくとも今回のような流れにはならなかった筈だ。折角事前にレティが釘を差してくれていたのに、油断して時間を置きすぎてしまった。
パティも城に忍び込んで情報を集めると言ってくれていたのだ。それを止めていたのも私の判断だ。これだけの人数が動くなら何かしら前兆には気付けたかもしれなかったのに。
でもまさか半月も経たずにこのような強引な策を突きつけられるとは思っていなかった。完全に油断していた。他の奴らはここまで大仰な手段は選んでこなかった。相変わらず第二王子と第三王子一派がチョロチョロしているだけだったのだ。
それでも何かしらは仕掛けて来るかもと考えてはいたが、第一王子の派閥も最初はあくまで様子見の小競り合い程度のものだと考えていた。最初っから出し惜しみ無しの全力投球で来るなんて想定外だ。
と言うのも、奴らだって魔導と魔力壁の力について全てを知っているわけでは無いはずだからだ。爺様の入れ知恵があったって、それはあくまで推論に過ぎないものだ。大勢の兵士達を動員するには根拠として弱すぎるはずだったのだ。
実際これはリスクの高すぎる作戦だ。私達が手段を選ばないのなら、こちらから攻撃すれば済む話なのだ。兵士達の足元から魔力で生み出した槍でも生やせば良いのだ。
もしくは、パティ、レティ、スノウの三人に強力な魔術を連射してもらうという手もあるのだ。私の魔力を使えばたった三人の術者でもこの規模の軍隊を上回れるはずだ。少なくとも魔力壁に近づけないようにする事くらいは出来るのだ。
そして魔力壁に触れられさえしなければ、万が一にもこちらの守りが崩される心配はないのだ。敵の魔術は全て私が跳ね返せるのだから。
とは言え当然それらの策を使うのは最後の最後の手段だ。別に私達は殺戮がしたいわけじゃない。怪我人を厭う程の余裕があるわけでは無いが、この規模で真っ向からぶつかれば少なくない死傷者を生み出すはずだ。
これはあくまで余興に過ぎないのだ。私とこの国の王は戦争をしているわけじゃない。極力死傷者は出ないようにするべきだ。相手もその前提は同じだと思っていた。そんな事も察せないのは第三王子の一派だけだと思っていた。だから初日の夜は多少手荒な反撃も必要だと考えたに過ぎないのだ。
だがどうやら私の考えは甘かったようだ。彼らは死に物狂いで王位を狙っているのだ。私はそれを悪戯に引っ掻き回しただけだったのだろう。何の覚悟も無いまま首を突っ込んでいい話では無かったのだろう。彼らは命を賭ける覚悟があるのだ。私達もそれに応じなければならないのだ。
ならばせめて、我が娘と恋人達は遠ざけねば。最後の最後で手段を選べなくなったとしても、あの子達の手だけは綺麗なままでいさせる必要がある。それは私の義務だ。責務だ。矜持と言ってもいい。これだけはなんとしても成し遂げる。そうでなければこの娘達を守れる力があるのだと示せない。
だから圧倒的な力を見せつけよう。私一人の力で跳ね除けてみせよう。大丈夫。準備は間に合っている。あの子達が育ててくれた私の力は疾うに人のそれを越えておるのだ。
「そんな事気にしなくていいわ。エリク一人の責任なわけないでしょ。今回はジェシー姉様が上手だっただけよ」
「そうです。エリクちゃん。今はお爺ちゃん本人と近衛騎士団までもがこの場にいない事を喜びましょう。大丈夫です。いくら数で来ようと今のエリクちゃんの敵ではありません」
爺様や近衛騎士団まで出張っていたら本当の本当に最悪なやつだな。最早さっさと降参する以外に出来る事なんぞあるまいよ。
そも、ジェシー王女的にもその手段は取れんだろうがな。それでは陛下の力に頼りすぎてしまう。おそらく陛下的にも第一王子が我々に勝ったとは認めんだろう。
なれば、あくまで今回の軍の主導は第一王子派閥だ。陛下が強硬手段でリセットをかけてきたわけでないなら、まだやりようもあるはずだ。
「それより再生型魔力壁への張替えは済んでいるの?」
「うむ。移行済みだ。そして済まないが屋敷内の守りが手薄になる。全員地下に移動してくれ。後は手筈通りだ」
「承知したわ」
ここから皆とは別行動だ。私以外の全員が地下に籠もり、地中からの襲撃に備える事になっている。守る範囲を狭くし、唯一の弱点である地下の監視と防衛も任せる事になる。
仮に敵が穴を掘ってやってくるとしても当然一度に通れる人数には限りがあるはずだ。この短期間で幅の大きな穴なんぞ掘れるわけがないのだから。ならばパティ達でも十分に防衛は間に合うだろう。
私は逆に屋敷の上に移動しよう。私は魔力壁の維持に全力を尽くす必要がある。少しでも広い範囲を視界に収めておく方が魔力を節約出来るはずだ。
「無理はするなよ。何かあれば早めに降参してしまえ。別に第一王子の派閥に組み込まれても我々に損は無いのだ」
「ダメです。
この状況では確実にエリクちゃんが取り上げられます」
まあそうだな。
私が神器と判断されれば最悪物扱いに変わるだろうし。
「大丈夫だ。第一王子の派閥は蛮族ではない。ユーシャの服を引っ剥がして胸元を晒せなんて要求はしてこんだろう」
万が一そんな事を要求されたなら全力で抵抗しよう。ユーシャが袋から薬瓶を出せば、私は何時でも薬瓶の中に戻れるのだ。その時は敵を殲滅してでもこの事態を終わらせよう。私の愛娘に手を出すならば容赦はしない。私にとって愛娘の尊厳は何よりも優先されるのだ。
「エリクこそ無茶しないでよ。
自分が囮になれば済むとか絶対に考えないで」
「わかっておる。だから早く行け。
お主らがここに残って居ては私も離れられんのだ」
「行きましょう。パティ」
レティがパティの手を引いて歩き出した。
「エリク! これを乗り越えたら!」
「止めろ。パティ。
それはダメなやつだ」
フラグは無駄に立てるものじゃないぞ。
最後まで残っていた二人が部屋を出たのを確認してから、私は窓から身を乗り出して魔力壁の階段を生み出し、そのまま魔力壁の上まで登って地上の軍勢を睥睨する。
出来うる限りの尊大な態度を心がけながら、その場の全員に届くようにと声を張り上げた。
「我こそは妖精王! 妖精王エリクだ!」
一斉に私を見上げる数多の視線。
彼らは頭上で威圧するメイド服の少女に何を思っただろう。
「さあ! 来るがいい! 挑戦者達よ!
我は逃げも隠れもせん!」
彼ら視点からしたら、未だ本来の姿は現さずに乗り移った少女を前面に立たせておいて、何が逃げも隠れもだと言いたくなるかもしれない。まさかこのメイド少女が本当に妖精王本人だとは思うまいし。
だからと言ってクシャナとしての私の情報をここで明かしたところで意味もない。誤解でも何でもさせておけばいい。気を遣ってこちらには攻撃してこないかもしれんしな。王宮魔術師総出ならば飛行魔術を扱える者だっているだろうし。我ながらちょっと姑息な考えだな。まあ、少女一人にこの軍勢で挑んでくる相手も相当あれだから。気にしない気にしない。
「貴殿らの死力を持って挑むがいい!
我はその尽くを跳ね除けよう!」
兵士達から緊張感のようなものが漂ってきた。
どうやら今になって私の偉大さに気付いたようだ。
まあ冗談だけど。ちょっと魔力を放出してみただけだ。それを見た魔力視持ち達が気付いたのだろう。この魔力壁が本当に私の生み出したものであると。ただの少女にしか見えないたった一人の力でこの状況が生まれているのだと。それらがすぐさま軍全体に伝播したのだ。なるほど。優秀だな。
本来関係も無いはずの王宮魔術師達と第一王子派閥の軍隊がこれ程までに纏まっているとは。まるで一つの生き物かのようだ。きっとこの一体感は実際に攻勢に出た際にも発揮される事だろう。
これでパフォーマンスは十分だろう。あとは火蓋を切るだけだ。ただしその役割は私のものではない。
「妖精王よ!」
今回はジェシー王女が先頭に立っている。どうやら第一王子本人は後方の本陣で指揮を取るつもりのようだ。
これは王様的にはいいのだろうか。まあ第一王子は別に武闘派ってわけでもないけどさ。と言うか、そもそも第一王子のやり方は陛下的には気に食わないのは既に示されている情報だったな。だからこそ子供達の争いを求めていたのだし。第一王子を気に入っているなら余計な口出しなんかしないで任せていたのだろうし。
兎に角こういう所なのだな。陛下が気に入らないのは。
まあ今は関係の無い事だ。集中しよう。
「思い直す気は無いのだな!」
ジェシー王女は喋り方がコロコロ変わるな。
まあ場に合わせてなのだろうが。
「無い! 安心しろ!
お主の愛しい妹には傷一つたりとて付けさせん!」
「自信があるのは結構だ!
だが見ての通りこちらの戦力は圧倒的だ!
当然この壁を打ち破る策も用意がある!」
「くどい! この期に及んで話し合いなど不要だ!
一騎打ちに応じるつもりもない! その必要もない!
下らん気遣いなんぞ捨てて全員でかかってくるがいい!」
「よろしい! ならば始めよう!
総員! かかれぇ!!!!!」
王女の言葉に応じて屋敷の前方から広がるように雄叫びが上がっていく。それはあっという間に屋敷の周囲を駆け巡り、ビリビリと空気の震えるような感覚と共に私一人に向かって叩きつけられた。
なんだか悪の大魔王にでもなった気分だ。
最後の最後、魔王城に追い込まれた唯一人の魔王。城の周囲は人間の兵士達に囲まれている。誰もが強烈な敵意を放ち、攫われた姫を救い出そうと燃えている。
本来なら絶体絶命の大ピンチってやつなのかもしれない。けどなんだか負ける気がしないのだ。自分でも不思議なのだが。
腹の底から無性に込み上げてくる万能感のようなものに酔ってしまいそうだ。追い詰められすぎて自棄になっているのだろうか。自分でもよくわからない。
まあいい。この感覚の正体はこれより始まる戦にて見極めるとしよう。
さあ! かかってこい! 人間ども!
お前達の求める姫はこの下だ! 奪い返してみせよ!
力と勇気を示せ! 我が胸に刃を突き立てろ!
それまで精々楽しむとしよう! この興奮に身を任せよう!
我が魔導はこの時の為に鍛え上げたのだ!
……あかん。奴らめっちゃ冷静だ。普通に魔力壁に触ってきおった。何この温度差。ちょっと恥ずいじゃん。少しくらい付き合ってよ。さっきの雄叫びのまま切りかかってきてよ。第二王子を少しは見習ってよ。ちくせう。