02-40.眷属化の是非
「シルヴィーとパティは知り合ってどれくらい経つの?」
皆で夕食を食べ始めた所で、早速ディアナが問いかけた。
「四年目よ。大抵の子は学園に十二歳で入学するの」
学園は四年生までなのだよな。どうやら初等部のようなものは無いらしい。貴族は基本的に幼少期の内から専門の家庭教師に勉強を教わるからな。一応平民向けの寺子屋みたいなものは存在するかもしれんが。
何故十一歳からではないのだろう。この世界の成人年齢は基本的に十五歳とされている。卒業とタイミングを合わせてしまった方が都合が良いのではなかろうか。
「要は猶予期間なのよ。四年生はある程度授業も自由参加が認められているの。各々卒業後の進路に向けて、より実践的な準備をしていくわけ」
試しに聞いてみたらパティがそう答えてくれた。
高校とかが無い代わりなのだろうか。
「そもそもパティの進路は決まっておるのか?」
「ええ。デネリス公爵家のお抱え魔術師よ」
最初の頃に言っていた職場体験もあながち嘘ではなかったのか。
「それで授業はサボれなかったわけだな」
「ふふ♪ 変な言い方するわね♪ まあでもそういう事よ」
公爵閣下が求めているわけでもないのに、勝手にインターンを継続するわけにもいかんものな。お父上は少しでもパティの為になる事をさせたいのだろう。
本当なら一秒でも長くデネリス家に留まらせてディアナの治療方法を探させたかっただろうに。パティの事も大切な娘として見ていた何よりの証だな。
「ところでその将来設計は未だに認められているのか?」
「ディアナが回復したから必要なくなったんじゃないかってこと?」
「それもあるが陛下の方も問題があるだろう?」
就職活動と将来王位を継ぐかどうかは直結していないようだが、王都を離れる事を良しとしてくれるのだろうか。
「そこは口出ししない筈よ。
必要な要職には既に人員も割り振られてるし。
いくら目をかけられてるからって末席も末席だもの。
今更私が取り立てられるような席は残ってないわ」
なんだか楽観的な思考だな。席などいくらでも用意できるだろうに。相手王様なんだし。まあでも理屈はわからんでもないけれど。何せ兄姉合わせて五十五人もいるって話だものな。それだけいれば重要なポストは既に埋まっていると考えるのが妥当だろう。殆どが高い潜在能力を持って生まれ、幼少期から英才教育を受けてきた者達なのだろうし。
とは言え第三王子みたいな例外がいないわけでもないようだが。まあ、あれはあれで一種の才能ではなかろうか。結果的に一大勢力は築いてるわけだし。流石に無理がある?
「はいはい。パティもエリクもその話は後にして。
新しい家族を放っていてはダメじゃない」
「違うよ。家族じゃない。
お客様だよ。大切な大切なお友達」
ユーシャはぶれんなぁ。
「すまんな。シルビア」
「ううん! 大丈夫!」
これはどっちへの返事だろう。
「シルヴィーの話も聞かせて。
取り敢えずパティと知り合ってからの事とか」
「えっと~。えへへ~♪
何から話したら良いんだろぉ~♪」
なんかめっちゃ浮かれ始めた。
「パトはね~♪ えっとね~♪」
何かを思い出しながらニヤニヤしている。
私も気になってきた。十二歳のパティは何をしたのだろう。
「悪いけどまだそんなにノンビリしている余裕は無いわ。
先に今後の事を話し合うべきよ」
パティが会話を遮った。
何か聞かれたくない事でもあるのだろうか。
「そうだな。早く済ませてスノウとも代わってやらねばな」
仕方ない。助け舟を出してやろう。
「なら後でベットの中で聞かせてもらいましょう」
「お泊り会ってことだね!」
そのお泊り会一ヶ月もあるけどね。
それに合宿みたいなものでもあるのだ。あの学園長達からお預かりした以上、しっかりと育て上げなければ。
「明日からは早速魔導の訓練も始めよう」
「眷属化はするの?」
どうしたものか。
眷属化には二つの工程がある。
一つ目が大魔力を流し込む事による魂の浄化だ。
そして二つ目が私と魂を直接繋ぐ事だ。
現状はこの二段階を経た者を眷属としている。
シルビアの場合一つ目の方は必要ない。
今の状態でもおそらく魔導は使えるはずだ。
とは言え素質的に使えるかどうかと、その技能を身に着けられるかどうかは別問題だ。口頭で魔導の事を教えても、上手く伝えられるとは限らない。
そこで眷属化の話が出てくるわけだ。
眷属化して私がシルビアの体を通して魔導を使う事で、簡単に魔導を教える事が出来るのだ。
とは言え当然それにはある程度の魔力を流す必要が出てくる。間違いなくシルビアも私に好意を抱くだろう。
「レティ。どうだ?
教えられそうか?」
レティならば口頭だけでもいけたりせんか?
「難しいですね。
魔術すら使ったことが無いのであれば」
あの引き出される感覚だって知っているのとそうでないのとでは大きく違うだろう。
時間が十分にあるならともかく、一月である程度の成果を出す必要もあるだろう。預けてくれた学園長の期待には答えねばならん。
それにレティは只でさえ夜通し見張りまでしているのだ。付きっきりで魔導を教えられる時間はそう多くは無いだろう。
少々無茶を言い過ぎてしまったな。
「ならば魔術を使えない問題を先に解消するか?」
「やめておいた方が無難かと。
詠唱文の改変方法は確立されていませんから」
レティですらそこは知らんのか。
一応スノウにも聞いてみるべきか。
「魔術? 違和感?」
見張り中のスノウに問いかけてみると、キョトンとされてしまった。どうやら気にしたことが無かったらしい。
あかん。わからん。全員の状態がバラバラだ。これでは条件が見い出せん。魔術と魔導。呪いの有無。いったい何がどう関わっているのだ……。
「お姉ちゃんは早めに眷属に加える事をお勧めします」
無茶言うな……。
「エリク」
パティまでなんだその目は。
「一先ず口頭で教えてみるべきだ」
「そうね。やれるだけの事はやってみましょう」
「そういう話なら私も手伝うよ」
ディアナとユーシャは同意してくれた。
なんか若干嬉しそう。私の反省が伝わったようで何よりだ。
「エリクちゃんがそう望むならお姉ちゃんも全力を尽くしましょう」
レティもこちらについてくれた。
これで後はパティだけだ。
全員の視線がパティへ向かう。
「わかったわ。一先ずそれでいきましょう」
観念したパティはギブアップするように答えた。
とは言え本当に諦めている様子でも無いっぽい。そのうちゴリ押して来るかもな。でもまあその時はその時だ。ぶっちゃけ、ユーシャとディアナさえ納得するなら強く止めるつもりも無いのだ。自分で言うのもなんだが私はパティには甘いのだ。パティが望む事は可能な限り叶えてやりたいのだ。
だから見逃してやろう。私の力に頼らず全員を落としてみるといい。私の魔力で無理やり好意を植え付けては誰も素直に納得する事は出来ないだろうからな。