02-39.友の秘密
「そうですか。この娘があの」
連れ帰ったシルビア・コルティス嬢の紹介が済んだ所で、レティが意味深に呟いた。
「レティも知っていたのか?」
「……ええ。まあ」
また何か隠し事か?
あれか? 王族は守秘義務を守る癖が染み付いてるのか?
だから家族にすら隠し事をするのか?
まあ平時ならばそれも必要な事だろう。
何でもかんでも話すわけにいかないのは理解出来る。
けれど、今はそうも言ってられないだろう。私達がシルビアを引き入れた事で、余計な敵だって増えるかもしれないのだ。せめてそういう事は先に言っておいてほしいものだ。
「話せ」
「……パティ」
「大丈夫よ。シルヴィーも。エリク達も。
きっとレティの方が詳しいでしょ。悪いけどお願いね」
「わかりました」
「?」
シルビア本人はキョトンとしている。
たぶん周囲の思惑を把握しているわけではないのだろう。
「とは言え私もそう詳しいわけではありません。お爺ちゃんが陛下から直接命を受けて連れてきたという話を耳にしただけなのです」
本当に何も知らんではないか。それでは。
「シルビアちゃんがこの王都へやって来たのは私が前の職に着く前の話ですから。なんなら私まだ当時は学生でしたし」
思わず制服姿のレティを思い浮かべてしまう。
……いかんぞ。けしからん。
「「エリク」」
ユーシャとディアナはどうしてすぐ怒るの?
目ざとすぎない? まさか心でも読んでるの?
「陛下が何故シルビアちゃんに目を付けたのかは不明です。
もしかすると、何らかの神器によるものかもしれません」
予言の水晶とか?
やっぱり魔王出てくるの?
まさか陛下がパティを気に入ったのって、シルビアと絡んでるからとかじゃないよね? 将来の勇者パーティーの一員になりそうだから目をかけてたとかじゃないよね?
だから違うって。そういう話は無しだ無し。
いきなりファンタジーに寄り過ぎだ。今更過ぎるけど。
「ただ言えるのは、シルビアちゃんがこの国にとって、いえ、少なくとも陛下にとって重要な存在である事は事実です。私の力を持ってしても調べられない秘密が隠されています」
このお姉ちゃんなら下手すると、パティの入学時に新入生全員の過去を調べ上げるくらいの事はしてそうだ。それでシルビアの事も知っていたのかもしれない。それでも何の情報も見つけられない程、徹底して情報が隠されていたのだろう。
「案外隠し子とかその辺りにはならんか?」
「その可能性もあり得るでしょう」
まじで?
「いいえ。ありえないわ。
陛下なら堂々と迎え入れるはずよ」
「まあ、それもそうですね」
デスヨネー。
「逆にパティは何を知っているのだ?」
「詳しい事は何も。陛下との繋がりも今初めて知ったくらいだもの。私が知っているのは、ただ先生方が特別に目をかけていた事くらいよ。私も何度か言われてたの。どうかシルヴィーの力になってあげてほしいって」
なるほど。それもあって仲良くなったわけか。
そしてこれは本人達は気にもしていない事ではあるだろうが、王女であるパティのお気に入りともなれば、魔術を使えない平民だからと虐められるような事も無かったのだろう。
まあ、単にパティが優秀な魔術師だから気付きがあるかもと期待した部分も大きいとは思うが。一応そっちが口実だったんだろうし。パティ自身もそういう意味で捉えていたのだろう。
なんなら最初から私と引き合わせるつもりだったのかも。色々あって王都に来た初っ端から騒がしくなってしまい機会も無かったが、放課後にでも連れてきて私に診察を頼むつもりだったのかも。
いやでも、それなら何時でも試せたのでは? ユーシャと私は繋がっていたのだ。私とディアナが王都へとやってくる前から。流石に常時覗いていたというわけではないけど。
特に最初の頃はディアナの勉強に集中する必要もあったし、スノウを使った実験も行っていた。必然、ユーシャの方に意識を向ける時間もそう多いものではなかった。
それでも毎日定期的に連絡は取り合っていたのだ。その時に教えてくれてもよかっただろうに。
だと言うのに、私はシルビアが魔術を使えない事すら把握していなかった。パティは何も言ってはくれなかった。
まあ、そもそもシルビアの事を特別に注目していたわけでもない。言っちゃあ何だが、別に私は感心を抱いていなかった。ユーシャやパティが親しげに接する相手だからと驚き、微笑ましくは思いもしたが、それ以上の興味を抱いていなかった。
とは言え、それはパティからしたら関係あるまい。
大切な親友を心配する気持ちは当然あったはずだ。一日でも早く魔術を使えるようにしてあげたいと思ったはずだ。
それともまさか何れ家族に迎えるつもりだったのか?
最初からそのつもりだから大して焦ってはいなかったのか?
むしろ、魔術を使えない方が都合が良かったのか?
陛下の感心が薄れれば自分が勧誘出来ると思ったのか?
あかん。
パティの事を疑いたいわけではないのだが。
とは言えだ。いったいこれで何度目だ?
学園長相手に心から信頼していると言い切ったではないか。だというのに、毎回後出しの騙し討ちのような真似をするのだ。
パティは本当に私を信頼してくれているのか?
実はまだ私の事も信じきれていないのではないか?
ダメだ。こんな事ばかり考えるな。
秘密を持つ事自体は別におかしな話じゃない。
大切な親友のネガティブな事情を例え家族相手であっても言い触らさないのは、むしろ褒めてやるべきところだ。人として立派な心がけだ。
別に私が診たってわかるとは限らないのだ。
きっとレティが居たから診せてみようと思ったのだろう。
魂の呪いの事を知ったから、もしやと思ったのだろう。
パティは誠実なだけだ。
そしてちょっとだけ臆病なだけなのだ。
決して悪意で私達を騙そうとしているわけじゃない。
受け止めきれない私が悪いのだ。引き出しきれない私が足りていないのだ。パティの信頼が欲しければ、私が信頼に足る者だと証明すべきなのだ。
もうこれ以上は何も言うまい。
今重要なのは、陛下がシルビアを気にしているという事だ。そこにどんな理由が秘められているにせよ、私達は既にその鬼札を抱え込んでしまったのだ。下手をすると、陛下も何かしらの手を打ってくるかもしれない。もしくはこの状況すらも陛下の手の内なのかもしれない。そこを見極めていかねばならないのだ。
「それで、パティ。
シルビアはどう扱うつもりだ?」
こんな聞き方をしても本心を言ってくれるとは限らない。
けど、もうこれ以上パティを疑うような真似はするまい。
その上で、これだけはハッキリと言葉にしてもらおう。
「客人よ。私の大切な友達なの」
「うむ。そうか。
シルビア。改めて歓迎しよう。私達の家にようこそ。ここを自宅と思って遠慮なく過ごしてほしい。少々騒がしくはなるが、貴殿に危害が加わる事は無いと約束しよう」
「えっと、はい! エリクさん! ちゃん?」
「ただのエリクで構わん。
ちなみにこの子、今私が操っている少女はクシャナだ。
ついでに覚えておいてやってくれ」
こんな時でもなければ当面名乗る機会もなさそうだからな。折角名付けてもらったのに忘れてしまいそうだ。ついでにシルビアにはクシャナの人格を用意する為の練習相手にでもなってもらうか。まあ喋り方変えるくらいしか出来ないけど。演技力には自信無いし。下手にボロ出してもあれだし。
「エリクと、クシャナ! うん! 覚えた!」
明るい子だな。それに物怖じもしないようだ。
いや、なんか学園長室入ってきた時は緊張してたけど。
わかるよ。なんか緊張するよね。ああいうのって。
「さて。そろそろ夕食の時間だ。
話の続きはその際にだな」
色々と説明すべき事は多いのだ。
ここからはサクサク進めていこう。




