02-37.蜥蜴の尻尾切り
「今日も来てるぞ。第二王子」
なんか魔力壁を見つめて腕を組んで考え込んでいる。
脳筋という話だったが、案外と思慮深いのだろうか。
いやそうでもないか。なんかまた殴り始めたし……。
少し呆れると同時にハラハラもしてしまうな。
本当はあまり触れてほしくはないのだ。
偶然で魔力壁の弱点に気付くかもだし。
「トゲでも生やしてみたら?」
それは魔力消費量が……。
いや、ピンポイントならいけるか。
別に全面に生やす必要ないし。
とは言え、それで諦めるとも思えんな。
なんか普通にそのまま殴ってきそう。
「やめておこう。それで下手に考え込まれても厄介そうだ」
どう転んでもダメそう。ならばあれに気を取られているよりも修行を急いだ方がマシだろう。第二王子相手ならワンチャン、二層目の反射で再起不能に追い込めるかもだし。
「それもそうね。続けましょう」
そう言って私の展開した魔力壁に触れるパティ。
魔力壁の魔力はあっさりと魔術に変換されてしまった。
「おかしいなぁ。
理屈は合っていると思うのだがなぁ」
「自分の魔力を自分だけのものと思うのって、そんなに難しい事なのかしら?」
「そもそも考えた事がなかったのだ」
「そうよね……。
ならこうしてみたらどうかしら?
魔力壁を常に薄い膜で覆っておくの。
で、表面のそれが消費されたらすぐさま再生させるの」
「複層魔力壁の改良案というわけだな。
うむ。それならば魔力も足りるだろう。
早速試してみよう」
おお? これは良いのではないか?
パティが魔力壁本体に触れる前に表層膜の再生も間に合っている。この速度ならば十分に実用圏内ではないか?
「問題はこれを屋敷全体を囲う魔力壁に転用出来るかどうかよね」
「維持するためには集中力が必要になる。
おそらく他の防衛に気を回す余裕が無くなるぞ」
常に表層膜の再生を意識せねばならんからな。
残念ながらオート再生機能を組み込む方法は皆目見当もつかん。
「他のって?」
「屋敷外の地表は大雑把にではあるが魔力壁も行き届いている。しかし屋敷内までは難しい。建物の下まで穴を掘られては、侵入を許す可能性がある」
これも魔力消費量の問題だ。今の私では大雑把なイメージで補える部分しか維持出来んのだ。
「逆に魔力壁を地下に潜り込ませたらどう?
建物に沿って包み込むように」
「無理だな。単純に認識外の辺や面が増えると魔力消費量が跳ね上がると考えてくれ」
「単純な立方体に近い程、魔力消費量は抑えられるわけね」
「うむ。その通りだ」
「魔力装と同じ感覚でいけないの?」
「あれは人一人分だからなぁ」
それに使う時に魔力消費量なんて気にする必要も無かったし。常時屋敷を敷地まで含めて丸ごと囲うのは、流石の私でも負担が大きいのだ。
「認識の問題だと言うなら、魔力で知覚出来るようになれば問題も解決しそうよね。何かに纏わせるって事自体は出来ているんだし」
それも考えたのだがな。同時に並列思考のような技術も身に着けねば、やはり屋敷全体はカバーしきれないだろう。例え知る事が出来ても、同時に意識できるのは一箇所や二箇所だけなのだ。
実際蜘蛛達の監視網も常時私の意識を繋いでいるわけじゃない。細かくチャンネルを切り替えているだけだ。監視カメラと似たようなものだ。どれだけ多く設置しようが、映像を見る人間の処理能力には限りがある。人間側の頭数を増やせるならともかく、カメラを覗けるのは私一人だけなのだ。
「エリクって、自分の魔導の有効範囲に認識が追いついてないわよね。いったいどんな感覚でそこまで広げているの?」
「イメージ自体は大雑把な箱だ。スノウの視界と蜘蛛の視界を合わせて四角の大体の距離感は掴めているからな」
だからこそ魔力消費量もカツカツなのだろう。
もう少しそこも改善出来るのやもしれん。
「一度発動した魔導からは意識を離せるのよね?」
「うむ。単純なものならな。
発動後は魔力を流す感覚だけで良い」
「表層膜にはそこの問題もあるわけね」
「そうだ。常に再生を意識せねばならん」
厳密には張り直しているだけだからな。再生ではなく。
「垂れ流しには出来ないのね」
「今のところはな」
そこも解決方法があるのだろうか。
単純な魔力壁ならば魔力さえ流しておけば済むのだ。
きっと同じ理屈でいけるはずだとは思うのだけど。
まだ私のイメージ力が足りないのだろうか。
「練習を続けましょう」
「うむ。そうだな」
取り合えずは今まで通りの複層魔力壁だ。敵が魔力壁の弱点に気づいたら、表層膜再生型魔力壁に切り替えよう。それまでに改修を間に合わせるしかあるまい。
「名前どうしましょうか」
「気が早くないか?
まだ術も完成しておらんだろう」
と言うか名付け好きだな。パティ。
いや、理由は知ってるけども。
「脱皮式魔力壁でどう?」
聞いとらんし。
しかも相変わらずなネーミングセンスだし。
「どちらかと言うと尻尾切りの方が近いのではないか?」
表層膜は囮みたいなものだし。脱皮は何か違う気もする。
別に中身が成長するわけでもないし。
「蜥蜴式?」
「回りくどすぎるな」
パティ式安直ネーミングに慣れすぎてそれだと分かりづらいな。そのパティ自身が珍しく若干迷走してるけど。
「魔力壁改」
ユーシャ?
「再生するって所を強調すべきじゃないかしら?
二重にするって意味では複層魔力壁と変わらないのだし」
そうだな。良い事を言うではないか。ディアナ。
表層を薄くして軽い魔力消費での連続展開を可能とするための改良だ。確かに本質はそちらだったな。
ディアナはちょいちょい良いところを突くのだよなぁ。
魔術や魔導についてはまだまだ素人同然なのに。
「再生型魔力壁でいきましょう」
そのまんまだ。わかりやすい。
「結局魔力壁って呼びそうね」
まあ。うん。呼び分ける機会があるのかは疑問だものな。
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「それにしても今日は随分と大人しいな」
「兵士たち?」
「うむ。昨晩のように仕掛けてくる様子がない。
相変わらず周囲を囲っているだけだ」
「命令が無いからでしょ。
きっと上が責任の押し付け合いでもしてるのよ」
「責任? 何のだ?」
「昨晩のよ。少なくない怪我人は出てるでしょ」
「そんな事を気にするやつらだったのか?」
「気にするわよ。そりゃあ。何の成果も出せず、ただ徒に損耗だけ生じさせたのですもの。足を引っ張るチャンスだって張り切ってるわよ」
ああ。そっか。やつら別に一枚岩でもないのか。
そりゃそうだよな。どう見ても寄せ集めだし。
末端どころかトップに至るまでそのままなのだろう。
そんな奴らが互いに蹴落とし合いながら第三王子を利用しているわけだ。第三王子はどうして従うのだろうか。
「第三王子は何故ああなのだ?」
「さあ? 昔からとしか」
パティの倍以上の年齢だものな。
接点も少ないだろうし詳しい事情は知らんか。無理もない。
「逆に味方につけてみるか?」
「どうかしら? 無理じゃない? もしそんな事が出来るなら一兄様が手を差し伸べてると思うんだけど?」
たしかにな。
陛下が意図的に見逃している事とも関係があるのやもしれんな。
「奴らきっと近い内に焦って苛烈な手段に出るわよ」
追い詰められた上官から無茶な指示が出るわけだな。
「末端の兵士達からしたら堪ったものではないな」
「そうね。けどその問題は一兄様に任せましょう。
一兄様が王位に就けばきっと解消してくれるはずよ」
だと良いがな。だが単に扱いづらい連中の受け皿としてるなら、そのまま残す事も考えられるかもしれん。まあその話も今するべき事ではないな。
「この王都にパティと親しい者は後どれだけいるのだ?」
「人質に取るかもって事?」
「そうだ。本当に手段を選ばないのならそれが一番手っ取り早かろう。何なら先んじてこの屋敷に匿うべきではないか? 学園の友人やあの担任教師とて、無事でいられるとは限らんのだぞ?」
「それは……」
学園長、というか学園の者達もその可能性に気が付いたのかもしれんな。だから早々に学園との接点を断たせたのかもしれん。向こうには当然学園の関係者達を守る責務があるのだから。
「流石に無いわよ。それは。他の兄様や姉様だって止めるはずよ。人質に取られた人達の親族だって黙ってはいないわ。それではいくらなんでも敵が増えすぎてしまうもの」
学園関係者も大半は貴族やそれにまつわる者だものな。
とは言え、平民の子供も通っていないわけではない。
「ならば平民の娘はどうだ?
クラスメイトに居ないのか?
パティの友人には?」
「……一人いるわ」
「ならば日が暮れたらもう一度学園に乗り込もう。
学園長に頼んでこちらで保護させてもらおう」
「……うん。ありがとう」
流石に今の時間では目立ちすぎてしまうからな。周囲が敵で囲われている以上、飛行魔術で乗り込むしかないのだ。幸い学園は寮も備わっている。平民ならば寮生活で間違いあるまい。暗闇に紛れて連れ出す方が安全な筈だ。
「大丈夫だ。今日はまだ二日目だ。敵もそう極端な手段には頼るまい。パティ自身が言った通りだ。リスクが高すぎる。学園側だってただ黙って差し出したりはするまいよ」
パティに対してそうしたように、例え王族相手でも毅然とした態度で応じてくれるはずだ。なんなら、こちらで保護するという提案に頷いてくれない可能性の方が高そうだ。むしろそこの説得方法を考えておくべきかもしれんな。
「シルヴィーも来るの?」
「ユーシャも知ってる娘なの?」
「うん。仲良し。
優しいから。私にも」
そうか。あの娘か。パティをパトと呼ぶ娘だ。確かシルヴィーは愛称で、本来はシルビアだったな。ユーシャの体を通して何度か見た事があるぞ。たしかにユーシャとも仲が良さそうだった。最初は驚いたものだ。まさかあんなすぐにユーシャが友達を作るとは思わんかったからな。
あの娘は平民だったのか。誰よりもパティと親しげにしているから、もっと古い付き合いなのかと思っていた。貴族ではないという事は、おそらく学園に入ってから知り合ったのだろう。
「その娘のご家族は?」
「セビーリア領よ。そっちは心配要らないわ。
馬車じゃ往復で一月以上かかるから」
飛行魔術を使えるような実力の持ち主は極一握りだ。
そんな者達が第三王子一派の下劣な策に付き合うとも思えんな。
「もしやパティの幼馴染なのか?」
「いいえ。ただの偶然よ。
そもそも私、セビーリアには一度しか行った事ないもの」
それで意気投合したわけだな。
セビーリアに縁がある者同士。
「一応伝えるべき事を考えておけ。
学園もすんなり預けてくれるとは限らんぞ」
わざわざそんな遠い地から入学を許すような逸材だ。
おそらく相応に目をかけられているはずだ。
と言うか、なんか乙女ゲーの主人公みたいな境遇だな。実は光魔法が使えたりせんだろうか。
「ええ。そっちは任せて」
よかった。パティも落ち着いているようだ。
「ミカゲ。メアリに言伝を頼む」
「承知致しました」
食料足りるかな?
多少の余裕はあるだろうけど。
最悪レティに買い出しでも頼むか。
王女をパシリに使うのは気が引けるが。
とは言え、背に腹は代えられまい。