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02-36.リスクとリターン

「ふふ♪」


 私の着替えを手伝ってくれたユーシャが嬉しそうに微笑んだ。



「今更本当に意味があるのか?」


 普段の黒ゴスからメイド服に着替えさせられてしまった。最初は黒ゴスの方にこそ抵抗もあったものだが、着ている内に何だかんだと馴染んでいたのだ。今ではメイド服の方が気恥ずかしいくらいだ。



「"クシャナ・バルデム"は私の母方の遠縁の庶子の娘って事になったんだもの。紆余曲折の末、本家に住み込みで働くメイド見習いとなった。それを私が連れ出した。そういう筋書きよ。だから必要な事よ。我慢なさい」


「なあ、それ結論ありきで設定組んでおらんか?

 単にメイド服を着せたかっただけではないのか?」


「そうよ」


 開き直りおって……。



「安心して。いざとなったらお祖母様の養子にでもしてもらうから。きっと口裏を合わせてくれるはずよ」


「そうだ。その問題もあるではないか。

 バルデムとはパティの祖母殿の家名であろうに」


 この国の事はディアナと共に散々学んできたのだ。

私だってこの程度の事は知っているぞ。



 バルデム辺境伯はセビーリア領を治める大貴族だ。

セビーリア領はこのカルモナド王国の西部国境に位置し、隣国アルナスカ帝国と長きに渡る小競り合いを続けてきた。今ではお互いに本気の侵攻を企てる程ではないが、それでも定期的に戦争が起きているそうだ。


 バルデム辺境伯家は代々国境を守り抜いてきた英雄的家系だ。重い病を患う者が多いのだが、その反面、重病化しなかった一部の者達には人並み外れた力が宿ると言う。


 当然これはパティも例外ではない。そして現当主である祖母殿も同様であろう。実際パティは強大な魔力と高い潜在能力を秘めている。若くしてSランク冒険者に手をかけているのが何よりの証拠だろう。あの陛下から気に入られているのも、ある意味では証になるのかもしれない。


 そしてパティの魔力は父方、つまりは王族の血筋由来のようだが、それを持たない祖母殿も相当な強者という話だ。


 もしやすると、ディアナもこれから素質を開花させていくのかもしれないな。既に現状でもディアナの魔力量は十分に多い部類のようだ。流石にパティ程ではないのだが。とは言え、並の王族になら匹敵するかもしれないという話だ。おそらくデネリス公爵家も王族に近い血筋なのだろう。



 まあ私がいれば魔力量の差もあまり意味は無いのだけど。それにディアナの魔力は私の影響もあるかもしれないのだ。どこまでが本人の素質なのかは少々疑問も残る。



「ふふ♪ よく学んでるわね♪ 流石はエリクよ♪

 ちなみに、当然だけど私達の母の旧姓でもあるわ」


 パティとディアナの母はバルデム家の姉妹だったな。

それぞれ、カルモナド国王とデネリス公爵に嫁いだが。



「マズいだろ。その名を勝手に名乗っては。

 大貴族の名を騙るなんぞ冗談では済まされんのだぞ」


「だからこそ良いんじゃない。

 もちろん普段は名乗る必要はないわ。

 これはあくまで何かあった時の保険よ」


 まあ意図はわかるがなぁ……。


 本当に大丈夫かぁ?



「ならデネリスを名乗る?」


 ディアナまで何を言っておるのだ……。



「それはまだ早かろう。

 学園の首席卒業が条件なのだ。

 約束を違えるわけにはいかんだろ」


 まあそもそも、私達はパティの愛人扱いが現実的だろう。

姓まで名乗るの認められんかもしれんな。



「そうよ、ディアナ。

 何れ私が降嫁するわ。その時まで待っていて」


「それも陛下の存命中は難しかろうに」


 最初にパティの考えに同意した時は陛下の思想を知らんかったからな。今ではわかるぞ。決して認めはすまい。


 実際デネリス公爵家の養子となった筈のパティが未だに王女として扱われ、カルモナドの姓を名乗っているのだ。何かその辺、理由がある筈だ。



「そこら辺は追々ね。

 どの道、今考えてもどうにもならないもの」


「何か考えがあるのではなかったのか?」


「あるわよ。もちろん。

 けどその話もまた今度。

 今は眼の前の問題を片付けましょう」


「まさかパティ。

 やっちゃうつもりですか?」


「なにをよ?」


 自分の首を掻っ切るジェスチャーをするレティ。



「そんなわけないでしょ!?

 あれでも私の父親よ!?」


「そうですか。お姉ちゃんビックリしちゃいました」


「飛躍しすぎよ!

 大体そんな事したら絶対逃げられなくなるじゃない!」


 普通なら逃げるしか無くなるがな。


 まあでも、あの国王なら自分を暗殺する気概を持つ者になら喜んで国を託しそうな気もする。当然全部真っ向から叩き潰した上で。失敗しても気に入られてしまいそうだ。パティが言っているのはきっとそういう意味だ。結局王位を継ぐしかなくなるのだろう。



「ほれ。物騒な話をしとらんで先に進めるぞ」


 まだまだ話し合うべき事は沢山あるのだ。



「そうね。そうしましょう。

 えっと、次は何だったかしら」


「判明している敵の状況は大体共有出来たな。では今朝の話に戻ろう。パティ達は登校直後に学園を追い出された。しかも一月の休学付きだ。そこにはジェシー王女の思惑が絡んでいるのではないかという話だったな」


「ジェシーちゃんですか……確かに考えそうな事ですね」


「それはどういう意味だ?」


 パティと同じく、何か大掛かりな事を仕掛けてくると考えたのか?



「ジェシーちゃんは人の嫌がる事をするのがとっても上手いんです」


「もう。そんな言い方しないでよ。レティ。

 単に相手の考えを読むのが上手いって話よ。

 それと勝負事に強いの。嫌がる事ってそういう意味よ。

 勘違いしないでね。エリク」


「むぅ。パティはお姉ちゃんよりジェシーちゃんの味方なんですね。悲しいです……。シクシク」


 なんだ? 仲が悪いのか?

パティの姉の座を巡るライバル的な関係なのか?

まあ、聞かんとこ。なんか面倒くさそうだし。



「厄介な相手だというのはよくわかったとも。

 それで? パティはどうするつもりだ?」


 学園には行けなくなったのだ。

何か代わりの策を考えねば。



「やっぱり城に忍び込もうと思うわ」


「やっぱりやっちゃうんですか?」


「レティ。怒るわよ」


「ごめんなさい……」


 あかん。レティがポンコツ化してきた。

そろそろもう一度寝かせるべきではなかろうか。



「ベットに戻れ。レティ」


「はい……」


 あら? 本気で落ち込んでる?

もう少し何か言ってやるべきだったか?

単に寝不足で変なテンションになっているだけか?


 まあいいか。大人しく寝てくれるなら。

また起きたらレティとも話をするとしよう。



「それでパティ。

 悪いが今すぐ忍び込むのは認められん。

 理由は先にも言った通りだ」


 まだ噂らしい噂も流れてはいないだろう。

危険を冒す価値があるとは思えない。



「わかってるわ。あくまで何れそうするという話よ。だから今から準備をしましょう。その為にエリクにはお願いがあるの」


「なんだ?」


「私を眷属にして」


「……ダメだ」


「どうして? 私の好意が変わっちゃうのが怖いの?」


「そうだ。その通りだ。私は薬に染められた好意なんぞ望まん。パティには今のままでいてほしい。だから強引な眷属化は無しだ。今まで通り少しずつ様子を見ながら慎重に進めるべきだ。どうか理解しておくれ」


「お願い。信じて。エリク」


「ダメだ」


「きっと大丈夫よ。私はこんなにエリクの事が好きなんだもの。何も変わったりなんてしないわ」


「それとこれとは別の話だ。少し冷静になって考えてみろ。パティは今のレティをどう思う? 以前はパティだけを最愛の妹として尽くしてきてくれた姉が、私をパティと同等の愛しき存在と認識しているのだぞ?」


 レティの献身は並大抵のものではない。そんな事、パティが理解していない筈がない。



「本来ならパティは怒るべきではないのか? パティの大切な姉の意思を捻じ曲げた私に、怒りを燃やすべきなのではないのか? そう感じていない自分に違和感は無いのか?」


 きっとパティ自身も既に変化は現れているのだ。気付かない内に。少しずつ。私の行いに対する正常な判断力すら失いつつあるのだ。



「考えすぎよ。そもそもエリクをけしかけたのは私よ。私がレティを欲しがったのよ。エリクはその願いを叶えてくれただけ。悪いのは私なのよ。エリクを責める筈が無いわ」


「ならばレティの事は私達二人の罪だ。パティならばそれも理解できよう。けれど、それでもだ。パティは違和感を感じるべきなのだ。危機感を感じるべきなのだ。私を危険な存在と理解すべきなのだ」


「そんなこと……」


「別に忌避しろと言っているわけじゃない。私だって嫌われたくはない。そうではなく、リスクを認識しろと言っているだけだ。リスクとリターンを正しく天秤に載せろと言っているだけだ。どうか見ないフリをしないでおくれ。安易な手段に流されないでおくれ」


「……」


「本当に眷属化は今すぐに必要か? パティがそれでも必要だと言うのなら、私はその意見に従おう。だが後戻りは出来んのだ。よくよく考えてから決断してほしい。眷属化の危険性から目を背けないでほしい。私を孤独にしないでほしい」


 正常な判断力を失った恋人達に囲まれるなど虚しいにも程がある。私はきっと耐えられないだろう。いや、耐えられるのかもしれない。あの暗闇でも正気を失わなかったように。私自身はどうあっても壊れる事は無いのかもしれない。けれど、きっと後悔するだろう。何れはこの子達から離れていくかもしれない。逃げ出そうとするかもしれない。かつてユーシャにそうしたように。



「……わかった」


「そうか。

 ……ありがとう。パティ」


「ううん。ごめんね。エリク。

 私もう一度考えてみるから」


「ああ。うむ。頼む」


 きっと伝わったはずだ。

パティならわかってくれるはずだ。必ず。

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