02-30.深夜の奇襲作戦
「エリクちゃん」
「む。動いたな」
第三王子の兵士達が何やら始めるつもりのようだ。
ご苦労なことだな。丸一日一所で待機させられたあげく、こんな夜中に作戦開始とは。とんだブラック組織だな。
「おい。奴らは一兵卒に至るまで阿呆なのか」
なんか魔力壁に梯子を立てかけはじめたぞ?
それで本当にどうにかなると思っておるのか?
私は舐められているのか?
「エリクちゃんは睡眠って必要ないんですか?」
「うむ。必要は無い。それが、」
ああ。なるほど。そういう事か。奴らは知らんのだな。
いくら実際に魔力壁が常時張られているとは言え、術者がずっと起きて維持を続けているとは考えられないだろう。そもそも魔力だって足りるはずがないのだ。なんらかの仕掛けがあると考えるのが妥当だ。
人間の常識ならばそう考える筈だ。魔導だって一般的なものではないのだから。むしろカラクリに気付けたレティと爺様が特殊なのだ。
そしてこの世界に魔道具は存在しないようだが、その代わりに"女神の落とし物"と呼ばれる神器が存在している。ここまで超常の力を見せつけられては、おそらく生物に属するであろう妖精王の力と考えるよりも、その神器によって生み出された壁だと考えるのが妥当なところだろう。
つまり奴らはこう考えたわけだ。
この不可視の壁は臨機応変な対応が出来るものではないと。神器を操作する者が気付かなければ、こっそり乗り越える事は可能だと。
あの爺様が飛び越えた所を見ていたからな。
梯子で越えてみようと考えるのもそう不自然な話ではない。
まあ、爺様のその行動のお陰で今は上も塞がっているのだけど。
もしやすると私はペテン師だとでも思われているかもな。
妖精王なんて嘘っぱちで、偶然神器を手にして調子に乗っているだけの小娘だと。人間達の常識で考えるならばその辺りが妥当だろう。
まあ実際、ほぼほぼ正解なんだけども。
私自身がその神器みたいなものだし。妖精族の話も嘘だし。
「レティが処理してみるか?」
「魔導でという事ですよね。
ごめんなさい。無理です」
それもそうか。ここからでは届かんよな。
領都の本邸程ではないが、この王都邸も屋敷から敷地外までは少し距離がある。今日初めて魔導を使ったばかりのレティでは射程が足りんのも当然の話だ。
「ならば私がやろう。感覚を覚えておけ」
兵士達が登り始めた梯子を押し返すように、魔力壁の一部を突き出してみた。ひっくり返った梯子にしがみついたまま、或いは手を離して、大量の兵士たちが地面に叩きつけられていく。
「先に安全確認くらいすれば良いものを」
「奇襲の成功に賭けていたのでしょう」
勢いで押し込もうとしたわけか。
まあ指示する側は痛くも痒くも無いものな。
兵士の損耗に心を痛める者共とも思えんし。
「まだ一日目だ。焦るには早すぎるだろう」
「いくらでも居ますから。兵士達は」
酷い上司の下に配属されたものだ。可愛そうに。
とは言え、こちらも手を抜くわけにもいかぬのだが。
「ああ。私も奴らを舐めすぎていたようだ」
「上に上がられましたか?」
「うむ。正面は陽動だったのだろう。
やはり蜘蛛では足りんな。鳥を従えるべきだったか」
数も全然足りていない。
殆ど屋敷内の監視に回してしまったからな。
お陰で内部の侵入者対策は万全なのだが。
地下から穴掘って潜り込まれる方が厄介なのだ。
今はこの配置でいくしかあるまい。
「それなら良い魔物を知っています。
明日捕まえてきますね」
「いいや。折角だがまたにしよう。
残念ながら鳥はまだ難しいのだ。
操っても上手く飛べんのでな」
蜘蛛も難易度はそれなりに高かったがな。
とは言え蜘蛛が一番丁度良かったのだ。
私の体に秘められた能力との相性が。
「ああ。なるほど。
なら練習あるのみですね♪」
「優先順位を決めねばな。
第一に屋敷とパティ達の守護。
第二に魔力の占有化。
まずはそんな所だろう」
「それで?
上の方々はどうされるのですか?」
「こうするだけだ」
上部を斜面に変形させると、上に登っていた兵士達がボトボトと正面に屯する兵士達の中に落ちていった。
「容赦ないですね~」
「多少は仕方あるまい。奴らも覚悟の上だろう。
恨むならば自らの上司とそこに配属された不運を恨め」
女子供だけが住まう邸宅に押しかけたのだ。それも夜間に奇襲をかけるという卑劣な方法で。上の命令だろうと関係あるまい。こちらから攻撃しないだけ温情と思ってもらわねばな。
「程々にしてくださいね。
派手にやり過ぎると厄介なのが出てきちゃいますから」
「厄介?」
「騎士団長です。近衛の。
えっと、陛下の同類です」
ああ。そういう……。
個人的な興味を引いちゃうわけか。
本来なら手を出すべきではない立場なのに。
「まさか剣で魔力壁を切り裂くとでも言うのか?」
「そのまさかです。
バターのようにスパスパと切っちゃいますよ。きっと」
「冗談だろう?」
「本当です」
勘弁してくれ……。
「騎士団長の剣は特別なのです」
「もしや神器か?」
「知っていたのですね。
パティが話しましたか」
「そう言えば極秘事項だったな」
「はい。ですから内緒ですよ♪
お姉ちゃんとの約束です♪」
「うむ。心しよう」
あれ? 神器の事って一部の人達しか知らないんだよね?
パティも前にそう言っていたし。確か王族ですら全員は知らないって話しだ。後は精々専門の管理者達だと。
なら第三王子一行は知らないのか?
私のことを神器使いとは思ってない?
先程の想像は完全に的外れだったのだろうか。
実は普通に妖精王やべぇーと思っているのだろうか。
まあ、あんまり関係ないか。そこは別に。
どの道トリックがあるくらいには考えるだろうし。
誰かしら入れ知恵しているやつもいるかもだし。
他の王族達からしたら今は第三王子一派に色々試させて、こちらの手の内を十分に引き出させるのが得策だ。知恵の回る者程、事前の準備は万全に整えるだろう。
「レティは昼行灯でも演じているのか?」
「なんですそれ?」
これは惚けているのだろうか。
それともこの世界には存在しない言い回しなのだろうか。
「何故神器の事を知っているのだ?
神器と魔術は何か関係があるのか?」
「う~ん。その質問には答えない方が良い気がします」
不必要に知るべきではないと言う事か。
極秘事項だものな。そういう事もあるだろう。
「まあいい。頼りにしてるぞ。お姉ちゃん」
「えへへ~♪
よくわかりませんがデレてくれるなら歓迎で~す♪」
デレデレなのはレティの方だろうに。
私の魔力、やっぱヤバいな。
スノウはよく大人しくしていられるものだ。
もう少し要望が無いか聞いてやるか。
ミカゲも見ているからあまり妙な事は出来んが。
出来る限りの望みは叶えてやるとしよう。勿論レティのも。
私は飴をたっぷり支給する方針なのだ。
うちはホワイトな職場を目指しているのでな。