横顔 ①
寒気を感じて目覚めると、ちょうど高延が部屋から出ていくところだった。
あたりは明るく、すでに高延はきれいに身なりを整えている。常磐に見られていると気づいていない高延は硬質な横顔だ。
その手に刀が二つ握られていた。
あ、私の刀、と思ったがとっさに声が出ない。それに抵抗しても無駄だという気持ちが先にたった。
高延は振り返らず部屋を出ていき、気配が遠ざかっていく。
静寂が訪れた。
常磐はいつの間にか体に入っていた力を抜いた。
屈辱の夜が終わって、やっと一人になれた。いくらか眠ってはいたが、安眠とはほど遠い眠りで、起きたばかりだというのに疲れていた。
私も起きなければと思ったが、いや、この城で一体なにをすることがあるのだ、と思い直す。この山城で、常磐にはなにもすることがない。
晩春といえども朝の空気は冷たい。寒気を感じたのはなにも着ていないからだ。
脱ぎ散らしたままの服を探そうと体を起こすが、自分で思う以上に疲れていた。
目眩がしてきて、見つけた服を羽織ったものの帯を結ぶ気力もない。少し熱っぽい気もする。
常磐は頭から寝具をかぶり直し、体を丸めた。
なにをする気も湧いてこない。
体のあちこちに高延に触れられた感覚が残っていて、体が自分のものではないみたい。不快だったが、昨夜、ことの最中はそれほどいやではなかったことが、なおさら常磐を打ちのめす。
この不愉快な気持ちをどうすることもできない。昨夜と同じだ。常磐にできるのはただ受け入れて時間が過ぎるのを待つだけ。
しばらくして、となりの部屋から物音がした。誰かが来たようだ。
常磐は寝具をかぶったまま、固まっていた。高延が戻ってきたのかと思うと怖かった。
「常磐様」
戸を開けることなくひそやかな声がした。式部だ。
「入ってもよろしいですか」
正直なところ誰にも会いたくなかったが、式部はこの城のなかで唯一の味方だ。
「どうぞ、入ってください」
なけなしの気力をかき集める。
式部は、なんと言えばよいものかという顔で入ってきたが、常磐を見ると「まあ」と声を上げる。
「お加減が悪いのですか」
かけよってきて、「申し訳ありません」と詫びる。
「私が昨日、高延様をお止めできなかったから」
約束を守れなかったことを式部はひどく気に病んでいるようだ。あまりにもすまなそうにするので、逆に気の毒になる。
どのみち、常磐を妻にしようと決意していた高延を止めることは、誰にもできなかっただろう。
「違うのです。式部が謝ることじゃないわ。ひどいことをされたわけじゃないの。これまでの疲れが出ただけですから」
高延を庇ってやるのは腹立たしいが、式部が気にするので仕方がない。それにいまいましいことだが、高延がやさしかったのは本当だ。
「ただ今日は、静かに過ごしたいのです」
「かしこまりました。でも食事だけはしっかりとってくださいませ」
式部は食べやすいものを、と喉越しのいい食事を調えてくれる。
そして食べ終わると、体を拭きたいだろうと湯を桶に用意してくれた。
ありがたいのは、「体を拭くのを手伝う」などと言わず、常磐を一人にさせてくれる気遣いだ。
それに洗ったばかりの新しい服を用意してくれたのもうれしい。
今の常磐は誰にも体を見られたくないし、触れられたくもない。昨夜の服など着たくもない。
そんな気持ちを、式部はよくわかってくれている。
湯に浸した布で拭くと、体に残った高延の痕跡が消えていく気がして、いくらか不快感がやわらいだ。
用意されたお湯がさめてぬるくなるまで、常磐は体を拭いていた。
「もうよろしいですか?」
式部がまた戸越しに声をかけてきた。やっと体を拭くのをやめた常磐は、用意してもらった新しい服を着ると、寝台に横になった。
体が冷え切っている。
「ゆっくりお休みください」
そう言って式部は湯桶を下げると、常磐を一人にさせてくれる。
式部のお陰で体の不快感はましになった。それでも、気分の落ち込みはどうにもしようがなかった。
もう父のところには帰れないのかもしれない。常磐がいなければ、国は王妃の一族に食い物にされる一方だろう。
それに和平がどうなるかもわからなかった。
高延は和平のために妻になれと言ったが、これでは人質のようなものだ。昨日危惧したように、常磐を盾に従属的な関係を暁津島に強いてくるかもしれない。
そう思うと不安でたまらなくなる。
国の足手まといになるくらいなら消えてしまいたい。
でも刀は高延が持っていってしまった。それに死ぬくらいなら逃げる機会を探すべきだ。常磐はこんなところで命を絶ちたくはない。
だけど守りを固めたこの山城から、どうやって逃げればいいだろう。気持ちは焦るが、体はまるでついてこない。気力も湧かない。
心配事ばかり頭に浮かんで、考えているとなおさら気分が悪くなってしまう。かといって考えごとをやめると、昨夜のことがよみがえってくる。
常磐は子供のように体を丸めて、なにも考えないように努める。
すべてを忘れたい。
不快なまどろみのなか、常磐は起き上がれないまま午前中を過ごした。






