加勢 ②
城内はあちこちに篝火が焚かれている。谷尾の先導でついていく。外に出る門までやってきたが、門のその先に明かりはない。
「こんな暗いなかを行けるのですか?」
今夜は月夜の晩で月明かりがあるものの、闇のなかにうっすらとものの陰影が見えるのみだ。
「大丈夫です。馬は夜目がききます。馬に任せて歩かせればいい」
谷尾が振り返って答えた。
確かに街道に出て進み始めると、常磐にはろくに道の先が見えないのに、馬は進んでいく。
「道をきれいに整備してあるお陰ですな」
門脇が言う。
「ええ。夜のうちにとなりの城まで行きましょう」
しばらくして目が闇に慣れてくると、月明かりでもぼんやりと道が浮かび上がって見える。開けた場所では速歩で、見通しの悪い峠道は常歩で進んでいく。
夜のうちにつなぎの城まで来た。
谷尾は昨日昼食をとった武官の居館に入っていき、宿直の者に来訪を知らせる。
玄関でしばらく待たされる間に谷尾がこれからについて話す。
「ここまでくればひとまず安全です。お二人は休んでください。夜明けにまた出発しましょう」
「休むのですか? 少しでも先に進んだほうがよいのではないですか?」
常磐の気持ちは急いていた。だが谷尾はすげない。
「これ以上、夜に無理をしても大した距離は稼げません。夜が明けてから馬を駆けさせるほうが早いし安全だ。くる時は寄りませんでしたが、街道沿いにはいくつか拠点がある。明日はそこで馬を乗り継いで行きます。一日中、馬を駆ることになります。そのためにも今は休んでください」
谷尾は一旦、沈黙する。
「常磐様」
それから改めて呼びかけてきた。真剣な顔だ。
「高延王はあなたに援軍の要請をしませんでしたが、まさか真に受けたりしていませんよね」
先ほどの会話が聞こえていたようだ。強い口調で谷尾は言う。
「高延王のことだ、あなたに過度な責任を感じさせたくないとでも、お考えなのでしょう。望月もです。ですが、私は違います。暁津島に戻り、すぐにも軍を動かしてください。あの城に援軍を送ってください。どうか、お願いです」
こんなに感情を剥き出しにする谷尾は初めて見る。
そして常磐は救われた気持ちだった。この言葉を高延から聞きたかった。
「そのために、私は一刻も早くあなたを暁津島まで送ります。だから今は休んでください」
「谷尾さん、もちろん、私もそのつもりです。暁津島も軍を送ります」
常磐は門脇を振り返った。
「ええ。私達にとっても、一刻の猶予もないのは明白です。あの戦は明日の我が身だ」
「門脇は王の信頼厚い武官です。たとえ王の許しがなくてもすぐに兵を動員できます、大丈夫です」
そう請け負うと、谷尾はやっと表情をゆるめた。
「ありがとうございます。過ぎた口出しを、申し訳ありません」
深々と頭を下げてくるのを制した。
「やめてください、谷尾さん。私も、同じ気持ちです」
過ぎた口出しなどではない。谷尾の言葉こそ、常磐が聞きたかったことだ。
「私も、八雲と黒瀬を助けたい。高延様を死なせない」
常磐の気持ちは、間違いなく谷尾と同じだと思う。それは谷尾にも伝わったようだ。
「それは……ありがとうございます。常磐様が八雲に来てくださってよかった」
谷尾から初めて聞く常磐への好意的な言葉だった。
常磐の目に乾いたはずの涙がまた浮かんでしまう。普段、生真面目でぶっきらぼうだが、谷尾の言うことには嘘がない。
「私も、高延様の腹心が谷尾さんでよかったです」
*
屋敷の一部屋を借りて数時間の仮眠をした。
用意してもらった寝具に体を横たえたものの、とても眠れたものではない。悪い想像ばかりが頭に浮かぶ。
それでも目を閉じて体を休めた。目覚めたら休みなしの強行軍になる。
門脇は部屋の隅で、寝具も敷かずに腕を組んだまま目を閉じている。
「眠れないのですか? 常磐様」
何度かの寝返りのあと、門脇に声をかけられた。
「落ち着かなくて。とても眠れません」
「でしょうな。無理に眠ろうと思わずとも、横になっているだけでいいですよ」
「門脇殿は横にならないのに?」
「私は訓練していますから」
「そうなのでしょうね。私は、悪いことばかり考えてしまって。どうしたらこの不安を消せますか?」
「今だけに集中することです。今、生きて、呼吸している自分に」
年の功だろうか、門脇の言葉には重みが感じられた。
それから沈黙が落ちる。
これ以上門脇の睡眠を邪魔してはいけないので、常磐は自分の呼吸を数えた。今だけに集中するために。
でも数えていると、いつの間にか心は夜の闇を越えて高延のもとへと戻っていく。そうするとまた悪い想像が心に忍び寄る。
いやな想像が浮かぶたび、常磐は無理やり心を引き戻し、また一から数え直す。
何度かそんなことを繰り返すうち、うとうととした。
夜明け前、谷尾が呼びに来た。
まだあたりは薄暗いが、東の山の端を見るとほんのりと青く朝の気配を感じる。今日も快晴になりそうだ。
屋敷の外では近隣からかき集められたらしい兵達が隊列を作っていた。西の海に向かって早くも行軍が始まっている。物々しい雰囲気だ。
西の山城まで行く彼らについていけば、今ならまだ高延に会える。
そんな思いが一瞬、常磐の心をよぎる。
ふと目をやると、谷尾もじっと彼らの行く先を見ている。きっと谷尾も彼らについていって、西の城に戻り高延とともに戦いたいのだろう。
常磐も同じだ。一緒に戦うことはできないが、それでも高延のそばにいたい。
それなのに、西の海に背を向けて遠ざかっていかなければならない。大切なものが西の海にあるのに、それを置いて行かなければならない。
暁津島に戻り援軍を連れてくることが自分のできる唯一のことだとわかっていても、胸が苦しい。
「私達も行きましょう」
未練を断ち切るように常磐は告げる。
「早く暁津島に帰らなければ」
振り返った谷尾がうなずく。
夜が明け始めていた。




