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満ちる ③

 部屋のなかはすでに調えられていて、隅に常夜灯がともされていた。


 奥の間へ続く戸が開いているのに気が付いて、常磐は先に一人で入ればよかったと思った。でももう高延は部屋に足を踏み入れている。


「あの」


 先に言っておこうと思って、押し止めるように手を前に出した。でもなんと言えばいいのか、言葉に迷ってしまう。


「私はまだ」


 高延を拒絶するのが、なぜだか気まずい。


 言葉は途中だったが、高延は常磐が言わんとすることを察したらしい。


「わかっていますよ。大丈夫。なにもしません。ただ、新妻のところに三日通うのは礼儀というものです」


 わかっていると言いつつ、相変わらず常磐を妻というので、どこまで本気かわからない。しかしなにもしないという意思表示のつもりか、高延は手を広げてみせる。


 それから高延はしばらく常磐を眺めた。


「なんでしょうか?」


 常磐は女物の服を着ている。高延に見られるのが、とても気まずい。


「凛々しい兵装もよいですが」


 そこで言葉を切って笑う。


「今は普通の姫君に見えますね」


「普通ですよ。私は、普通の」


「そうでしょうか。普通とは言いがたい。あなたはだいぶ変わっている」


 変わっている、は誉め言葉とは言えない。でも高延の言い方にはかすかに感嘆が含まれていて、誉めているようにも聞こえる。


「あなたの言う、私の価値というのがわかりません。私のことを買いかぶっているのではないですか」


 部屋が薄暗いせいだろうか。


 昼間は高延に侮られたくなくて女の格好すら拒否して虚勢を張ったのに、つい素直に自分の気持ちを口にしてしまう。常磐には高延の口から聞く自分の話が、誰か別の人のように感じる。


 高延は急に常磐を抱き上げた。


「ちょっと、なにをするんですか」


「なにもしません。なにもしませんから、寝台で話してもいいですか?」


 軽々と常磐を抱き上げたまま、高延は奥の間に入り、ゆっくりと常磐を寝台に下ろす。


「あなたのそういう勝手なところが好きではありません」


「それは申し訳ない。でもほら、ここのほうがゆったりした気持ちで話せる」


 高延は悪びれもせず謝ると、常磐のとなりで悠然とくつろぐ。


「あなたを見ていると、なんだか焦れったいんだ」


 ぽつりと高延が呟く。


「焦れったいって、なにが、ですか?」


 常磐は体を起こして聞いた。


「自分の思うとおりになんでも決めればいいのに、と。あなたはそれだけの力を持っている。判断するための情報も、自分の意志も。そしておれがあなたなら、おれの手をとらない理由はない」


 不敵な笑みを浮かべて高延が常磐を見てくる。常磐は目をそらした。


「私の価値というのを教えてください」


 ふふ、と笑って高延は仰向く。


「兵装の姫君が国境に現れると、我が国であなたのことが噂になりました。あなたが訪れたところは息を吹き返すように士気が上がると評判でしたよ」


 常磐は意外な話に驚いていた。八雲で自分のことが噂になっていたとは。


「あなたには人望がある。次の王は誰がいいかと聞けば、彼らはあなたを選ぶでしょう。幼い弟君ではなく。それがあなたの価値だ」


「まさか。そんなこと、大げさではないですか?」


 にわかには信じがたい話だった。


「私にできるのは、ただみんなを励ますことだけです」


 確かに国境を回ると、「王都から王女が来た!」と兵士達は沸き立ち、常磐はみんなに歓迎されていると感じた。でもそれは物珍しさと同じで、けして彼らが自分のことを支持してくれているとは思わなかった。


 それに、彼らを鼓舞するたび、常磐にはかすかな罪悪感もあった。自分では決して前線に立たないのに、安全な場所から兵を励ますことに。


「昨日、教えたじゃないですか。彼らを侮るなと。彼らは私達の姿をよく見ていますよ」


「あ……」


 そういう意味だったのか。常磐のことを兵達がよく見ていると? そして支持してくれていると?


「兵達にとって、自分達と同じ服を着て、戦地に赴き鼓舞してくれる姫君を嫌いになれるはずもない」


「そんなこと、本当ですか?」


「信じられませんか? 案外、自分の姿は自分ではわからないものだ。もっとも、もっと自分の価値を知っていれば、あなたは妹姫の付き添いでこの国に入るなど、しなかったでしょうね。おれにとっては幸運でした」


 その言い方にひっかかった。


「もしかして私が妹に付き添っていること、最初からわかっていたのですか?」


 言いながら、常磐の耳に物見櫓の上から聞いた高延の言葉がよみがえってきた。


『これからは何人たりともこの城から出すな』


 城への坂道をのぼる途中で、物見櫓からこちらを見ていた人影。やたら長く待たされた控えの間での時間。そのくせ、常磐が咲耶の逃亡に気づいたらすぐに式部が迎えに来た。


 高延は常磐の問いに直接答えない。


「山裾の屋敷ではなく、この山城に案内された時点で気づくべきでしたね。本当は下の屋敷で妹姫をお迎えする予定だった。だが花嫁の動きが怪しいので、谷尾に動きを見張らせていました。あいつは目がいいので」


「なら、やっぱり」


「そうです。あの日、一団にあなたが加わっていることを谷尾が見つけました。それで、急遽こちらに」


 点と点が結びついていく。


「あなたはわかっていて、妹を見逃したのですね」



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